偉大なるザマーマザー
ときは百年前。
我がサブユラ王国では、男性の婚約者による婚約破棄が相次いでおり、当時の貴族の女性は苦しめられていたのだ。
しかし、そこでそんな流れに立ち向かったのは革命の母カマルプール・イェレヴァンだった。
彼女は突き出された婚約破棄を潔く受け取ったかと思ったら、その後に壮大な復讐を果たし、とても言葉では言い表せないような処罰をした後、婚約者を流刑にしたのだ。
そこからというもの、彼女を皮切りに色々な女性たちが婚約破棄に対して復讐を遂行する、というのが一大ムーブメントとなった。
ちょっとしたことでも、男性を追放する、というのが流行ったのだ。実に、恐ろしいことだ。
今まで圧倒的に男有利だった貴族社会はガラッと変わり、女性の権力というのが大きくなった。
一人目の婚約者に復讐を果たしたカマルプールは国王との婚約を果たし、そして復讐を恐れた国王はそのまま彼女と結婚し、彼女は王の子を宿すこととなった。
女王の誕生だ。
女王による、女性のための統治が行われたのだ。(宮殿内限定)
しかし、今、ほんのちょっとの転機が訪れようとしていたのだ。
「おい、大丈夫か?その情報で合っているんだろうな?」
ひそひそとクルスが耳元で囁いた。
俺はぐるぐると周りを確認したあとで「ああ、確実だ」と同じく彼の耳元で囁いた。
城の庭。
城の壁に寄りかかって、空を見上げながら俺は隣にいるクルスと話をしていた。
城内は女性貴族にほぼ占領されており、従順でない男は昼間は城内にいても肩身が狭いだけなので、こうやって何もない城の庭に座って時間を潰しているのだ。
それでも、俺達が悪口を言って盛り上がっていると地獄耳の彼女たちが聞きつける可能性があるので、俺たちはこうやってひっそりと外で会話をしているわけだ。
思うのだ。
こんなの、おかしい!!
なんで、そんなに男を嫌うのだ。
先祖が何をしたか知らないが、俺達には関係ないだろ。
大声で言いたいところだが、彼女たちに聞かれては困る。
「あのさ、レイヴンは今どんな感じなのか知らない?」
俺はクルスに尋ねた。
「・・・フェンダ、お前まだ好きなのか?」
俺には、レイヴンという幼馴染がいた。
幼い頃は、こんな女尊男卑の世の中といえども仲良く遊んでいたのだ。
しかし、十歳くらいになったころ突然、彼女は「男なんて、最低よ!!」というようになった。
おそらく、革命の母であるカマルプールに影響を受けてしまったのだろう。
ほんと、なんでここまで男性嫌悪が進んでしまったのだろうか。
それから、もう八年も経つのだが、未だに彼女のことを忘れずにいる。
時々、廊下を歩いているとすれ違ったりするのだが、彼女は俺を見ると毎回のように舌打ちする。
彼女の変化をきっかけに、なんだか城の中って変なことに気がついたのだ。
幼かった頃は、まだ男として認識されていなかったのかもしれないが、母が俺を抱えているだけで唾を吐きかけられるというようなことは、今思えば何回かあったのだ。
母だって、すっかり成長してしまった俺には興味を示さなくなったし、父とは元から一緒にいるなんて滅多になかったからな。
城の庭には、カマルプールの銅像が建っている。
最初は、なんか気の強そうな太ってるおばさんなのかと勝手に思っていたが、まず若いというのと、めちゃくちゃボンキュッボンだった。
気が強そう、というのは最初の想像と変わらないが。
今の女王であるカマルプール4世は、かなりの男嫌いであり、もう40歳だというのに今まで一度も結婚していないみたいだ。
そのせいで、せっかくあなたのご先祖が築いてきて、今もあなたが大切にしていると思われる伝統が崩れる、という可能性は考えないんですか?と彼女に聞いてみたいが、そもそも、玉座が男人禁制だから入ろうにも入れない。
「あのさ、俺達で変えようよ。なんか、皆おかしくなってると思うんだよ」
そういって、周りをぐるぐると見回す。
反乱を起こそうとした男は、今まで何人もいたし、彼らはものすごく残虐な方法で処刑されたことも知っている。
死ぬのはもちろん嫌だ。
でも、それと同じくらいこのままでいるのも嫌だ。
どうにか、変えたい。
そして、せめて、フラレるとしても、対等な立場でレイヴンに俺の気持ちを伝えたいと思う。
「でもさ、・・・俺達二人じゃ無理だよ。女の結束はヤバいからな」
まあ、それはなんとなくわかる。
普段の彼女たちの具体的な様子はわからないけれども、結束した女性の力がものすごいということはわかっているのだ。
「じゃあ、どうする?」
「・・・仲間を集めるしかないだろ」
「仲間って、どうやって?」
「それは、」
言葉に詰まる。
確かに、その通りだった。
男同士で集まっていることがバレただけでも、何をされるかわからない。
ましてや、女性の支配に反抗しようとしているなんて知られたら――。
「・・・やっぱり、無理じゃないか?」
「お前、さっきまで変えようって言ってただろ」
「いや、そうなんだけどさ」
俺は立ち上がった。
そして、城の方を見る。
巨大な城壁。
その上には、いくつもの女王家の旗が掲げられている。
この国を百年間支配してきた旗だ。
俺達が二人で何をしたところで、どうにかなるような相手ではない。
「でも、やってみないとわからないだろ」
クルスがそう言った。
「・・・そうだな」
俺も頷いた。
結局、俺達は何か具体的な方法を考えることもなく、その日は別れた。
翌日。
俺はクルスに呼び出された。
いつもの庭ではない。
城の裏手にある、人目につかない場所だった。
「どうした?」
「・・・見てくれ」
クルスは青ざめた顔をしていた。
その視線の先には、数人の男たちがいた。
いや。
男たちというより――。
男だったもの、と言った方が正しいのかもしれない。
彼らは女性たちに囲まれていた。
そして、その中心には一人の若い男が立っていた。
「あれは何?」
「おそらく、俺達と同じことを考えていた男だ」
「・・・え?」
「女王に反抗しようとしたらしい」
男は縛られていた。
その周囲には、何十人もの女性が立っている。
そして、その中から一人の女性が前へ出た。
「あなたは、我が国の伝統を壊そうとしたのですね?」
「ち、違う! 俺はただ――」
「ただ?」
「男にも、女と同じ権利があってもいいんじゃないかって……」
女性兵士たちが一斉に笑った。
その笑い声を聞いて、俺の背筋が冷たくなった。
「なんて愚かなことを」
「革命の母が築いた平和を壊そうとするなんて」
「男は本当に懲りませんね」
男は必死に首を振った。
「俺は、誰かを傷つけたいわけじゃない!」
「ええ。あなたが何を考えているかは関係ありません」
女性が淡々と言った。
「あなたは、反抗した」
その言葉を聞いた瞬間、周囲の空気が変わった。
男が連れていかれる。
「どこへ連れていくんだ?」
俺が小声で尋ねる。
「・・・流刑だ。ボコボコにされた後にな」
クルスが答えた。
「それだけ?」
「それだけなら、まだいい」
クルスは唇を噛んだ。
「反抗した男の中には、二度と戻ってこなかった奴もいる」
俺は何も言えなくなった。
男が連れていかれる。
その顔が、一瞬だけ俺達の方を向いた。
目が合った。
助けてくれ。そう言われたような気がした。
だが、俺は動けなかった。
クルスも動かなかった。
やがて男の姿が見えなくなる。
「・・・帰ろう」
クルスが言った。
「ああ」
俺も頷いた。
結局、俺達は何もできなかった。
反抗しようなんて考えていた自分が、馬鹿らしく思えてくる。
国を変える。
女性と対等になる。
そんなことを、俺達二人だけでできるはずがない。
いや。
大勢の男が集まったとしても、無理なのかもしれない。
俺達は何も言わずに、それぞれの部屋へ戻った。
俺は自分の部屋のベッドに倒れ込んだ。
「・・・何やってんだ、俺」
天井を見つめる。
さっきの男の顔が、頭から離れない。
俺は死にたくない。
家族を悲しませたくもない。
まあ、悲しむのは父親だけだ。
だから、もう反抗なんてしない。
そう決めた。
だったら、せめて――。
レイヴンにだけでも、気持ちを伝えられないだろうか。
俺は目を閉じた。
すると、
「フェンダ」
突然、声がした。
「……え?」
目を開ける。
部屋の入り口に、レイヴンが立っていた。
「レ、レイヴン?」
なぜここに?
俺は慌てて起き上がる。
レイヴンは何も言わない。
いつものように、俺を睨んでいる。
いや。
なんだか、少し違う気がする。
でも、こちらを赤く充血した目で睨んできている。
「・・・えっと、どうしたんだ?」
「話があるの」
「俺に?」
「うん」
レイヴンは部屋の中へ入ってくる。
そして、俺の目の前まで歩いてきた。
「フェンダ」
俺は、ゴクリと唾を飲み込む。
「あなた、反抗するつもりだったんでしょ?」
「・・・どうして知ってるんだ?」
これは、殺されてしまうのか?
レイヴンは俯いた。
「あなたが、クルスと一緒に何かしようとしていたことも」
「・・・」
俺は何も言えなかった。
「馬鹿だと思った。死んじゃうかもしれないのに。・・・ほんと、これだからさあ、・・・グスンっ、これだから、」
レイヴンの声が震えた。
俺は顔を上げる。
「えっと、・・・その、ごめんなさい?」
俺は、どうすればいいかわからなかった。ごまかすべきか?
それとも、素直に謝るべきなのか?
すると、レイヴンが顔を上げて俺を見た。
その目には、涙が浮かんでいた。
「私ね」
彼女は小さく息を吸った。
「ずっと、あなたのことが嫌いだって言ってたでしょう?」
「ああ」
「最低な男だって」
「・・・・・はい、」
「男なんて、みんな嫌いだって」
「ああ」
俺は何度も頷いた。
それは、俺がずっと聞いてきた言葉だった。
だからこそ、次に彼女が言った言葉を、俺はすぐには理解できなかった。
「・・・あれ、全部嘘だったの」
「・・・え?」
レイヴンが一歩、俺に近づいた。
「ごめんなさい。本当は、あなたのことずっと好きだったの」
頭が真っ白になった。
「子供の頃から」
レイヴンは泣きながら。
「ずっと、好きだった」
「じゃあ・・・なんで?」
俺はようやく、それだけを口にした。
「なんで俺を見るたびに、舌打ちしたんだ?」
「・・・だって」
レイヴンは少しだけ顔を赤くした。
「なんか、10歳くらいから、全然私のこと構ってくれなかったじゃん。それで、変なこと言い始めれば心配してくれるかなって、」
「・・・は?」
レイヴンはそこで言葉を止めた。
そして、恥ずかしそうに笑った。
俺はしばらく何も言えなかった。
百年前、革命の母が婚約破棄から始めた復讐。
それによって生まれた、婚約というものに縛られた男たちの社会。
その結果として、俺達は好きな相手にすら、本当の気持ちを伝えられなくなっていた。
「・・・じゃあ、俺達、ずっと、お互いに勘違いしてたのか?」
「たぶん」
レイヴンが笑った。
「・・・ごめんなさい。・・・もっと、素直になってればよかったわ、」
「ああ」
俺も笑った。
そして俺達は、しばらく何も言わずに見つめ合った。




