⑦成人映画Ⅴ
「陽子いいなあ。実にいいよ~最高です」
カチン!
メガホンを持つ監督は満足感でいっぱいである。
「よしいいだろ。テイク(撮影)プロットは大半を撮り終えたな」
監督はADに撮影スケジュールを尋ねた。
「喜んでください監督さん。撮影テイクはあと2つを残すのみでございます」
常務の意地で映画会社の社運を賭けた『成人映画』の撮影。
いよいよ佳境を迎えるのである。
常務の肝煎りで集めた端役の役者さん。主演女優陽子をサポートし固めるのは名脇役とも言われる俳優たちだった。
短い出演場面のひとつひとつ。演技もセリフもプロ意識で微塵のミスもなく監督の意のままである。
陽子の演じる濡れ場
"男子生徒とのベッドシーン"
"女子高生としての脱衣シーン"
2~3回程度の演技指導により無事クリアである。
「監督さんどう思いますか。陽子先生は演じる才能がたぶんにありますね」
若いADは陽子のプロ意識に感心しきりだった。
ADから格上げされて近い将来テレビドラマの監督になれたら陽子を使いたいと思った。
「よし!徹夜組を覚悟しようか。残すテイクを今から収録してしまうぞ」
スタジオ収録日程に余裕はある。
だが監督も役者もノリノリの今だからラストスパートに目の色を変えるのである。
「監督さん撮影をお願いします。私でしたら。私でしたら…大丈夫です」
演技者として集中力を高めている陽子。
疲れてもいないしクライマックスのシーンを一気に迎え入れたいのである。
陽子は台本の最後をぺらぺらとめくりセリフを確認した。
「このテイク(収録)シーンがクライマックスになる」
普通の家庭環境に育った女子高生が淡い恋から"性(異性)"に興味を持ち体験をする。
好きな男子生徒に告白されの体験は陽子演じる女子高生の揺れる心をいかに映画の画面に見せるか。
セリフでは完全に伝えられない気がした陽子は悩む女優となった。
なよなよっとしたたおやめな女の子。ハラハラ涙を見せる女子高生を演じるのがよいのか。
クライマックスの仕上がり具合は陽子の迫真の演技によるのである。
『成人映画』という回春的な娯楽の範疇ならばなにも考えずに肉体を提供するのみである。
しかし女優という魂を演技者として凌駕してしまうのが陽子であり才能でもある。
「陽子先生。最後のテイク(収録)でございます。監督さんがラストのシーンを打ち合わせしたいと申しております」
監督の目指すクライマックスは文芸の映画路線を標榜した仕上げを狙いたいである。(常務の真意もある)
主演女優として陽子の演じたいクライマックスのワンシーンは自らが女子高生になって揺れる乙女の心理的動揺である。(陽子自らの経験を加味)
この撮影現場には『成人映画』というアダルトのカテゴリーは存在をしなくなっていたのである。
「監督さんの考え。方向性はわかりました。(だから)私は私の演じたい女子高生を出します」
監督との直談判に女優陽子は応じてみせよう。
それまでの収録シーンはすべからく監督の意のままである。
陽子に決定権も演技者としての自由裁決権もなかったのである。
監督に従って演じた主演女優が初めて意見を突きつけたのである。
トントン
監督室のドアは陽子の優しいノックが響いた。




