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午後からはあっという間だった。
授業を受けた後は高瀬さんや三橋くん達と話をして、そしてまた次の授業が始まる。
帰りのホームルームが終わって、また明日、と笑顔で声をかけてくれる三人と不機嫌そうな雰囲気ながらも今朝のように手を上げてくれた竜崎くんに手を振って、私も足早に駅へと向かう。
生徒で混み合う電車に乗り込む頃に、ホッと息を吐いた。
・・・なんだか凄い一日だった。
午後からほとんど読書できなかった。
でも、それが苦に感じなかったのは、高瀬さん達が私に分かる話題をずっと振ってくれてたから。
少し疲れたけれど、嫌な疲れではなかった。
「(でも、高瀬さん・・・私なんかに話しかけて楽しいのかなぁ・・・)」
にこにこと笑ってくれる彼女に甘えていたが、今思い返せばかなり気を遣わせていたのではないかと思う。
ぼんやりと考え事をしながらいつもの駅を降りてバイト先であるコンビニに行くと、バックヤードに入り制服の上から指定のジャンバーを羽織った。
姿見で自分の服装を確認して足早に店内に入る。
「お疲れ様です」
「お、もうそんな時間かぁ〜、結衣ちゃんお疲れ様〜」
日中パート勤務をしているママ先輩に挨拶をすると、彼女は軽く背伸びをしながら交代する為にレジ締めを開始した。
その横で私は彼女がいる間に掃除を済ませてしまおうと奥からモップを持ってきた。
「結衣ちゃん、今日の学校はどうだったー?」
店内にお客が誰もいないのをいい事に、ママ先輩が大声で話しかけてきた。
いつもの元気なママ先輩の声に小さく微笑む。
ここでいつもなら私は、"いつも通り平和な一日でした"、と返している。
しかし、今日は"いつも通り"の一日ではなかった。
私も彼女に負けずに声をあげた。
「今日は席替えがあって周りの席の子達といっぱい話しました」
「お!いいじゃーん!」
楽しそうなママ先輩の声に私も笑みを溢す。
不安な気持ちはある。
気を遣わせてしまって申し訳ないという罪悪感と情けなさもある。
でも、私にとってはママ先輩の言う通り"いいじゃん"な一日だった。
「あ、ごめーん、廃棄チェックしてなーい!」
「分かりました、モップ終わったらチェックします」
「サンキュー!」
ママ先輩がそう言っている間に私と同じ時間に勤務しているおば様先輩が店内に入ってきた。
「お疲れ様です」
「お疲れ様で〜す」
「もう私来たから上がっていいわよ、お子さんのお迎え優先してあげて」
「ありがとうございます!」
ママ先輩はレジチェックを終えるとバタバタと小走りにバックヤードへ行った。
そしてガタンと少し大きな音を立ててロッカーを開け閉めする音が聞こえた後またバタバタと店内に入ってきた。
「じゃあ結衣ちゃん!学校の話またゆっくり聞かせてね〜!」
「はいっ」
「お先します!お疲れ様で〜す!」
「「お疲れ様です」」
私とおば様先輩はママ先輩に挨拶を返して駆けて行く彼女を見送った。
ママ先輩は、保育園に預けているお子さんがいる。
小学生のお子さんもいるらしいのだが、そんな風には見えないくらい若くて美人で凄くパワフルだ。
あからさまに早く退勤させてあげると店長から彼女が小言を言われてしまうから、勤務時間終了時刻とと共に店内を出られるようにしている。
「頑張れママ」
そっと優しく呟いたおば様先輩の言葉が聞こえてきて私は彼女のさりげない優しさに心が温かくなった。
* * * *
「なぁ、今日一日どうだったよ?」
榛名が隣を歩く竜崎に声をかけた。
美月は友達と一緒に先に新体操部が活動している第二体育館へ行き、
蒼真は学園の近くにあるバイト先へ走って行ってしまった。
今は部活やバイトの開始時間に余裕のある竜崎と榛名の二人だけで売店傍にある自動販売機へと向かっているところだ。
「どうって・・・別にいつもと変わんねぇよ」
そうぶっきらぼうに返しながらも、帰りのホームルームの後に手を振ってくれた彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
思わずにやけそうになる口元をそっと袖で覆うと、榛名がニヤニヤしながら竜崎の顔を覗き込んできた。
「とか言いながら授業中ずっと清水さんの顔見てたのバレバレだかんな」
榛名の言葉にギクッとなる。
やはり隣の席の榛名にはバレていたか・・・と竜崎が榛名を見ると、榛名は楽しそうに口角を上げた。
「見てるばっかじゃダメだって!今日もほとんど美月と蒼真が話しかけてたじゃんか」
「ゔ・・・っ」
痛いとこを突かれて思わず呻き声をあげる。
そう、竜崎はほとんど聞いているだけだった。
美月や蒼真に話しかけられて答えている清水を見つめながら、二人に時々同意を求められて短く返事をする。
その時にチラッとこちらに視線を向けてくれる清水に何度もドキッとした。
それが手に取るように分かる三人はずっともどかしかった。
今日一日の竜崎の様子を思い返してハァ、と呆れたように溜息をついている榛名に少しムッとした。
「・・・んなこと言ったって」
「ん?」
「今朝、話しかけたのが初めてなんだから仕方ねぇだろ・・・」
竜崎の不貞腐れたように呟かれた声に、榛名は目を見開いた。
「は・・・?お前、三ヶ月も前から同じ電車に乗ってんだよな・・・?」
「・・・・・・。」
「なのにお前から話しかけたの、今日が初めてだと・・・?」
「・・・・・・。」
榛名の驚愕の視線を受けて、竜崎は気まずそうに顔を逸らした。
だからなんだよ、と言った不機嫌オーラも同時に出している目の前の男に思わず顔を引き攣らせる。
マジかよ・・・、と榛名は頭に手を当てて天を仰いだ。
「(こりぁ、隣の席になったぐらいじゃ無理だぞ・・・)」
榛名はまた深く溜息をつくと、自動販売機の前にあるベンチに座った。
「・・・とりあえずもう一本俺に奢れや」
「は!?昼飯奢ってやっただろ、三人分!」
竜崎が声を荒げるのを無視して、榛名はポケットからスマホを取り出すとポチポチと文章を打ち始めた。
文句を言ってやろうと口を開いたが、真剣な表情の榛名に竜崎はまた口を閉じて舌打ちをすると、ポケットから財布を取り出した。
「ったく・・・何がいいんだよ」
「コーラ」
短く返した榛名に竜崎は溜息をつくと、自動販売機にお金を入れてコーラのボタンを押した。
* * * *
「「嘘でしょ・・・」」
スマホのアプリに届いた榛名からのメッセージを見て、美月と蒼真はそれぞれ別の場所で同じ言葉を呟いていた。
なんとなく清水と竜崎の距離に違和感を感じていたが、まさか三ヶ月前から全く進展していなかったとは思わなかった。
竜崎に内緒で作った蒼真、美月、榛名の三人だけのメッセージグループ。
その中では、どうやったら二人の距離を縮められるかで連日持ちきりだった。
だから最後の一押しとして席替えをした筈なのに、まさかのスタートラインだったことに榛名と同じく蒼真と美月も頭を抱えた。
* * * *
『これは今のままじゃダメね・・・』
『もっと早く僕達が行動を起こすべきだったね』
ポンポンとメッセージが榛名に送られてくる。
ここまで真剣に考えてくれている事にもっと竜崎は感謝するべきだ、と思いながら榛名は竜崎からコーラを受け取るとキャップを開けて口に流し込んだ。




