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次の日も、いつも通りの時間に電車に乗って登校する。
「おはよう、竜崎くん」
「あぁ」
自分の前に立つ竜崎くんにいつも通り挨拶をすると、竜崎くんもいつも通り短く返事をしてくれた。
電車の中に漂う沈黙。
いつもなら本を読んでいるはずなのだが、昨日教室の引き出しに忘れてしまった。
私は、別の本を鞄に入れてこなかった事を激しく後悔していた。
「・・・・・・」
視線をどこにやっていいか分からず、膝の上に乗せている鞄の持ち手を弄り続ける。
まだ学園の駅に着くまでに数駅残っていて、いつもと同じのはずなのにとても長い時間電車に揺られているような気がした。
ふと、音楽を聴く、という手段を思い付いて鞄を開けると、鞄の内ポケットからスマホとイヤホンを取り出した。
イヤホンとリンクさせて耳につけようとすると上から声が降ってきた。
「・・・なぁ」
「!」
突然声をかけられて顔を上げると、私を見下ろしている竜崎くんと目が合った。
たったそれだけの事なのに心臓が早く動き始める。
竜崎くんの口がゆっくりと動いた。
「スマホ、持ってんだな」
「うん・・・」
こくりと頷く。
鞄から殆ど出したことのない自分のスマホ。
緊急用にと持ち歩いているが、連絡する相手は家族ぐらいしかいないため自分にスマホは勿体無いと思うくらい使わない。
「・・・・・・」
竜崎くんは私を見つめた後、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
彼らしいシンプルな黒色。
彼はスマホを操作した後、こちらに画面を見せた。
「・・・?」
そっと画面を見ると、そこに表示されていたのはメッセージアプリのコード。
キョトン、とそれを見つめていると、竜崎くんが口を開いた。
「俺の連絡先」
「えっ」
「交換しようぜ」
竜崎くんの言葉に、顔に熱が集まるのが分かった。
一気に頭の中に色んな考えが入り混じる。
これは私に言ってるんだよね、とか、私なんかと交換していいのかな、とか本当に色々。
何て言っていいか分からず視線を彷徨わせていると、私の手に持っていたスマホを竜崎くんが奪って行った。
「あ・・・っ」
私のスマホを手慣れたように操作していく竜崎くん。
自分のスマホを竜崎くんが持っているという小さな事にもドキドキする。
「・・・ほら」
そっと返された自分のスマホを受け取って画面を見ると、そこにはメッセージアプリ内に竜崎くんのアイコンと名前が表示されていた。
彼が私のスマホでコードを読み込んで連絡先を交換してくれたのだと分かった。
「あ、りがとう・・・」
「あぁ」
竜崎くんは短く返すと、ポケットにスマホを戻した。
「―――・・・っ」
竜崎くんの名前が表示されたこのスマホがとても特別なものに見えてギュッとスマホを握りしめながら俯く私。
そんな清水の姿を見て今更ながら自分の行動が恥ずかしくなり彼女から視線を逸らす竜崎。
「「・・・・・・」」
それからは取り出したイヤホンを耳に付けることも出来ず、ただ互いに顔を逸らし続けた。
* * * *
目的の駅を伝えるアナウンスが鳴り、清水は我に返ってバタバタと鞄にイヤホンとスマホを仕舞うと座席から立ち上がった。
それと同時にガタン、と強く揺れて急停車する電車。
「きゃっ!」
「っ!」
掴まるところがなく立っていたサラリーマンにぶつかりそうになる清水の腕を咄嗟に竜崎が掴んで引き寄せた。
ぽすん、と竜崎の胸の中に清水の体が収まる。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、目の前に広がる学園の制服に慌てて竜崎から体を離した。
「・・・っあ、ごめ・・・っ」
「いや、いい・・・大丈夫か?」
「うん・・・」
清水がこくりと頷くと、いつものように出入り口に立つ人達に、降ります、と声をかけて電車を降りた。
その後ろをついて行く竜崎。
二人が下車した後、電車の扉が閉まると同時に車内の人達は一斉に溜息をついた。
「尊い・・・」
「初々しいっすねぇ」
「甘酸っぱすぎて胸が苦しい・・・っ」
そんな囁き声が車内で行き交っていた事を二人は知らない。
* * * *
学園までの道のりを、特に会話をすることもなく二人で歩いて行く。
「「・・・・・・」」
頭の中は連絡先を交換したことと体が触れてしまった事でいっぱいで、互いの隣を歩き続ける事が精一杯だった。
しかし、このままの状態で教室に行くわけにはいかない。
隣の席同士だから、ここで分かれたとしても教室で再会した時湧き上がる羞恥に絶対耐えられない。
私は小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、隣を歩く竜崎くんに声をかけた。
「今日も朝練?」
そっといつもの話題を投げかけてみる。
これで返事をしてくれればきっとこの気まずい空気感も和らぐはず。
すると隣から彼の声が聞こえた。
「いや、今日は違う」
いつもとは違う返事に、そっと竜崎くんを見る。
彼は前を向いたまま言った。
「朝練は家で終わらせてきた」
「そうなの?」
「あぁ」
竜崎くんはそういうと、隣を歩く私をそっと振り返った。
「だからこのまま、お前と一緒に教室に行く」
視線が合わさったことと、"一緒に"という言葉に、また顔に熱が集まり始めた。
「そっか・・・」
それに気付かれないように顔を逸らすと絞り出すように返事をした。
気持ちを落ち着かせようと思ったのに更に心臓が早く動き出してしまった。
いつもここで分かれていた筈の玄関に二人で入ると靴箱から上靴を取り出して履き替えた。
ガララ、と教室の扉を開けて中に入る。
誰もいない教室に二人で入ると、自分の席に荷物を置いた。
隣の席の竜崎くんも同じように荷物を置いている。
私は机の引き出しから本を取り出すとそれを机の上に置いた。
「本、学校に忘れてたのか?」
「うん」
こくりと頷くと、そうか・・・、と竜崎くんが短く返してくれた。
電車の中で本を読んでいない事を疑問に思われていたのだろう。
まぁ、そのお陰で連絡先が交換できたのだから、今は本を置いて帰ってしまった昨日の自分に感謝する。
いつものように自分の席に座って鞄から筆箱など授業に必要なものを取り出して置いていく。
ある程度整理が終わったら読書を始める。それが私の日課。
机の上に置いていた本を手に取って開こうとすると、ガタン、と竜崎くんの椅子の動く音がした。
サラッと彼の髪が視界を横切る。
「!」
「昨日の課題終わらせたか?」
椅子だけ私の隣に持ってきた竜崎くん。
昨日教科書を貸した時のように近い距離にいる竜崎くんに胸が高鳴る。
こくん、と頷くと、竜崎くんは自分の机の引き出しから課題のプリントを取り出した。
「俺、教室に忘れてたからやってねぇんだ。・・・教えてくんね?」
二つ折りにされていたプリントをパラっと開くと、未記入の問題文が露わになった。
「一限目この授業だから一人じゃ終われる気がしねぇ。」
少し不機嫌そうな、そして照れたような竜崎くんのその言い方に、私は思わずクスッと笑った。
「いいよ」
本を引き出しに入れると、ファイルから課題のプリントを取り出して机の上に広げた。
綺麗に記入されているプリントを見て竜崎くんは自分の机を引っ張り寄せて私の机にくっつけると、課題に取り掛かり始めた。
静かな教室に竜崎くんがシャーペンで記入していく音だけが響く。
書き写すのではなく、自分でやってみて分からなかったら私のプリントを見たり質問したりする。
竜崎くんが空欄に記入していく様子を、静かに見つめる。
先程と変わらない、とても静かな筈なのに、全然辛くない沈黙。
とても穏やかな時間が過ぎていった・・・。




