依頼 ―depend―
――まだまだ届かない。彼女はまだ先だ。
いくら手を伸ばしても、いくら体を前に倒しても、決して届くことはない。
そんなことはわかってる。
わかっているからこそ、余計に手を伸ばす。自分でもおかしいと思う――
「ジークゥ、退屈〜」
ハルバートがリビングの床を転がりながら言った。ジークは足元に転がってきたハルバートを踏んで止める。
「うるさい」
「わかったわかった! 静かにするから足どげでー!」
ジークは苦しがるハルバートから足を離し、ソファーに座った。ハルバートは腹部を押さえて悶絶している。
「はいジーク、コーヒー」
ダイアンがテーブルの上に、コーヒー入りのティーカップを置いた。
「ああ」
短く答えると、ジークはコーヒーを口にした。
「なんか依頼来ないねぇ」
雑誌を手に取り、椅子に座りながらダイアンがつぶやいた。一週間前のマスターからの依頼の後、まったく依頼がなかったのだ。
「休暇だと思えばいい」
低く、そして冷たくジークが言う。ダイアンはいつもの微笑みでその言葉を受けた。
静かに流れる時間。
ハルバートはいつの間にか寝息を立て、ダイアンは雑誌を読み、ジークはコーヒーを静かにすする。
「……エミリーはどうした?」
ジークはコーヒーを飲み干し、気になっていたことを尋ねた。
「お買物かデートだと思う」
ダイアンは雑誌から目を離す事無く答える。それを聞いたはずのジークはまったく反応せず、カップを台所へと運んだ。
そんな静かな空間に、高めのアラームが響いた。三人はすばやく音の発生源を見た。ジークはカップを置くと、静かに音の主へ迎う。音を発している通信機を手に取り、通話ボタンを押す。
「依頼か?」
『ストレートね。そうよ』
通信機のスピーカーから女性の声が聞こえた。ハルバートがすばやく反応し、ジークの元に移動する。
『依頼内容は要人の護衛。依頼主は、今うちの紹介所にいるわ。すぐに来てちょうだい』
通信機の向こうの女性は言い終わると通信を切った。
「依頼!? 依頼!?」
ハルバートがジークに詰め寄る。その目はうれしさと期待で輝いていた。
「……そうだ。さっさと準備しろ。すぐに出発する」
ジークはそう言い放つと、この屋敷の二階へ上がった。ジーク達の個人部屋はすべて二階にあるため、ジークに続いて、ダイアンとハルバートも二階へと上がる。
〜数十分前〜
「はーい、いらっしゃいませー!」
町の『紹介所』と呼ばれる施設。なにか困ったことがあり、それを解決してもらおうとする人が来るところ。そして依頼という形でそれを、もっとも最適だと思われる、または依頼主が指名したチームに回すのである。
要するに、文字通り紹介するということである。
「今日はどういったご用件でこちらに?」
円い眼鏡をかけた、店員らしき女性が、紹介所に入ってきた男性に尋ねた。男性は所内を軽く見回したあと、店員の元へ歩み寄った。
「えっと、あの……ここは依頼を聞いてくれるところだと聞いてきたんですが……」
男性がオロオロと尋ねる。
「ええ、そうですよ? ……まさか、知らないんですか?」
店員が不思議そうに尋ねると、男性はうなずいた。すると店員はニッコリと笑った。
「では、依頼の仕方についてから説明させていただきます! 依頼を、我々紹介所の者に申して下さい。そうしたら次は、指名したいチームをお教えください。ない場合は、我々が責任を持って、適任のチームを選ばせていただきます」
「あの……チームって、何ですか?」
男性が、恐る恐るといった様子で尋ねる。
「ではチームについて説明させていただきます! チームとは、依頼を、あなたに代わって達成させてくれる、いわゆるスペシャリスト達の集まりです」
店員は手短に話し終えると、一枚の紙をカウンターの上に置いた。
「それでは改めて、どういったご依頼ですか?」
ニッコリと笑う店員を見て、緊張か解けてきたのか、男性は少し笑顔になる。
「えっと、護送の依頼なんですが、護送して欲しい人物は……」
「ストップです!」
最後まで言い掛けた男性を、店員が止めた。「そういう重要な情報は、依頼を頼むチーム以外に明かしてはいけません」
指を左右に揺らしながら店員が言いう。男性なるほどとうなずくと、店員はカウンターに置かれた紙を、男性の前まで滑らせた。
「それでは、依頼したいチームをお選びくださいっ……て、どのチームがいいのかよくわかりませんよね。こちらで、要人護衛に最適と思われるチームを選出しておきますね」
「あ、あの……」
紙を片付けて、店の奥へ行こうとした店員を、男性が呼び止める。
「ジークという方がいるチームは、ありますか?」
男性が恐る恐る聞くと、店員はニッコリと笑い、通信機を手に取った。
「バーバラさん、至急『ツヴァイト』を呼び寄せてください。彼らに要人護衛の依頼が来ました」
店員はそう言うと、通信機の電源を切る。
「そちらのソファーでお待ちください」
男性は、店員の言うことにしたがって、ソファーに腰掛けた。
「依頼ー!」
紹介所に一番に飛び込んだハルバートは、直ぐ様カウンターに向かった。
「依っ頼、依っ頼!」
「あら、ハルバートくん、早いわね。ご褒美に飴あげる」
店員はニッコリと笑いながら、カウンターの下から飴を取り出す。ハルバートはその飴を受け取り、口にほうばった。
「ほれへ、いらいふひは?」
飴玉を五、六個口にほうばりながらハルバートが尋ねた。舌がうまく動かせないために、おかしなしゃべり方になったが、店員はきちんと理解しているようだ。
「そこのソファーに座ってるわよ」
店員は言葉だけで説明したが、ハルバートは後ろのソファーに視線を移す。ハルバートの視線の先には、驚いた表情の依頼主がいた。
「こ、子供?」
男性がそうつぶやくと、ハルバートは眉間にしわを寄せて、人差し指を突き出した。
「ころもらからっけ、あかにふんなよ!」
飴玉を口いっぱいにほうばったままのハルバートが言った。男性は何を言っているのか理解できず、首を傾げる。
「えっとですね、『子供だからってばかにするなよ!』って言ってます」
店員がハルバートを真似て、眉間にしわを寄せ、人差し指を突き出して言う。男性はその仕草を見て、思わず苦笑いした。
「っと。ジークさん、こんにちわ!」
店員があわてた様子で入り口を向いたので、男性もそちらに視線を向けた。そこには、所有者の背丈と同じくらいの刃渡りをもった大剣を、背中に装備した青年が立っていた。
「間違いない、ターゲットだ……」
男性は、誰にも聞こえないような、小さな声でつぶやいた。
〜SEE YOU NEXT〜