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全ての始まり【前】

 整然としたアパートの一室。

 帰宅するや否や靴を脱いだ青年は足を止めず、着飾っていた派手なパーカーをフローリングに脱ぎ捨て、アクセサリーを引きちぎるように外し投げ捨てた。

 点灯した明かりが照らす窓の向こう側は漆黒に包まれており、その横に掛けられた時計の針は既に深夜を指し示している。

 こんな時間帯、それも平日真っ只中の日だというのに、青年は少しも眠そうな態度を見せず、渇ききった喉を潤す冷たい飲料を求め一直線に冷蔵庫を目指す。


「────いって……!」


 しかし、その歩みは進行方向の右の掛台に置かれていたひと振りの長刀が阻む。

 丁寧に和柄の布に巻かれていたそれは青年の足にぶつかり倒れ落ち、衝撃でややはだけた布の隙間からは黒く疎らに錆びた刀身が覗く。


 ────幼い頃に死去した母の形見。

 その闇色が写し出す己の顔が余りにも小気味が悪く、天璋院理緒(てんしょういんりお)は思わず顔を顰めた。


 無駄に(・・・)中性的にまとまった顔立ちに、本人の内面を表すかのように鋭いラインを描く瞳。

 濃いアッシュブラウンに染められた髪は、鋭利な氷柱を思わせるその面持ちを真っ向から否定する。

 緩やかに毛先が内巻きになっている奇抜なボブのヘアスタイルは、彼を16歳という実年齢よりも若く見せているようだ。

 しかし、ふわりとしたその髪をかけている片耳にある、学校に通う青少年に相応しくない大きな紅石のピアスが、理緒の生活の“現状”を示していた。



「っ…………いてーよ、ばか……」


 久しぶりに見たその長刀の刀身を前に、理緒は舌打ちしそうになるのを堪え長刀を再び布に巻き、台に掛け直し今度こそ冷蔵庫へと向かう。


 開け放たれた冷蔵庫の中は、炭酸飲料とゼリー飲料が並ぶのみでまるで生活感が感じられない。

 冷気を逃がしたまま、理緒はごくごくと喉を鳴らしそれらを嚥下し、一日の最後に相応しい深い溜息をつきソファーに倒れ込んだ。



(今日も何も無かった。何も、見つからなかった……な)


 ボトルに残る液体がフローリングに滴る。

 しかしそれさえも気にかけず、まるで他人事の様に今日を振り返る。


 朝嫌々ながらも何時もの時間に起き、在学する高校で各教科の勉学に励み、放課後は部活をサボり悪友の家で深夜までゲームに没頭する。

 この不健康で無価値なサイクルが続くのは、もうどれくらいになるだろうか。


 夢を失い、道を違えたあの日から────。


 …………古くから続く日本固有の武術、薙刀術。

 身の丈をゆうに超える柄物で敵を薙ぎ、全方向から多彩な技を繰り出す。

 その立ち回りは合気道と同種の柔軟性を含んでおり、何よりも美しい。

 天璋院理緒とその姉、(つづり)は、現代武道となったなぎなたで日本全土に名を馳せていた母親、快音(かいね)からの教えで、幼い頃からその武術を習っていた。

 姉弟が一心に憧れる最高の師範代に、それを余すことなく受け継いだ最高の才能。

 その数年後に母親は死去するものの二人がこの武道において開花するのはそう遅くはなかった。

 しかし、理緒においては…………努力ではどうすることもできないたった一つの越えることも壊すことも出来ない壁が存在した。


 ────それは、男であること。


 なぎなたは未だ女性の武術としての地位が確立している。

 多くの大会で華々しい活躍を見せる姉とは全く異なり、至極健全な男性である理緒は腕の見せ場そのものが極端に少なく、男性種目の存在を聞きつけて遥々遠方の大会に駆けつけても参加者が足りないということで徒労に終わることも多かった。

 姉に励まされながらも前向きに努力を続けていた幼い理緒は、年を重ね、現実を知る毎に矛盾した己の在り方を無視できなくなるようになる。


 志と武術、その両方を受け継ぐ姉への嫉妬と羨望から、二人の関係は拗れ天涯孤独の姉弟はあろうことか別々に暮らし始める。

 その後理緒は晒し上げに等しいと卑屈になり薙刀部をサボり始め、燻る矛先を仮想世界へと向けたのだ。


 現代において爆発的なヒットをしているVRMMORPG。


 心だけではなく多くの感覚をも取り込むそのゲームは、現実と仮想の区別がつかなくなると危惧されるものだ。

 しかし、だからこそ意味のあるものであり、初期の装備で耐久レベルがカンストしてしまう程に、深夜オフラインでひたすら人に近い(・・・・)形をとるモンスターを狩り続ける事は、理緒の唯一のストレスの発散方法になっていた。


 少なくとも、最近までは。



「……つまんね」


 心の何処かで理緒はもう薙刀を諦めている。

 永く本格的な試合を行っていない事と、仮想世界で薙刀ではないより実戦向き(非現実的)な武器を教えもなしに乱雑に扱っていた事で、既に母親から継承した薙刀術の型など基本から忘れてしまっていた。

 言わずもがな、それは叶わない願いなのだ。


 しかし今は、それとは別の強い想いが理緒の胸には渦巻いていた。



「矛盾を抱え、拠り所さえ見つからず…………俺は何の為に“この世界”で生きているんだろうな」


 男であることに不満など何もないが、神様という存在があるのならば、なぜ自分が選ばれなかったのだろうか。

 綴は現実で人を相手どり存分に薙刀を振るい、自分はくだらない仮想世界で長柄の得物を用いモンスター(ポリゴン)の首を刎ねる。


 ……どうして、姉である綴が光りを浴び続けるのか。


 泡沫の疑問は次々と浮かび上がっては消えてゆく。

 けれど母から受け継いだもう一つの“想い”は幼い頃から少しも色褪せてはいない。


 ────“己の命のみならず、誰かを守る刀となれ”。


 その志が、薙刀(ゆめ)を諦めた理緒を辛い現実に引き止めている。

 だからこそ、“理由”が知りたかった。

 この世界に生を受けた意味…………それを強く求めているのだ。



「俺は…………真実が知りたい」


 ぽつりと、呟きは一人だけの部屋に溶けてゆく。

 が………………。



「ならば探せばよいではないか」


 それは独り言とはならなかった。

 力つきたようにソファーに身体を預けていた理緒の言葉に答えたのは、ソファーの後ろ、玄関方向から聞こえた鈴を振るような声。

 理緒は降って湧いた恐怖体験に一瞬身体をビクつかせた後、慌てて立ち上がり振り返った。

 そして……。



「あ────」


「真理、わらわの“世界”にその答えはある。……手伝ってやろうぞ?」


 瞳に刻まれた光景に、二重の意味で驚きを持った吐息が漏れる。


 見慣れた孤独の部屋。

 その中にさも当たり前の様に、愛らしい異国の少女が燦然と立っていたのだ。


 170cm後半の自分より30cmは小柄であろう背丈、長い睫毛に大きくぱっちりとした翠色の瞳。

 顔立ちは幼いながらも女性的な魅力に溢れており、蠱惑的な笑みがそれを更に助長する。

 その背で揺れる色素の抜けた白銀の髪は、光りを反射し七色に煌めいている。

 やけにひらひらした可愛らしい衣装も相まり、見知らぬその少女はどこかの貴族のお姫様だと言われても何となく納得してしまう高貴な雰囲気を纏っていた。



「な、何なんだお前、どっから入ってきたっ!」


「なんぞそこらの犬猫の様な言い方しおって! 冷たいのう冷たいのう。わらわのボディをあれだけ撫で回しておったのに!」


「は、はぁ……? ボディって……何のことだよ」


 やけに古風な喋り方。

 表情豊かに口を回らせる少女に対して、ついさっき思い浮かべた貴族の姫の様だという考えを180°改める。

 想定外な展開に未だ心臓はバクバクと早鐘の様に鼓動をうつが、突如現れた相手が普通(?)の少女だということにいくらか安堵し、ひとまず理緒は状況の整理を試みる。



「……、…………と、とりあえず落ち着いてお前と話す事にするぜ? 子供相手に俺がビビってちゃ始まらないよな。それに警察はきっと24時間対応だ」


 全く尊敬するぜと呟きながら手の中で握りつぶされていたペットボトルをゴミ箱にポイし、少女の翠色の瞳とまっすぐに向き合う。



「────それで、お前は何者なんだ?」


「わらわの名はペロッタじゃ!」


「ペロッタ……? イタリア人か?」


 耳慣れない発音にヨーロッパで活躍するサッカー選手を重ねる。



「発音しにくいならニックネームの“ペロ”で構わないのじゃ。────じゃがしかーし! ペロちゃんペロペロとかは当店では断固お断りなのじゃ!」


「…………。さっきもわけわかんねーこと言ってたけど、もしかして俺と面識があるのか?」


 異国の少女ペロッタの冗談を、理緒は華麗にスルーし真面目な表情で矢継ぎ早に質問を重ねる。

 自分なりの気遣いを無為にされたペロッタは少々しょんぼりしながらも素直に応える。



「うむっ…………と言っても半ば一方的なものじゃがな。わらわはアレの中で毎日お主を見ておったのじゃぞ?」


 そう言い、ペロッタが可愛らしく指で指し示したのは玄関前の掛台にある一振りの長刀。

 母が残した形見の品だ。

 理緒は目を見開きぽかんとした表情を作る。



「元々設定してあったのじゃろうが……。プレイか何か知らんがお主が今夜盛大に蹴りを入れてくれた事で終ぞコア(わらわ)が外れてしまったのじゃ。……全く痛かったぞ! マジで痛かったのじゃからな! じゃがちょびっと気持ちよくもあったぞ!」


「……あの薙刀にお前が入ってただって? いやいや物理的に有り得ないだろ。不法侵入の言い訳でももうちょい現実的なものが好みだぜ」


「嘘じゃないわい! 言い訳でもないわい! あのマルチウェポン(長刀)に放置プレイのごとくずーっと装填されていたのじゃ! ……ざっと10年ぐらいかの、並大抵の放置具合じゃなかったわいっ。わらわが精霊じゃなかったら間違い無く頭がエクスプロージョンしてぐるぐるぐるじゃろうな~」


「……、…………」


 精霊。コア。マルチウェポン。“中”に装填。

 どれだけ話の内容を吟味しようが、少しも理解の出来ない言葉が並ぶ。

 約10年ぶりのお喋りが楽しいのか笑顔を浮かべるペロッタとは対照的に、理緒は口に手を当て渋い表情を作る。



(確かに、ドアを開く音も何も聴こえなかった…………それどころか近づいてくる気配さえ感じられなかった)


 純正の武術家とはもはや言えないだろうが、現実と仮想空間、その両方で鍛え上げられた戦闘技術や感覚は本物だという自負がある。



「…………いや、それは言い訳だな」


「ん? 何か言ったかの、リオ?」


「何でもねーよ。取りあえず適当に座ってくれ。お前の話をもっと聞きたいから」


 言い訳を言っているのはこっちの方だ。

 非情で普遍的な現状に対する不満が、ペロッタを自分とは異なる存在なのだと強く信じさせていた。

 理緒はその事を実感し不甲斐なく思いながらも、降って沸いた希望の存在である少女への興味を抑える事が出来なかったのだ。


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