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④成人映画Ⅱ

「常務さん!あなたは我々広報の話しを聞いているんですか。まったく困ったもんだ」


零細プロダクションの取締役会議のヒトコマだった。

赤字を垂れ流すだけの映画配給を続ける常務取締役。

経理担当から苦痛の悲鳴を聞かされて広報担当部長は頭から湯気をあげて怒鳴り散らしていたのである。


「いいですか常務!先代の社長の時代と今の映画業界は違うんです」


怒鳴られた常務取締役の紳士は一瞬シオっとなってしまう。


父親は一代でこの映画会社(プロダクション)を築き上げた立志伝中の人物だった。


「映画などの銀幕の世界は一昔も(ふた)昔も前の夢の世界でしょう。それを常務はまったく理解をされていない。いやっ理解ではなく学習能力がないんですよ」


先代の息子さんだから"ご趣味の域"で細々とお好きな映画を制作されよ。


「会社に莫大な映画制作経費を掛けて。挙げ句に赤字の(映画)配給に陥るなんて」


先代の息子さんだから映画制作に夢見心地なのは結構なことだ。


昭和ロマンの漂う懐古主義は常務の胸の中だけにして欲しい。


「取締役会議で発言するのも憚ることですが」


会社の映画配給に関しては株主総会も難色を示していた。


「赤字映画制作するたびに株価は下がっています。世間はいたって敏感なんですよ」


映画好きな常務に先見の明があるならばよい。


世間の衆目眉目を集めるような爆発的ヒットを望める作品を撮る自信があれば問題はないが。


先代が生きていたプロダクションの経営陣は優秀であった。


映画産業がこれから斜陽化の一途という時に映画俳優を抱え込み"テレビドラマ"というライバル媒体に売り込むことに成功していた。

「沈みゆく泥舟(映画)から明るい未来のタッグボート(テレビ)にうまい具合に乗り換えたというのにさ」


賢い経営者の先代に比べて"ボンクラ"で世間知らずのお坊ちゃんが常務取締役という図式になってしまった。


「なんでまた!常務はまだ映画なんかにこだわりを持つのか。時代遅れにも程がある」


先代の全盛期は映画がパラダイスであった。白黒テレビが漸くカラーテレビになる直後ぐらい。


「そういえば。先代はテレビにあまり興味を示していなかったらしい」


映画に取って代わってテレビという流れでも。


親子揃っての映画フアンという系譜であるようだった。


「しかし映画なんざ先代の高尚な趣味であるべきなんだよ。いくら宣伝して配給をしても観客は呼べないんだ」


テレビドラマは気軽にお茶の間で楽しめる庶民的な娯楽に定着した。


「さらにインターネットの普及で」


誰が好き好んで映画館に高い料金を支払って観るのか。


常務取締役はお坊ちゃんらしく趣味にだけ生きて欲しい。


庭木の手入れや盆栽


囲碁将棋に油絵


ひとり息子は来年にも日本の高校からアメリカに留学をしようかとしている。


「息子さんが会社に入る頃には様子が変わっているさ。アメリカ帰りでは映画を制作するなんて愚にもつかないうわごとを言わないことを祈りたいよ」


三代目にあたる孫も親の血筋を引いて大したことがないぜっと悪評を買ってしまう。


先代亡きあとの会社経営は直系の息子の常務が社長に就任するかと見られたが。

「この会社はあのボンクラが社長に就任しなかったことが不幸中の幸い。遺言状にも社長になれっと明記されていないことが良かった」


社長職には常務・専務取締役から有能な人材が常に選ばれている。


斜陽化しそうな映画会社経営から脱却し難を逃れていたのはインテリ経済学部が続いたからとも言われていた。


息子の常務は社長に就けず内心は面白くはない。


肩書きこそ取締役ではあったがなんら重要な責任ポストは与えられてはいなかった。


40歳を越えていたがかなり()ねてしまい我が儘を言い出してしまう。


「我が社は映画会社なんだろっ。なぜ映画をどんどん撮らないのだ」


テレビに俳優を供給したりスポット的なコマーシャル撮影にお茶を濁して業績を伸ばしていた。


「巨大なプロジェクトを立ち上げて一大スペクタクルな映画を撮ってやろうじゃあないか」


インテリ気質のやり手社長の目を盗みつつ常務取締役の趣味は始まった。


「えっ!常務さん本当ですか。映画を作ってもよろしいんですか」


斜陽化する映画をこの会社でまた作れると触れ回った。


言われた映画育ちの監督や舞台スタッフは大喜びである。気乗りのしない安普請なテレビドラマの制作は嫌である。


「ああっ映画を作ろうじゃあないか。テレビドラマに肩入れする社長なんか目じゃあない」


常務取締役の肩書きをフルに利用し数千万単位の制作費を会社名義で捻出をしてしまう。


社長を含む取締役連中はボンクラ息子がなにをしているか薄々に気がつくのである。


昭和の懐古主義たる青春映画を撮りたいという野心。

「先代は大変な"遺物"を会社に残したなあ」


息子さんよっ


あなたは先代が起こした会社には迷惑千万なんですよ

即刻辞めていただきたい


「常務さん映画やりますよ。脚本はどなたの本でございますか。本が出来上がりしだいに主役スタッフを決めていきましょう」


監督は満面笑みである。テレビドラマを半ば嫌々撮影していたためフラストレーションが溜まりにたまっていたようだ。


「ああっ脚本だがなっ。聞いて驚いて腰を抜かすなよ」


次期芥川賞にノミネートされる噂の新進気鋭作家の名前を挙げた。


「ヒッエッ~あの先生の作品でございますか。そりゃあ楽しみだ。映画配給の話題性たっぷりでございますね」


監督は若い大学出たての作家の小説をひとつとして知らなかった。


脚本(台本)が決まり主役スタッフを選んでいく。俳優は常務がプロダクションの繋がり縁故を頼りに集めていく。


人徳と温情のあった先代のネームバリューは凄かった。その息子の肩書きは親の七光りとなりダテではなかった。


「へぇ芥川賞候補作品ですか。えっ主役をやれ?」


プロダクションの名前と芥川賞という未知数。


たちどころにクランクインは決まりお抱えの監督はメガホンを取った。


勢いとは恐いものである。

制作費が安く制約ばかりのテレビドラマと異なる映画ロケ。


"伝統と名声"が得られる映画にスタッフは喜んで携わっていたのだ。


"水を得た(うお)"


映画撮影は順調に進みついに仕上がりの日を見た。


「常務さん。納得のいく大作に仕上がりました。嬉しいでございますね。ああっ映画とはかくにも素晴らしい芸術だと改めて思います」


常務は監督の手を握りしめ互いにハラハラと嬉し涙を流した。


さて配給の段階である。


インテリ社長はもちろんのこと。広報宣伝部長にも"公然の秘密"として撮影した作品である。


定例の取締役会は開かれた。社長以下取締役はこの会議をきっかけに先代派閥を一掃したい気概もあった。

議事は淡々と進行をして株主総会の対策を講じたあとである。


撮り終えたフィルムが問題視をされていく。


「常務に質問致します。こちら役員会に作成議案を未提出のモノがあると聞いております。いかなるモノが非合理に作られたのでございましょうか」


反先代派閥の舌鋒。社長派閥の常務から一石が投じられた。


好き勝手に制作した映画は常務の自慢の作品ではある。


「(身勝手と言われて)それは申し訳ないと思います」

会社は映画制作を見限りテレビドラマを主流とした芸能プロダクションとして出発をしていく矢先である。

「ですが…。制作費の捻出や俳優スタッフは私の尽力でなんとかなりました」


先代の名前ひとつ出したおかげでスポンサーも見つかり制作費は充分に潤いをみせた。


赤字を出さない映画制作。

経理担当の部長はお坊ちゃんの自慢話を苦々しく聞いた。


「時にでございますね。せっかく撮り終えたフィルムでございます。わが社のクレジット(配給元)として広告宣伝を願いたいものでございます」


映画というソフトは作り上げてあるから後は広報のバックアップで世間に知らせて欲しい。


取締役会議はここから紛糾をみる。身勝手な行動は会社を私物化して止まない。

「ちょっと待ってくれたまえっ。常務の意見はよくわかった」


だが承服しかねるよ


そらっ始まった!


「わが社の方針は知ってのとおり。映画制作を極力抑えテレビドラマに主力を置くと決まっているんだがね」


苦々しい毒のある意見が飛ぶ。


社長派閥の常務連中は異口同音に"お坊ちゃんに異議あり"を唱え攻撃的な構え。


「先代が生きていらっしゃったらね。息子さんの常務あなたの味方かもしれない」


だが…


あくまでも生前を仮定してのこと。


映画配給だなんて


今はテレビだけでなくインターネットもあるんだぜ


どっかの江戸村と錯誤しても甚だしいものだ


「わが社が求めるものは過去の栄光ではありません」

生前の先代の懐かしき良き映画全盛時代は社の歴史に刻まれて"封印"しておきたまえ


お坊ちゃん常務は散々に貶されてしまい映画は即刻御蔵入りになると結論がでた。


「時代錯誤?ちょっと待ってくださいませんか」


テレビがあろうとなかろうと


主要な都市には立派な映画館があるではないか。


斜陽化産業と揶揄されようが巷に映画フアンはいる!

だから映画フアンのために配給をする義務がある。


「宣伝広報費用を社は出さないというのなら。よろしいでしょう。私が自腹を切りましょう」


スポンサー探しはお手の物。


会社には経済的負担を強いらないなら大丈夫だろう。

重役会はやれやれと呆れ顔をズラリと並べ立てた。


「常務さん。お金の問題じゃあないんだ。わが社の名前を使った商売がネックになっているんだ」


社長は就任した席で映画配給とは訣別するとコメントをしている。


「宣伝広報部長の話しを聞くまでもなくでございます」


ダメなものはダメなんだ。

出席した役員全員一致でお坊ちゃん常務は否定をされていく。


この取締役らを説得しないかぎり映画は陽の目を見ない。


「御蔵入りになるなんて勘弁ならない。映画に情熱を燃やす私としては役員が拒否しても配給をしてやる」

配給をしてやる~


常務取締役の部屋に戻って声を荒げた。


トントン(訪問者)


「おやっ常務。かなり苛ついていらっしゃいますなあ。いかがされました?」


訪れたのは顧問弁護士である。会社とのクライアント契約で月に数回顔をみせていた。


「おやっ?お坊ちゃんこれは常尋常ならぬ騒ぎでございますねアッハハ」


顧問は先代からの付き合いであり常務が中学二年から知っていた。


「ハハァ~ン。映画の配給がなされないから」


結婚をし40歳を越えたとは言え精神年齢は子供のままに思えた。


「先ほど社長からも聞きました」


お坊ちゃん常務は迷惑である。先代から他人の社長の時代である。


先代の係累はすべからく会社経営から足を洗え


「その映画でございますが」


顧問は撮影に携わる監督やスタッフに話しを聞いていた。


「脚本は芥川賞候補の作家さんですか」


文学が好きな顧問は携帯サイトで作家名を検索してみる。


「うん!常務っちょっと。これを見てください」


携帯の小さな画面にニュースが提示されていた。


《文学界注目の芥川賞直木賞!候補作品決まる》


クリックを繰り返してみる。


「おっ!芥川賞の候補作品に」


なっなんと撮影した映画の脚本(原作)が名を連ねていたのだ。


「常務さん。まだ先のことはわかったもんではないが」


この作品で芥川賞受賞となれば話題作となる。映画配給に追い風が吹く。


「芥川賞?本当でございますね。獲れそうですかね」

受賞は可能かどうか。こればかりは発表を待たなければならない。


「常務さん。こちらの作家さんの連絡先はわかりますか」


顧問はビジネスライクにも直接本人に"芥川賞作家"になるか聞いてみた。


携帯の向こうからは若者特有なはしゃぎ出す声が聞こえた。


「私はプロダクションの顧問弁護士でございます」


作家のプロフィールをみると30歳は越えてはいたが幼い感じである。


「芥川賞ですか。あのぅ~本当に弁護士さんですか。映画は僕の本を使ってくれてますよね」


うん?


やけに疑心暗鬼なこと。なにやら腹に"逸物"がありそうな含みを感じる。


「出版社から口止めされているんですけどね」


受賞は決まっています。


「ですから…」


映画の封切りの際に脚本料金をフンダンに上乗せしてくださいね。


「えっ受賞は規定路線!」

常務もびっくりである。


こりゃあ受賞に便乗商売をしない手はない。


映画は芥川賞という願ってもないバックグラウンドを得て当たった!


芥川受賞の知らせをうけもっとも最短の日数で封切りを迎えた。


「いやはや堪らないね」


興業収入は億を軽く記録してしまう。


これに気を良くした常務。顧問と相談をして映画専門の傍系会社のプロダクション設立となる。


「よし!会社がダメならこちらから動くのみだ」


鼻息荒々しくも斜陽産業映画配給に熱を入れてしまう。


だが…


映画部門の独立を果たしたもののヒット作品に恵まれない。


作品を制作すればするだけ赤字である。


芥川賞作品で蓄えた資金は瞬く間に底をつき始める。

「こりゃあ~困った」


人一倍プライドが高い常務はヘコタレはしない。


映画業界でこさえた借金負債は映画で穴埋めをしたい。


話題性のある映画を配給すれば当たる。メガ級にならずとも負債が返せる程度ならば当てる自信がある。


「話題作を作ってやる。世間さまの映画フアン待望の作品を」


そんな窮地の常務に問題が発生する。


映画製作費が足りない!


有名俳優(女優)に支払うギャラがなくなっていた。


「既存のスターには頼るなッ。素人オーディションを掛けて明日の銀幕スターを原石を発掘してしまえ」


テレビ局とインターネット業界とタイアップしたオーディション。


呼び掛けの趣旨は視聴者や映画フアンに通じたようである。


だがスター誕生のオーディション番組やスター募集への過程はドラマチックで興味津々となったが…


映画の興業収入は頭打ちである。


「まったく面白くもない。肝心要(かんじんかなめ)の映画がヒットしてくれない」


あれだけの応募人数(3千~4千)から選ばれたヒーローやヒロインにも関わらず。

常務は頭を抱えた。


春先と秋口のニューヒーロー誕生は話題性だけの掛け声でジ・エンドが繰り返された。


「常務さん頭が痛いのはスタッフもでございます。どうにもこうにも」


先代の時代には確かな手応えでスタッフ一同は映画制作に取り組めたというのに。


時代の流れ


斜陽産業


テレビドラマに勝てない


インターネットの普及


世間体と大きなギャップがあると改めて知る瞬間がやってきた。


「文芸作品。青春ドラマ」

映画の好きな常務がワクワクして観た分野。


文芸作品を高い料金を払って二時間も三時間も映画館で観たい。


これが時代に逆行をしてしまう要因。


常務が何気なくみたスポーツニュース。


オリンピックに出場を果たした中長距離ランナーがインタビューを受けていた。

「5千や1万はちょっと(約15分)やそっと(約30分)の辛抱だけど。フルマラソンは二時間以上でしょう」


二時間も走らなければならないのは映画を観るより苦痛…


ズルリ~ン


常務は椅子から誤ってずり落ちてしまう。


「そんなにも映画が…」


社屋の窓越しに空を眺めてため息が出てしまう。

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