第一話 始まり ―beginning―
――俺は、夢を見た。ずっと昔の、懐かしく、そしてやさしいあの頃の夢を。
正面には、どこまでも続く草原。後ろを振り返れば、あの忌々しい軍部科学研究所がある。
常人にとってはいい夢じゃないかもしれない。だが、あの施設の前には彼女が居て、やさしく微笑んでこちらを見ている。
いつまでも、このままでいたかった。この時が、永遠に続けばいいと思っていたあの頃……。手を伸ばせば、届きそうな――
「ジーク……ジ〜〜ク! 起きてー!」
元気な少年の声が、少し広めの、白を基調とした室内に響いた。その声に反応してベッドに横たわっていた青年が目を覚ました。
「……騒がしいやつだ」
青年は頭を軽く掻き、ベッドから起き上がった。
「ジーク、依頼来たよー! しかもマスター経由で!」
茶髪の少年はうれしそうに手にもった紙を、ジークと呼んだ青年に見せ付けるように振った。
「マスター経由か……報酬は高そうだな」
ジークは青い短髪を手で軽く整え、ベッドから立ち上がる。
「見せろ」
少年から紙を奪い取り、内容に目を通す。少年は期待を膨らませながらその様子を観察している。
「……そうか、わかった」
ジークは読みおわると紙を丸めて屑籠に投げた。紙は籠の縁に当たって中に落ちた。
「さっさと準備してこい、ハルバート」
少年にそう言い放つと、ジークはクローゼットに向かった。少年はジークの背中を一瞬見た後、部屋を出た。
「しかし、マスター経由で依頼が来るなんて珍しいな」
引き締まり、傷だらけの体を覆い隠すようにシャツを着て、上着を羽織る。
「何かあるのか……まあいいか」
上着のファスナーを閉め、クローゼットを閉じた。そしてクローゼットの隣の壁に掛けられている、刃渡り二メートルはある大剣を片手で持ち上げ、背中に密着させた。すると布が現われ、大剣を覆うとジークの上着に結び付いた。
「……」
ジークは一度机の上にある写真立てを見た後、部屋を後にした。写真立てにはジークの夢に出てきた女性の写真が入っていた。
「マスター経由の依頼ってのは本当なの?」
ジークが建物の中から出てきた瞬間に、金の長髪を後ろで器用にまとめ上げている女性が尋ねてきた。
「ああ、本当だ」
ジークは腰に手を当てて立っている。
「てことはー、報奨金は高いってこと?」
頭にゴーグルを付けた青い長髪の青年が、微笑みながら尋ねた。
「ああ、そうだ」
ジークは無表情にそう言うと、歩き始めた。
「さっさと行くぞ」
ハルバートと女性と青年はジークの後に続いていく。
円形になっている町の入り口付近に四人は来た。そこには何台かの馬車があった。
「う〜ま〜!」
ハルバートは大きくて黒い生き物に駆け寄り、頭を撫で始めた。
「馬車を借りたい」
ジークが馬車の近くにいる男性に言った。
「はいよ、少し待ってな」
立派な顎髭を貯えた男性は、馬に付けた紐を引っ張って馬車まで誘導した。馬車用の特殊な鞍の突起に馬車の接続部を装着させた。
「はい、じゃ、料金は1300G頂きます」
男性はそう言うと、腰から小型の機械を取り出した。これは『ペイキー』という機械で、この世界では財布の代わりである。
「わかった」
ジークもペイキーを出して、コードを伸ばして男性のペイキーと繋げる。そしてペイキーを操作してコードを外した。
「はい、確かに受け取りました。いってらっしゃいませ」
ペイキーを腰に戻しながら男性は言った。ジークは軽く頭を下げた。
四人は自分の荷物を持って馬車に乗り込んだ。
馬車は爽快に走る。だが、馬車の中はそれほど揺れてはいない。
「ねージーク、いつ着くの?」
ハルバートが退屈そうにジークに尋ねる。だがジークは無視した。
「んー、わりと近いから二時間くらいかな」
ジークの代わりにゴーグルの青年が答えた。
「うわーん! 退屈で死ぬー! ねえダイアン、なんとかならない?」
ハルバートはゴーグルの青年に尋ねた。
「そうだねー……お昼寝したらいいんじゃないかな?」
ダイアンと呼ばれた青年はそう言うと、横になった。
「えー、お昼寝ー!? ……ねえジーク」
「寝てろ、うるさい」
ハルバートが猫なで声で言うと、ジークは即答した。ハルバートはぶすっとした後、ダイアンの隣で丸くなった。
それから二時間がたち、地平線には太陽が沈みかけていた。
「……見えてきた」
ダイアンがつぶやく。ハルバートは馬車から身を乗り出して目的地を見た。
「ねぇねぇジーク、あれが『ホーマ』なの?」
ハルバートは馬車の進行方向にある村を指差しながら尋ねた。
「ああ」
ジークはそう答えながら目を細めた。村の様子を探るためだ。
「……魔獣が!」
ジークが見たものは、村の中を徘徊する魔獣と、その足元に転がっている死体だった。
「村が魔獣の襲撃を受けてる!?」
ハルバートが驚いたように言った。馬車に繋がれた馬が怯えだし、村の二百メートルほど手前で停止した。
「とにかく行くぞ!」
ジークは小さなバッグを腰に着けて馬車を飛び出す。三人もあわてて続いた。
村の中は悲惨な状態だった。あちこちには村人のものと思われる死体が転がっており、そのどれもが無残に引き裂かれていた。
「うえ……」
ハルバートはその様子を見て、わざとらしくつぶやいた。
「まだ生き残りがいるかもしれない。散開して探すぞ」
ジークがそう言うと、四人はうなずき、散った。ジークは道を真っすぐに進む。
「……生き残りはいないのか」
ジークは襲い掛かってきた魔獣を切り倒しながら辺りを見回す。だが、人がいる気配はまったく無かった。
「マスター経由の依頼だったんだが……報告書は『村は魔獣の襲撃を受け、すでに全滅していた』だな」
面倒臭そうにそうつぶやき、引き上げようとしたとき……。
「……声?」
ジークは甲高い女性の声を、微かながらに捉えた。
「生き残りか」
目を細め、駆け出す。視線の先には、魔獣達の塊が蠢いている。
〜SEE YOU NEXT〜