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②オーディション

「すいません陽子さん教えてくださいますか?この場面はどう演じたらいいんでしょうか」


演劇のリハーサル舞台に陽子の姿があれば台本が差し出された。


えっ!


「あっこの場面ね。そうですねぇ。ト書きでは"つまらない"顔をする?これだけではね。うーん具体的な表現がないから」


陽子は台本とにらめっこをし演技指導をする。


「なるほど!上目遣いしながらだんだん下を向いていけばいいわけですか」


楽しく女子大でキャンパスライフを満喫するつもりだった陽子。


強引とも取れる演劇部への入部から事情は一転していた。


新入生ではあるが子役からの芸歴はダテではなかった。


シロウトの域を出ない演劇部員たちはみるみる芸に磨きがかかっていく。


「へぇ~そんな仕草でひとつで哀楽がわかるんですね。私っ知らなかったなあ」

芸人の真似事から役を演じるという崇高な領域にかかっていく。


「へぇ~さすがに陽子さんですわ。ありがとうございます」


陽子のワンポイントアドバイスは効果覿面である。子役からしっかり基礎を固めた芸人魂は大学演劇程度ではダテでなかった。


「まったく嫌になっちゃうわ。我々部員は今まで何を学んで舞台を勤めたのかしらね」


文学部でシェークスピアを専門に学ぶ部長はため息をついた。


新入生陽子の子役あがりの噂は日を追うに従い大学演劇仲間に知れていく。


「えっ!本当かっ。子役さんが(演劇を)しているの?小学生時代にテレビや映画に出演していたのか」


インターネットで検索してみたら出るわ出るわ。


端役ばかりであるがしっかりした演技力は見てもわかった。


陽子は子役時代から演技力に定評があると言われた。元来から勘のよい子供でテレビディレクターや脚本家の意図をよく理解していく。


「大学の春の講演はいつなんだ。是非とも観たいものだ」


春の演劇はシェークスピアの作品から選ぶことになっていた。


陽子にそれを決めてもらいたい。あわよくば脚本も配役もすべてやってもらいたい。


「作品を選ぶのはシェークスピアのどれでもよろしいのですか」


部長から部員から演劇部は陽子の顔を見ると演劇派のお嬢さんとしてコックリと頷いた。


陽子は芸能プロダクション時代にシェークスピアを数回演じる。


その当時に子役とは言え演技力のしっかりとした"プロ"として演じている。


アマチュアの演劇部とはレベルもラベルも桁違いである。


「ひぇ~陽子さんったら」

舞台稽古の段階から一際異彩を放つ陽子だった。


主役を演じる陽子。ジーパンにティシャツ姿の軽装ながら見応えのあるシェークスピアの姫を表現してみせた。


「凄い凄い。陽子さんが舞台に登場すると現代からタイムスリップしてシェークスピアの世界に連れていかれるみたい」


セリフのひとつひとつを腹式呼吸で丹念に抑えればマイクなしで観客の一人一人に届いていく。


「いやあっ素晴らしい。見応えのある姫ぎみには参った参った」


姫ぎみ陽子が完璧なものだから相手役を仰せつかる男子学生が萎縮していく。


「もうっ~とてもではないが…。(プロの演技と)バランスが保てないよ」


学芸会に毛の生えた程度の演劇しか経験していない。まともな芝居などとんでもない。


陽子を前にベソをかいてしまう。


「ごめんなさい陽子ちゃん。この役を演じる自信がない。君の相手はとてもできないや」


こういった演劇レベルについての苦情が数回劇団員から出てしまう。


演技をする部員全体が陽子の指導力でレベルアップされたら問題はなかったのだが。


春の演劇定期公演は各大学にパンフレットを貼りそれなりに話題性を持たれていた。


「この女子大に子役出身がいるらしいぜ。マンネリ化したシェークスピアを熱演してくれるらしい」


子役出身?


「何でもつい最近まで芸能プロダクションにいたらしい」


まことしやかな噂とは独り歩きをするものである。


「芸能?子役はプロダクション所属でってかっ!誰なんだい」


陽子の名前を携帯サイトでサーチしてみる。事細かな出演履歴がわかった。


「この子役さんが陽子かっ。そりゃあ演劇が楽しみだな。どうせ暇潰しなんだ。シェークスピアの初日に行くか」


前売り券は陽子という珍しい存在が見たいことで捌けた。


チケットの前売りが例年より好調だと演劇部員に伝わる。


観客が多いとなれば陽子の演技指導も日増しに熱を帯びてくる。


シェークスピアの初日まで1週間となったある日だった。


「えっ!そっそんなあっ~」


講義を終えた陽子は舞台稽古に顔を出し愕然となった。


「相手役を辞めたいのですって!ちょっと待ってくださいますか。初日まで1週間ですよ。今から代役を探しますだなんて。それはあまりに無責任ですよ」


辞めたいと申し出た男子学生は項垂(うなだ)れたまま顔をあげない。


「僕ではダメです。演技がついていけません。セリフもたどたどしいし演技以前の問題があります。陽子さんにはどうしても敵わなくて」


辞めたい気持ちは前々からあった。なかなか勇気がなく言い出せなく悩んでしまった。


陽子は憤懣やる方ない。代役を立てて稽古するにも開演までの日数が足りなかった。


「もうっ~皆さんやる気があるんですか」


陽子は癇癪を起こしてしまう。熱を入れたら入れたで相手役を降りたいとなってしまう。


「もうよいです」


大学に入ったばかりの新入生だから陽子は素人芝居に言いたいことも我慢していた。


こればかりは温厚な陽子も"堪忍袋の尾"がプッツンしてしまった。


「私は主役を降板させていただきます。新入生ですしね。その他大勢の端役としてシェークスピア劇に参加します」


オッ!


そんな!


今度は劇団員全員が驚く番であった。


主役に役者経験者の陽子が抜擢されてこその春のシェークスピアではないか。


前売り券の売れ行きは近年にないもの。陽子で金字塔を立てる魂胆であった。


「陽子さんが端役って」


部長は半泣きの顔をして翻意を促す。


「私たちはシェークスピアには素人かもしれないわ。でも素人は素人なりに一生懸命に稽古をしたつもりよ」


気分を害した主役降板は陽子のカプリチョーザ(気まぐれ)なのか。


「陽子さん。お願いだから主役をやってください。私たちは陽子さんの演技を舞台でみたいの」


女子大演劇部はおろおろしながら陽子の顔色を伺う。

「主役(姫)の相手役は至難のわざなんだけどなあ」


演劇部に所属する男子学生は異口同音に陽子の主役が完璧過ぎて演じ切れないと愚痴ってしまう。


「主役の私の相手を今から見つけたとしても時間がないわ」


取り付け(やいば)でシェークスピアの劇を演じられることはまずないのである。


「ダメです。降板がベスト。私が主役でなければ相手の(男子学生)も気楽に演じられてよ」


たぶんにして皮肉を込めた言葉であった。


聞きようによっては演劇部に対して"刺々しきセリフ"である。


この降板劇を心よく思わない他大の男子学生たち。陽子降板の遠因はこちらにあると言われたようで面白くはなかった。


「チッ。たかが子役でテレビ出演した経験があるだけで」


テレビや映画に名前がデッカク出るような役者とは違うくせに!


威張った態度を取るな。


不愉快だぜ


陽子に聞こえるか聞こえてないかで悪口であった。


結局シェークスピア劇は陽子が主役を降り4年生が急遽演じていた。


4年生は2年と3年でお姫様役の主役を張るかわいい女の子だった。


ゴタゴタしてしまったがなんとか演劇部としての形を整えられ初日を迎える。


陽子は出番が二回しかない端役になりさがる。


後はもっぱら舞台の袖から演技を見守っていくプロデューサーに徹する。


カーテンがあがり陽子目当ての観客は見事にあてがはずれ。


あらっガッカリさん。


「なんだって!パンフレットには主役陽子ってあるのに」


主役はかわいいだけのお嬢さんが演じてはいたが力量不足は否めない。シロウト丸出しであった。


主役の演技は見れたものでなくおろおろする場面ばかりが目立つ。


そんな未熟者であることを知りつつも陽子は陽子で"私の知ったことじゃあないわ"である。


はらはらしっぱなしの初日舞台は終わる。


劇団員は誰彼問わず汗だく。舞台を勤めた披露の疲れより冷や汗だった。


「もう~舞台は懲り懲りだわ。初日から満員なんだから」


大学の演劇。普段はひとりふたりと数えられ観客席。それも親戚や縁者程度の不人気を知るガラガラの入りだった。


初日が幕開けしたら後は連日同じ演技を繰り返するだけである。


陽子としてはやる気もなく適当に団員にアドバイスをする程度だった。


なげやりな…


おざなりな…


まるで演劇部を小バカにするような…


演劇経験のある陽子は知らず知らずのうちに劇団員らから孤立をした。


果てはついに反感を買うはめに陥ってしまうのであった。


陽子の自宅ポストに身に覚えのない郵便物が届くことになる。


"オーディションのお知らせ"


ポストを覗く家族。女子大生となった陽子はまだまだ芸能界に未練がましいのかと思う程度であった。


「陽子っ(芸能タレント)オーディションの知らせが来ているよ。合格するとテレビ出演かい」


なにも知らない陽子ははてさて?と悩むばかり。


なんのオーディションであろうかと開封してみる。


「何々っ貴女の応募くださったミスコンテスト。第一次書類審査を通過したことをお知らせします」


ミスコンは第二次があるから水着を用意して欲しい。

「なんなのっこれ!いったい全体っもう」


水着だビキニだと好きを言って!


「誰が断って私のプロフィールを送ったのよ」


怒りに任せ封書を机にバアッ~と投げつけてしまう。

散乱したパンフレット類に優勝賞金の高額金と副賞に海外旅行があると明記されていた。


この手の郵便物が陽子に2~3送りつけられる。


陽子に反感を持つ学生のしわざではないか。


嫌がらせが芸能タレント・オーディションに写真とプロフィールを丁寧に送りつける。


手間暇かけた作業を小まめにやる学生はすぐにピン!と来た。


「主役を降りた男子学生だわ」


気の強い陽子は犯人の目星を男子学生につけ呼びつけた。


「えっ!オーディション?なんのことだよ。僕らは知らないことだ」

すごい剣幕の陽子に学生らはたじろぎながら犯行を否定した。


「知らないってっ。嘘をおっしゃいな」


この手のお坊ちゃんは傷つくことを嫌う。ましてや陽子を窮地に陥れようとしての愚行。シラを切ることは百も承知である。


「あのねっ申し上げますけど。私を誰だと思っていらっしゃいます?」


イタズラ半分で送ったオーディション。たいていの大手芸能プロは繋がりがある。


「返事があったオーディションを主宰する芸能プロは恥ずかしいことに私がお世話になったところ。社長さんは懇意なんですけど」


暗にプロダクションにコネがあるわっと一席"吹いて"やる。


「ネタはバレてますからね。インターネットでどなたが申し込みをしているかわかるの。プロバイダーを調べるわよ」


あなた方がこのイタズラの愉快犯ですね


キイッと睨み付けた!


怒らせたら威圧感のある陽子である。テレビドラマにある凄みの女検事そのままの迫力を出してみた。


ショボ~ン


男子学生はヤバいなっと俯きかげんになる。


「私のウチに三通オーディションの知らせが届いたわ。あなたが勝手に応募したんでしょ」


合計すると何通オーディション応募の郵便物を送ったの。


学生は下を向いたまま手のひらで"五通"と示した。


※陽子の写真とプロフィールだけの書類審査。応募されたオーディションはすべて第一次審査は通過したことになる。


「まだまだあるのね」


フゥ~うんざりするわね


不届きにも送りつけたオーディション名と主宰する芸能プロダクション名を陽子はひとつひとつ書き留めた。


大手プロ主宰はたいてい知り合いのプロデューサーの顔が浮かんだ。


第一次通過程度のオーディションなど数が多くて覚え切れない。


だが…


零細企業たるプロダクションは事情が異なる。


「その名前のプロダクションって…」


子役から芸能プロダクションに所属していた陽子でもすべからく芸能界を知っていたわけではない。


あらっ?


「こちらのプロダクションは知らないわ」


陽子自身に郵便物も電話連絡もなにもない零細プロからの知らせ。


首を傾げて"なんなのかしらっ"と疑問符だらけである。


「大々的にインターネットからオーディション網をかけているわ。どんな女の子を希望しているのか知らないけれど」


大手プロはちゃんと書類審査は合格する。


得体の知れない零細プロには…


不合格しているのかしら


ムムッ~


痩せても枯れてもかつては女優を目指した女。役者魂というプライドが傷つくところである。


「あのぅ…ですね…そのぅですね」


学生が小声を振り絞り陽子に訴えかける。


言いにくい


(直接に陽子には)特に言いにくい


「なんなの?学生が陽子と目を合わせた。


キイッとした上目遣い。


野性的な狐の目を見せてくる。


決して穏やかではないギラギラしたそれは敵対心剥き出し。


真実を言い出せば怒る陽子から何をされるかわからない。


※空手から剣道・合気道も形だけだが心得がある。


とても恐くて…言い出せない


真実は…闇に葬りたい


陽子の前には出さないが賢明な選択肢である。


「はいっ…僕らは…男は男ですけど」


すごすご~


大の男たち。


ごそごそ~


怖じけづいて腰を引いてしまう。


モゾモゾ~


陽子の前で窮屈そうにやりだすのである。


「あのぅ~陽子さん。いやっ…そのぅ」



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