⑤成人映画Ⅲ
「こうして申し上げましても陽子さん」
常務は汗びっしょりとなったが話しをやめない。
当社の社運を賭けて『成人映画』をクランクインしなければならない。
常務だけでなく社員一同が光りのある女優を待望し輝きのある陽子を選んだのであった。
「お父さんお母さん。我がプロダクションはそこらにあるアダルト作品を作るつもりは毛頭ございません」
娘さんの主演を期待して青春映画を撮りたい。
「成人映画の18禁の帯は文芸作品というカテゴリーにどうしても必要なんでございます」
陽子のはだかが必要
文芸作品がなぜに成人指定に
「陽子さんは太陽のような女優になれると思います。いかがでございますか。インパクトのある当社の成人映画で鮮烈なる銀幕デビューをされては」
女優になるための軽いステップをしましょう
演技の幅は成人映画出演で広がります。
「一流女優さんの中には無名時代に脱いで芸の域を広め方もいらっしゃいます」
具体的に女優の名前をスラスラ挙げてみせた。
陽子を説得する常務たち。
この場で陽子という原石を掴まえおかなくては先に進めない。そんな覚悟もあった。
「お父さんいかがでございますか。陽子さんは女優になりたいと子役から芸を磨いてこられたのでございますね」
芸を磨いてと言っても
まさか実の娘がスクリーンいっぱいに白い肌を露出してしまうとは!
「ああっ~もうよいよ。あなた方の話しは充分にわかった。親として面白くはないがな」
緊張した父親は限界である。
「陽子については今日のところはこれでよいから。もう帰っておくれ」
父親は疲れたと呟いた。
後は陽子を交えて家族会議をしたい。
手塩にかけて育て上げたひとり娘の陽子。そんな部類の映画に好き好んで出演させる親がいるなんて考えたくもない。
「そうですか。あらまっこんな時間でございますね。夜分遅くなりますからね。陽子さん。快い返事をお待ちしております」
常務は風呂敷包みを取り出しおミアゲ品をそっと差し出した。
包みの中身は時価にして相当な高級品である。
「陽子さんからのお返事をお待ちしております」スーツの襟をただし常務は頭をさげた。
その夜から父親はだんだんと不機嫌になっていく。
陽子と口を聞く機会はめっきり減る。さらには深夜遅く帰宅する日が続くのであった。
陽子は陽子でどこにでもいる普通の女子大生でキャンパスにいた。
そっ!なに食わぬ顔をして
講義の合間に演劇部に顔を出す。部員が心配そうに寄ってくる。
陽子の顔を伺いながらヒソヒソとなる。
「陽子さんって(ゴソゴソ…ヒソヒソ)アダルトに…本当かしら」
悪事は千里を走るのである。
人の口に戸は立たぬのかもしれない。
「ねぇねぇ噂って本当なの?イヤァだぁ~アダルト出演なんて」
他校の男子学生が噂を流したらしく瞬く間に陽子が知れてしまう。
「でもねぇ。ウチの大学はクリスチャンでしょう。そんなアダルトなんかに出演したことが学校に知れたらシスターに大騒ぎにならないかしら」
女性が肌を露出するだけで教員のシスターたちはキィ~キィと喧しいのである。
厳重注意では済まされないことは容易に想像である。
退学処分の憂き目に遭うことも可能性としてある。
「私嫌だなぁ~。学校の中からそんな女の子が出てしまうなんて」
遠目に陽子を眺め胡散臭げな視線を投げつける。
卒業してから縁談に響かないかと個人的な心配もしてしまう。
「皆さんこんにちは」
演劇部員と会う陽子は誰彼となく挨拶をする。
あらっ!
陽子が近づいていく。狭い舞台からそそくさと部員らは逃げようと身構えてしまう。
うん?
なんで?
『触らぬ神に祟りなし』
陽子に関わり合うと録なことにはならない
しかし…
みんな揃ってどうかしたのかしら
(私を意図的に避けているみたい)
女子大の先輩部員は目と目が合うと愛想笑いをニソニソ。
意味不明な行動を繰り返して何処へか退散である。
「ふぅ~」
陽子は講義を終えサッサと帰宅しようと校門へ行く。
愛想のよい守衛さんにさようならを陽子は言う。
「ああっさようなら。気をつけてお帰りなさい」
初老の守衛はにっこりとした。
「こちらのお嬢さんは気品があって礼儀正しいなあ。いいとこのお嬢さんというのだろうな」
笑顔も素敵な陽子は女子大キャンパスの中でもピカイチに光り輝く存在であった。
守衛とのさようならをした直後の陽子。校門近くに黒塗りリムジンがゆっくり走り寄り止まる。
女子大の前で出待ちをしていた男たちがいたのである。
「陽子さんお待ちしておりました」
あっ!
車窓から紳士の顔が現れた。
常務だわっ
男の素性がわかって口がポカンと開いてしまった。
「待ち伏せなどして申し訳ございません。いかがでしょうか陽子さんのお答えは?」
どうぞお乗りください。
ぜひお話しをうかがいたい。
当社への映画出演はじっくりと考えていただいたでしょうか。
えっええ。
まだ迷っています。
「我々は陽子さんの承諾があり次第クランクインをしたいと思っていまして」
えっ!
私の返事を待っていらっしゃるの?
芸能プロダクション所属時代に聞いたような話しである。
主役に抜擢される数字の取れる有名女優を思い出す。
女優は人気があるため我が儘をいい放ち非協力的。
そのためクランクインが延び延びになっていた。
監督は出演を嫌がる女優をマネージャーとともに懸命に説得する。
陽子は子役として一部始終を見ていた。
幼心ながら"なんて見苦しいんだろう"と我が儘な女優を侮蔑視してしまう。
「あの女優さんはテレビで見たら美人で清楚な感じ。お茶の間の好感度も抜群だったわ。陽子も好きな部類だったんだけどなあ」
※かの女優は性格の悪さが響きいつの間にかお茶の間に姿をあらわさなくなっていた。
「陽子さんお時間をいただけませんか。この先にわが社が経営するレストランがございます」
リムジンに陽子を乗せてしまえ
なんとか雰囲気で快諾の返事を導き出してしまえ
えっ!
お抱え運転手が向かったレストランを陽子が見て驚いた。
「常務さん。こちらのレストランって」
目の前にいる常務の肩書きは零細芸能企業のプロダクションに間違いないのである。
なぜに有名映画会社の直営レストランを"わが社"と言うのか?
「お嬢さん驚きましたか?。その顔つきだと…アッハハ」
バックミラーで陽子を見た。
「たぶんなにがなんやらでしょうなあ。私には訳がわからないやっ~てとこかな」
ハンドルを握りながら運転手は教えてくれた。
「えっ常務さんはあの有名映画会社のご子息さんですか?」
先代の…
先代は日本中知らない人はまずいない。
「息子さんになられるのですか!」
映画会社創設者の先代は陽子にとっても忘れられない人物である。
子役時代に撮影現場でたびたびその顔をみていたのだ。
晩年には白髪混じりの好好爺で体調のよい時に撮影現場に姿があった。
「あのオジイチャン。あっいえ。あの社長さんが常務さんのお父さんなんですか」
陽子はその他大勢の子役だった。先代は優しく声を掛けてくれた。
陽子は忘れられぬことがある。小学生役でランドセルを背負って駆け抜けるシーンを撮影していた。
「この女の子は演技力がある。お嬢さんはよい女優さんになれそうだ」
小学生は5~6人撮影されていたが陽子だけ自然体でカメラに収まっていたらしい。
先代が唯一陽子を褒めてくれた言葉。幼心にも"将来の女優"を決めるひとつの要因になっていた。
「そうですか。陽子さんは親父に逢ったんですか。ホホォ~演技力を褒めてもらったんですか」
それは奇遇である。
これも息子の常務が制作する映画に関係があるのではないだろうか。
「さあお嬢さん。レストランに着きました。こちらの直営店は先代が好んで利用をされています。常務さんにとっても思い出の場所でもあるんです」
先代がとくとくと好きな映画について常務に話していた思い出の場所だった。
「私っ驚いています。こんな高級レストランに入ったことがありません」
陽子は二の足を踏む。
映画全盛時代に直営店はゴマンとあった。
レストラン・ホテル・娯楽アミューズメント
いずれも直営の映画館に附属をする飲食店。
有名俳優・女優が我が物顔で出入りをし陽子などの駆け出しは敷居が高く近寄れやしない。
女優になったら。
有名な女優となって入ってみたいひとつが直営レストランであり幼心に憧れの場所だった。
「いらっしゃいませ。陽子さまでございますね。常務さまのお供さま。承ってございます」
レストランの扉が開くと支配人がじきじきに出迎えてくれた。
そこには陽子に取って夢のようなヒトトキが待っていた。
支配人に導かれすたすたっと一般客を尻目に奥の特別室に案内される。VIP待遇のみが利用する特別な空間はそれはそれは見事な装飾品で満たされていた。
うん!
「あらっ常務さん。お久しぶりですわ」
一般客の中にテレビドラマ出演者がいた。
常務に気安く声を掛けたのはベテラン女優である。
その声に陽子も気がついた。
誰かしらっ?
薄暗いレストランの各テーブルを眺めた。
いるわいるわ
ドラマでお馴染みな顔と顔。
主役クラスの俳優や女優から端役さんにドラマの裏方さんに至るまで。
直営店はさしずめテレビドラマの打ち上げ場所であろうか。
「ああっ…お久しぶりだね」
常務としては本社の取締役の顔で挨拶をしたいものだ。
こちらにずらりと並ぶ端役の女優たちと常務は世代も近く長い付き合いである。
気安さが却って緊張感を拵えてしまう。
「まあっ本社の常務は…(勘弁してよ)」
常務取締役は"閑職中"とはなかなか言えないのである。
「陽子さま。こちらでございます」
支配人は礼儀に従いエスコートをする。
普段ぴったりと閉まる特別室が開け放たれる。
チラッと見る装飾品はきらびやかなものばかり。
「はっはい」
庶民育ちの陽子は思わず息を呑んでしまう。
テーブルにつけば目の前に絵画が広がる。陽子を主役と想定をした映画の進捗をつぶさに伝えるのである。
「脚本でございますが」
「原作者の作家さんは筆が進みますね」
ヒソヒソ
「当プロダクションとしましては…(ヒソヒソ)」
常務の耳に手を当てヒソヒソの内容をより秘密とした。
「脚本は女子高生の思春期を全面に出していくようです」
女子高生?
聞いた陽子は全身を耳にして傾聴している。
一度は演じたい女子高生役
憧れの青春映画
18歳の陽子の演技力の真骨頂をそそる話しではないか。
ヒソヒソ
ヒソヒソ
社員は脚本家の名前をわざと強調してみせる。
その脚本家・原作者は芸能界にいた陽子が知る売れっ子作家である。
「そうですか。本は順調に仕上がりでございますか」
常務にヒソヒソ
耳打ちは時折陽子にはっきり聞こえたりもする。
「ほほぉ~素晴らしい脚本が仕上がりつつあるっということだね」
報告を受けた常務はにっこり笑みを浮かべ陽子をチラッ。
"気になっているね!"
最後に社員は頭をさげて退席をしようかとする。
「では私はおいとまいたします。陽子さんからの快いお返事を期待しております」
※社員は社員でも俳優の卵でもあった。
「ささっ陽子さん料理を楽しみましょう。業務が入って申し訳ない」
料理が並ばれても陽子の頭は映画でいっぱいということである。
「さあ陽子さん。いただきましょう」
常務は直営レストランの説明を始める。
一度話し始めると常務の世界は一気呵成になる!
話しの枕が済めば単刀直入に陽子の成人映画出演交渉になる。
「私は映画が好きなんですよ。陽子さんもご存知のとおり親父の代から日本を代表する映画を作ることが好きなんです」
映画会社の常務取締役として納得のいく映画を常に制作をするのは映画フアンに対する義務のようなものである。
「私も芸能プロに所属していた頃は。映画もテレビも夢心地で見ていました」
女優になりたくて
高校生ともなれば子役から脱却をして女優へとステップアップを果たしたい
人気女優になりたくて
陽子はいくつかのオーディションを受けて落ちまくる。
「そうでございましたか」
この場で女優になりますと返事をすれば…
有無を言わさず"成人映画の女優"には抜擢をされデビューである。
"脱ぐ女優"
陽子は成人映画で脱ぐのである。
スクリーンで裸を見せて成人映画。
夢心地であった陽子のナイフとフォークがピタッと止まる。
「うん?陽子さん。いかがされましたか」
常務が怪訝さを顔に出していた。
フランス料理が口に合わなかったか。
メダイオンは子羊の肉。ひょっとしたら魚料理が好みであったのかもしれない。
「あっいえ。お肉は柔らかくて美味しくいただいていますわ」
テーブル脇に立つサービスはなに食わぬ顔をしてサッサとディッシュを出していく。
直営店のシェフは日本で屈指の調理人ばかり選り抜きである。
料理が口に合う合わぬのはお客さまの不都合である。
「さようですか。当店に粗そうなどありましたら謝りませんとね」
陽子はじっとテーブルを見つめてしまう。
食が進み陽子と打ち解け常務はさらに饒舌になっていく。
お嬢様のイメージが強い女子大生・陽子。純粋バイオ育ちな女の子に見えてくる。
常務から見た陽子の年齢は実の娘とも思えないこともない。
映画を含む芸能界の話しに夢中になり過ぎてしまう。
陽子に出演依頼を頼む目的を忘れたかのごとく。
「私はね。とにかく映画が好きなんです。先代の親父と同様に映画制作に情熱を捧げたいんです」
本社である映画会社が映画に見切りをつけテレビドラマに経営転換したことをつい本音で嘆いてしまう。
青春映画
文藝映画
「先代から私の代に代わったら。本社でいろいろ撮りたい映画がアイデアとしてあったのです」
しかし会社は創設者たる親父から息子への世代交代をよしとせず。
「私はね。常に自分自身を信じているんです。日本人が映画館で感動をして観てくれる映画制作に取り組みたいんです」
常務の肩書きは対外的なものだけで虚しいと言ってしまう。
「正直な私の気持ちを申し上げたいのです」
本社を牛耳る他人顔のインテリ社長に一泡噴かせたい。
「今のまま私が閑職で満足をしてしまえば先代が築き上げた会社は前途多難のみでございます」
陽子を主演女優に迎え入れ捲土重来を期したい。役員会で追い出された苦い経験を糧にして復讐劇場を思い描いていた。
「封切り上映は最善策となります」
如何せん常務の撮りたい映画は本社のコマーシャルベースに乗せては貰えない。
「正直に申し上げます。陽子さんだからこそ。私の力になって戴きたいでございます」
常務は声をヒソめ手を翳す。
陽子の耳に顔を近くする。
「陽子さん。私の制作する映画は…」
BGMがピタッと鳴りやむ。
「失敗は許されないんでございます」
本社から冷飯を喰わされた身になっています。
興業収益が赤字計上となっては目もあてられない。
「私の企画立案の映画なんでございますが」
ヒソヒソ
常務の声は中年ボイスで心地よく陽子の耳を直撃した。
背が高くお坊ちゃん育ちの常務はハンサムで中年紳士だった。出身大学もお坊ちゃん大学(院)。
「陽子さんに映画に出て欲しいんです」
耳許でヒソヒソとやる。
演技力も可愛らしさもある陽子さんしか演じられない役なんでございます
中年の魅力がひしひしと女子大生陽子に襲いかかってくる。
「陽子さんから我がプロダクションのオーディション応募がありましたね」
常務はにっこりした。
「受けた瞬間に我々スタッフはピンっと来たのでございます」
応募した陽子は常務の企画した『成人映画』にぴったりの女優である。
お坊ちゃん育ちには女のひとりやふたり口説き落とすことは朝飯前。
頑なに警戒心を見せた陽子の様子が徐々に和んでくる。
「常務さん。ひとつお聞きしたいのですが」
大手映画会社がなぜ成人映画を制作するのだろうか。
陽子の知るこの本社映画会社は一大スペクタクルを長い月日を掛けて撮影をするイメージである。
「そうですね。本社のサイドから見たら成人ムービーなどお門違いも甚だしいことではございます」
それ来たかっ!
常務はこの核心部に触れて身を乗り出すのであった。
「私は文藝や青春作品を世に出してみたいと思っています」
単にアダルト映画(劇場)や巷に溢れるAVの粘着性の強い裸のオンパレードとは一線を引きたい。国際的なスターを主役に据えて映画フアンを思わず唸らせるキネマ新報上位ランキングばかりであった。
「あははっさすが映画フアンの陽子さん!その造詣の深さには敬服いたします」
映画の話しとなる。
常務は饒舌になる。かつては映画少年として毎週映画館に足を運んでいた過去が蘇ってしまう。
「一大スペクタクルでございますか。いやあ~懐かしい話しではございますなあ」
たぶんに陽子が思っている長編大作は"制作費"が膨大になり配給元で赤字化をした(逆の意味で)問題作品である。
手間を暇を掛けても映画フアンは食いついて来ない時代になっていた。
「私も配給元として携わっていたんですけどね」
本社が配給元の映画は先代の映画にかける夢とロマンが盛り込まれていた。
「時代が悪いんですよ。素晴らしい映画を制作しても映画館に足を運ばない」
憎くはテレビドラマだけではなかった。
娯楽がバラエティーに富みインターネットを含めた放送媒体に"面倒くさい映画館"を削ぐのである。
「陽子さんのご質問でございましたね。成人映画をなぜ私は手掛けるのかでございますね」
常務は椅子に座り直しサーバーを呼ぶ。
「私に何かドリンクを持って来てくれませんか。こちらのレディさんにはアイスクリーム」
常務は三角巾で軽く口を拭き間を持たせてみる。
サーバーは畏まりましたと銀器類をテーブルに揃えた。
「さっ陽子さん召し上がってください。こちらのアイスクリームは」
陽子に特製品を誂えたと常務は言いサーバーはさようでございますと説明を加えた。
「はいっ甘いものには目がないですから」
特製品と聞けば…
まるで少女のごとく口に運んでみた。
タイミングよろしく…
陽子の気分が高揚するを見計らう。
『成人は…。テレビ映画として放映はされません。お客さまは否応なしに映画館に足を運んで戴けます』
成人アダルトは安定した集客力がある。
配給元が赤字化するリスクも回避され累積も多少は"陽子主演"のヘッドラインで解消される。
だから…
アダルト…
陽子の主演
「さようでございますか」
陽子の口の中でアイスクリームはとろけていた。
味覚も冷たさも感じはしなかった。