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炎獄の湖森【前】


 おとぎ話のような深く生い茂った森と、独特な静けさが辺りを覆う湖の大自然の中。

 湖を囲う木々の隙間から漏れる早朝らしき眩い光りが、本来の森林然とした暗く陰鬱な雰囲気を取り払っていた。


 そんな中、己の価値と真実を知るのだと意気揚々と“この世界”に旅たった今時の青年理緒と、そのパートナ兼案内役を担う精霊ペロッタは、度重なる虫の攻撃と鋭い葉っぱによる切り傷に顔を顰めながらも黙々と歩き続けていた。



「………なぁ、ペロ」


「なんじゃリオ? ……はっ、まさかこんな外の場所でわらわにご奉仕させるつもりかの!?」


「そこまで飢えてはいないな……? いや、俺達さ、それなりに事前の話し合いをして異世界に転移したはずだよな」


 言いながら自分と少女に近寄る虫や葉をうんざりした様子で払い除ける。

 永く続けていたVRMMORPGでの一般体験通り、街から街への簡単な転移を想像していた青年は言外に“森のピクニックは聞いてないぞ”という思いをパートナーへと伝える。



「「……」」


 やや気まずい沈黙が訪れた後、急に顔を上げたペロはあざとい感じに舌を出し、片目を閉じて“やっちゃったのじゃ☆”というポーズをとる。



「あはははは! 確かにヴェルト大陸中央、ヴォルフガング帝国の“ヴィルヘリッタ”に設定されておったはずなのじゃがまさかこんな森林浴するはめになるとはわらわ全然思わなかった! ビックリ!」


「こっちがビックリだ!? さっきから尋常じゃない数の切り傷と虫刺されに襲われてんだぞ俺ら! 事前に分かってればもっと厚手の服装で、せめて虫除けスプレーとかも持って来れただろーが!」


「せやな」


「せやな、じゃねーよ!?」


 楽観的なのかポジティブシンキングなのかいまいち反省をしていないらしいペロの小さな頭をぐりぐりする。

 手に絡む、滑らかで触り心地の良い銀髪がこそばゆい。

 見下ろしたおでこから覗く精霊の証、コアと呼ばれる宝石が美しく煌めいている。

 少女を繊細な軽い力で責めながらも理緒は、“精霊”と呼ばれる存在の文字通り“人外地味た”美しさに目を奪われていた。

 しかしそれ以上にぐりぐりされているペロが次第に恍惚の表情を浮かべてきたので“もっとやって”とイメージブレイクな恐ろしい言葉を言われる前に手を引き、頭をぽんと叩く。



「ハァ……本当にここは異世界なのか? 少しの時差はあるみたいだけど見たところごく普通の湖周辺にある森にしか見えないぜ」


「う~む、わらわらがヴィルヘリッタにいることは間違いないはずなんじゃがの。野生種のチビ精霊一匹出てこんな。……そもそも、あの機械都市にこのような深き自然があろうとは思わなんだ」


「機械都市?」


 耳慣れない、それでいて男として興味を惹かれるその名称に理緒は思わず聞き返す。

 質問を受けたペロは、人差し指を立て、学校の先生の様に理緒に返答した。



「この世界における“大いなる敵(魔法使い)”の話は、もうしたかの?」


「あぁ、したな。確か…………何年も前、5つの大国による大戦争の引き金となる“矢”を放ったのがその魔法使い達で……戦後、彼らは戦犯(あく)として各国から狙われる立場になったって……」


「よく覚えておったの。よしよし~なのじゃ」


 ペロは手をのばし頭を撫でようとしたものの、背伸びをしてもジャンプをしても理緒の赤毛頭には届かなかった。

 羞恥に頬を赤くするペロが何をしようとしたのか解らなかった理緒は、暫く怪訝な表情で見つめていたが、やがて小さく溜息をついて身を屈め、逆にペロの頭を優しく撫で慰める。



「じゃが魔法使い達は皆すべからく比類なき強者……この世界における畏怖の象徴なのじゃ。平和を甘受する民衆は再び戦争を起こされる事を危惧しておるからの。そしてその強大な魔法に対して、対抗すべく勇猛な人々が編み出したのが機械と精霊術を融合させたマルチウェポンと呼ばれる武器。その武器を操る“騎士達”からなる組織、理念に魔法使い討伐を掲げる大規模な直属騎士団を持つのが、ヴォルフガング帝国の中心、機械都市ヴィルヘリッタという訳じゃ」


「……魔法使いと騎士、ね。……俺の世界のゲームでは、魔法使いを守るのが騎士の役目なんだけどな」


 守るのではなく、討伐することを理念とする。

 それに対して複雑そうに顔を歪め言い放ち、理緒は腰のホルダーに収めた大切な母の形見、そして己のマルチウェポン、弔鐘ノ剣を見つめる。

 長大なその刀はコアが外れた今、その身を小さく折り畳んで収まっている。

 風化し錆びた刀であったとしてもその姿を見せられては、己の理解が及ばぬ機械の剣なのだと納得するしかない。


 やがて理緒は、ふと思い出したように顔を上げた。



「……もしかして、母さんはその騎士団に?」


「うんにゃ、カイネは騎士団との関わりは薄かったの。精霊を持ち、マルチウェポンを扱うもの全てが騎士団の傘下にあるという訳でもないのじゃ。……最も、あ奴はお主の事ははなから騎士団に入団させるつもりじゃったようじゃが」


「……」


 理緒の実の母、天璋院快音。

 彼女は元々異世界の住民であり、今足を下ろすこの世界で生きていたらしい。


 なぜ世界を離れたのか。

 なぜその場所で家庭を築いたのか。

 ────なぜ、よりにもよって年を経て夢を捨てた時に、俺を己の世界へと誘ったのか。


 それを問いかけようにも、彼女はもう、“どちらの世界”にもいないのだ。


 パートナーだったというペロに問えば、知る限りは答えてくれるという確信がある。

 けれどそれでは意味がない。

 “真実”は確かにこの場所にあるとペロは言った。

 そしてきっと、母が自分を誘ったことにも関係しているのだろう。

 この世界とあの世界、二つの世界の関係性と裏にある真理。



(まぁいいさ。……母さん、俺は貴方の望み通りに動くよ。騎士として、魔法使いとやらを討つ事で真実に近づけるのなら)


 それを己の手で求めることにこそ意義があるのだと、理緒は無意識に感じとっていた。



「とにかく森を抜けようぜ、ペロ。ヴィルヘリッタ……って所にいるのは間違いないんだろ?」


「うむ、そうじゃ。何しろ生粋の機械都市じゃ。湖森があったことは予想外じゃがそう大きくはないじゃろ!」


 花が咲くような笑みでペロはそう言い、理緒を手招きし道も分からぬ森を先導しようとする。


 が……。



「なっ!?」「ギャッ……!?」


 突如、巨大な爆発音が進行方向とは真逆の場所から響き渡り、二人の鼓膜を揺さぶった。

 そちらに眼を向けると微かな火の粉と共に黒煙が空高く立ち上っているのが分かる。

 理緒は耳を劈いたその痛みに顔を歪めながらも堪らず叫ぶ。



「な、何だよ! 何の爆発だ……!?」


「リア充か!?」


「やかましい! アホ言ってる場合か!」


 キャーと無駄に楽しそうに耳を塞いでいるペロの手を引き、理緒は慌てて逆方向に逃げようとしたが、不意に何かを思い出し立ち止まる。



(────そうだ。ここは俺の世界とは違う。こんな風に……“戦い(異常)”が身近にある異世界なんだ)


 ドクンと、理緒の鼓動が大きく1回、脈打った。


 現実で戦いが咎められず、逆に存分に力を奮い強くなるのが求められる事。

 惨めだと解っていながらも、今まで隠れる様に仮想世界で戦っていた理緒は、込み上げる邪な感情に口が歪みそうになるのを必死に堪え、顔を向けずにペロに問いかける。



「ペロ、あの爆発はもしかして────」


 理緒の絞り出すような声に、ペロは言葉の裏にある思いを見透かしたように妖艶な微笑をはりつけ、頷いた。



「うむ。精霊術の残滓…………“霊力”を感じるの。あの爆発は間違いなく精霊術によるものじゃな」


「……」


 そこに戦いがあるのならば見てみたい。

 そして願わくば────己も騎士となれるのならば今すぐに剣を交えたい。

 しかしそれは精霊であるか弱い少女をも巻き込んでしまう事を意味しており、それが逸る理緒の心を迷わせていた。



「やりたいのかの────リオ」


「っ…………ペロ……?」


 ペロは青年と手を取ったままその胸に小さな身体を預け、力いっぱい密着させる。

 眼の前すぐ近くで揺れる、流麗な銀の髪から香る少女の甘い匂いが撫でるように鼻の奥をくすぐる。

 暖かく、そして慎ましく柔らかな胸が理緒の腹部の位置に押し当てられる。

 年端もいかない少女とはいえ、抱きしめられているというその事実に理緒は思わず頬を染めた。



「わらわはよいぞ……? 独りで戦っておった時と同じように、お主の意のままにこの身を使うがいい。わらわは理緒のパートナー。言わば────“夫婦”なのじゃから」


「いや、最後のは違うからな? 断固拒否」


「拒否られた!? それとなく後ろの方に付け足したのに! 普通にシリアスブレイクしおった、わらわの旦那さん!」


「誰が旦那だ、どこの誰が! もっとナチュラルに隠せよ!」


 どさくさに紛れてキスをしようと背伸びをするペロの頭を片手で抑えながら、もう片方の手で腰のホルダーから収納形態となっているマルチウェポン、弔鐘ノ剣を取り出す。


 暫し二人揃って荒い息を吐いていたが、理緒は“本当にいいのか”という最終確認の意味でペロを見つめ、彼女が笑いながら首を縦にふったのを見て安堵の吐息を漏らした。



「……ありがとう、ペロ」


「ふ、ふおぉ…………なにコレきゅんきゅんする……リオたんマジ天使ぺろぺろぺろぉ!」


「ペロペロは禁止だったはず!? ……ほら、馬鹿やってないで行くぞ!」


 手を取り合って道を戻ってゆく二人。

 温かい相棒の手。


 その温かさは胸に広がる安らぎと繋がり、やっぱり(・・・・)ゲームの時とは違うんだと、理緒は感じていた。



一話どんくらいの文字数にすればええんやろ(´・ω・`)

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