全ての始まり【後】
話している間眠くならないようにと点けられたテレビの中で深夜のニュースキャスターは眠気など感じさせない素敵な笑顔を数少ない視聴者へと向けている。
穏やかな気持ちを誘う音楽の様に、小さなテレビ音が部屋には響いていた。
唐突でそれでいて印象深い初対面の後、精霊と名乗る少女ペロッタはスカートのシワなど知るものかといった風にソファーに座り、テーブルにある色とりどりのお菓子を無心で頬張っていた。
彼女の周りには、多くのお菓子の袋が散らばっている。
「んむんむ…………むぁ、リオ! リオ! このじゃがいもスイーツ達めっちゃうまいぞ! どいつもこいつもデンプン原料のくせに生意気なことよの!」
「ん……ほら、食べながら喋るなよ」
端からぼろぼろとじゃがいもスイーツの屑が零れ落ちるペロの口元を、理緒はごく自然な動作で布巾で拭った。
やさぐれてはいるが、元々は世話焼きで気配り上手な青年なのだ。
相手が子供というのなら尚更、更にペロッタの様なやんちゃ心を忘れていない少女ならば当然。
優しく口元を拭われながらふるふるしていたペロは青年が手を離した後、気恥かしそうに目線を斜め下に向けた。
釣られて理緒も下に向け、目に映ったお菓子の空袋に対して眉を顰める。
「にゃんと……よ、よさぬかダーリン…………照れるではないか。……些細なやりとりの中に垣間見える愛は嫌いではないが────」
「ちげーよ! あとダーリンはやめろ!」
「いけず! ……あ、そうじゃったそうじゃった! そもそもお主はツンデレじゃったの」
「つ、ツンデレって何? ……それとなく不快な響きだからとりあえず否定しとくぜ、俺」
「ならば否定を否定するのじゃ! だってお主、定期的にわらわの手入れをするとき、何時も嫌そうな顔をしながらやっておったではないか。薙刀はもう見るのもイヤなのにカイネの形見とあって邪見には出来ぬぅと言わんばかりに。色っぽい憂慮な表情でわらわを萌え殺す気か!」
放っておくと何時までもしゃべり続けそうな勢いのペロッタに、理緒はそのマシュマロのような頬を指先で軽くつまむことで中断させた。
「むにゅ!? お、お触りは禁止じゃー! 生身でそーいうのはもっとこう、段階を踏んでからじゃな……!」
「……温かい。人間と同じだ。…………なぁ、ペロ。お前は本当に“異世界の精霊”なのか?」
理緒が家中を探してペロの為にと持ってきたお菓子がほとんど尽きるまで。
ペロが話した、大きな意味合いを持つ自己紹介は理緒の想像のはるか上を行っていた。
最初は脳内を驚きの感情が埋め尽くしショート寸前に混乱していたものの、理解できるまで何度も甲斐甲斐しく説明をしてくれたペロの御陰で、理緒は落 ち着く事ができたのだ。
青年的には不本意だが、彼女への態度も、既に“不法侵入者”に対するものとは思えないものとなっている。
「────そうじゃ。お主が生まれるよりもずっと前に、カイネと共に異なる世界からここに渡ってきた渡来人じゃ。お主達の言うところの“仮想世界”の住民じゃな」
「母さんと…………」
「カイネとわらわは無二の親友であり、そしてパートナーじゃった。わらわの世界は、平和な此処とは違うて矛を交えた戦いが身近にあったからの。マルチウェポンは精霊を装填することで精霊術の加護を得る…………カイネが愛用しておった中距離型のマルチウェポン、“弔鐘ノ剣”に宛てがわれていたのがわらわじゃった訳じゃ」
理緒は眼前のテーブルに持ち出した薙刀に目をおろす。
銘は、弔鐘ノ剣というらしい。
身の丈を有に超え、ずしりと重い感覚を伝える、立派な長柄の長刀。
布を取り払い改めてそれを見ると、薙刀というよりは西洋の槍に近い造形である。
しかし、記憶が正しければ母に譲り受けた当初から刀身には既に錆が回っており、とても実戦で活用できるとは思えない代物なのだが────。
理緒の疑いの心を見透かしたのかペロが隣から口を挟む。
「案ずることはないぞ。ただの武器ならまだしも、そいつは扉を拓く先端技術の結晶、マルチウェポンなのじゃ。一度精霊術を発動させれば業者さんもビックリのおにゅーぴっかぴかになるぞ! きゃーハイテクぅ!」
「……そのめっちゃ凄いマルチウェポンってのは要するに“機械仕掛けに変形可動する武器”って認識でいいんだよな?」
「端的に言えばそんな感じじゃな。その弔鐘ノ剣も薙刀の形態だけではなく他に幾つかの形を有しておる。……カイネはその全てをうまく使い分けておったなぁ。親友ながら末恐ろしい女じゃったわい」
「────あぁ、母さんはマジで半端なかった。今でも俺はあの身のこなしには及ばないだろうな」
込み上げる懐かしさと、母の優しい香り。
今尚、自分……いや、綴をも魅了してならない彼女の存在は、記憶の中で一種の神格化をしている。
踊る様に舞い、風をも薙ぐその刀は、志半ばで諦めたとはいえ理緒の夢の体現者だった。
彼女はもう、理緒がどんなに手を伸ばしても届かない場所に立っている。
…………最も“試合”に限っては、だが。
思考の淵、最後に理緒は含み笑いを浮かべ剣を握り締め、何かを決心したように顔を上げペロと眼を合わせた。
「────ペロ。お前は俺を手伝ってくれるんだよな?」
「うむ。確かにそう言ったぞ」
ニコリとはにかみ、可愛らしく小首を傾げるペロに理緒も自然と笑みを深め頷く。
「なら、俺を異世界…………いや、お前の世界に飛ばしてくれ」
強い決意と共に投げかけられたその申し出に、ペロは意外そうな顔を浮かべた。
「……元よりわらわもそのつもりじゃったんじゃが…………随分あっさり決断しちゃうんじゃなリオは。飽きた女は構わずポイか?」
「ポイじゃねーよ!? ……言ったろ、真実を知りたいって。俺は俺自身の価値……そしてこの世界の事を知らなきゃ前へ進めない気がするんだ。だから、求めるその答えがお前の世界にあるってんなら俺は迷わない」
言いながら理緒はペロの細い肩に手を掛ける。
やさぐれ、ソファーにだらしなく身体を預け今にも消えそうな雰囲気を持っていた青年と同じ人物だとは思えない程、一途に、そして真剣な眼をペロに向けている。
ペロは肩から伝わる青年の熱に思わず頬を染め、その光を湛えた瞳にかつての親友の姿を重ねた。
(……曇りなく晴れておる。少しばかりぐれておろうとも、親子じゃな。カイネ、お主の息子はやはり世の真理に手をのばす。全ては“運命”の如く鮮烈で、そして────)
「────ならばペロッタは剣となる。お主が求めるのならば、わらわもそれを求める。お主の永劫の希望となる誓約者となろう」
────この世界において、一つの“異世界の誓約”が交わされた。
どちらの世界で真実を求めるのが正しいのかは、彼にも、そしてペロッタにも解らない。
けれど理緒は確かな決断をし、日常に終止符をうつ。
青年の世界はこの日を境に“仮想”となり、異なる世界は彼の住む本来の世界へと成り代わるのだ。
プロローグは短めです(´・ω・`)