5
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、高瀬さんの号令とともに挨拶をすると、昼食を買うために売店へ行く生徒たちがぞろぞろと教室を出ていった。
売店組の三橋くん、竜崎くん、榛名くんも同じく立ち上がった。
「教科書、助かった」
竜崎くんはそう言いながら私の教科書をパタンと閉じて机の上に置いた。
そして、自分の机を定位置へと動かす。
「・・・うん」
なんとか絞り出すように返事をすると、竜崎くんは踵を返して歩き出した。
その後ろを歩いていく三橋くんと榛名くん。
「私も今日は売店なの、買ってくるね」
高瀬さんはそう言って微笑むと三人の後を追って小走りに教室を後にした。
教室にいるのは家から弁当を持って来ている生徒数人。
私は人目を気にすることなく、ゴン、と机に突っ伏して頭をぶつけた。
「(や、やばかったぁ・・・っ)」
先程の授業を思い出して自分の顔に熱が集まっていくのがわかった。
四限目が始まる前は顔を逸らされて自分はよく思われていないだろうと思って落ち込んでいた。
なのに、授業が始まったら普通に返事もしてくれて・・・
さらに、手も触れて・・・
「(しかも、ずっと見られてた気がする・・・っ)」
きっと教科書を見ていたんだろうことは分かっている。
それでも視界の端に見える竜崎くんの顔がこちらを向いているような気がしてとてもドキドキした。
よく思われていない、自分に望みはないんだって分かったばかりのはずなのに、好きだという気持ちを簡単に割り切ることもできず、彼の存在を意識し続けてしまう。
「・・・っ」
私は顔を起こすと鞄から弁当箱を取り出して机の上に広げた。
カチャカチャとプラスチックのぶつかり合う音を立てながらお箸を取り出してそっとおかずを口へと運ぶ。
うん、今日も私の弁当は美味しい・・・はず。
ちょっと色んな感情が入り混じってよく味がわからない。
それでも努めて冷静にお弁当のご飯やおかずを口に運んでいった。
「―――・・・」
ふぅ、と息をついてそっと食べかけの弁当に視線を落とした。
・・・絶対に勘違いなんてしちゃだめ。
だって竜崎くんみたいなカッコよくて学園内でも人気な人が自分に興味を持つわけないもの。
ただ、隣の席だから、教科書を貸しただけ。
たったそれだけの、大したことないとても小さなこと。
胸が痛む気がするけど、これは今まで感じてきた痛みと何も変わらない。
だから、今更傷つく必要なんてない。
私はそっとご飯をお箸で摘んで口に運んだ。
梅干しの酸っぱさにギュッと目を閉じた。
* * * *
「ねぇ、お話しましょ?」
売店から戻って来て自分の席に座った高瀬さんが、くるっとこちらを振り返って言った。
お弁当を食べ終えて弁当袋に仕舞いながら、私は高瀬さんを見た。
サンドイッチをもぐもぐと頬張っている彼女は相変わらず美人で可愛い。
いつもの友達はいいんだろうか、と気になりつつも折角話しかけてくれたんだから応えないと失礼だよね、と思いながら小さく頷く。
それがすごく嬉しいことのように にっこりと笑ってくれるものだから、こちらも自然と微笑んでしまった。
「ねぇ、清水さんは中等部から入ったのよね?」
「うん」
知ってたんだ、と少し驚く。
というのも中等部高等部は生徒数も多くクラスも一気に増える。
同じクラスになったこともなく、ずっと教室で読書をしている自分のような影の薄い存在が認識されることなんてないと思っていたが、そんな自分にも気付いてくれていたなんて・・・流石高瀬さん、素敵だ。
「小学校は地元に行ってたの?」
「そうだよ」
「へぇ〜」
こんな感じで高瀬さんから質問されてそれに答えていく。
こちらから質問を返すなんていう高度な技術、私は持ちあわせていない。
でもそんなの全く気にする様子もなく高瀬さんは時々サンドイッチを咀嚼しては質問を繰り返した。
「部活は?」
「入ってないよ」
「入らないの?」
「うん、バイトしてるから」
「そうなんだぁ」
こくんと頷くと、高瀬さんが「凄いね」と言ってくれた。
特に凄いことなんてないが、この学園に通う生徒はお金持ちも多く、私のようにアルバイトをしている生徒は珍しいかもしれない。
「清水さんもバイトしてるんだね!」
「!」
突然声をかけられてそちらを見ると、三橋くんがパンを咀嚼しながらこちらを見ていた。
彼の机の上には売店の戦利品であるパンやおにぎりが乗っている。
たくさん食べるんだなぁ、とぼんやり思いながら三橋くんを眺める。
ふと視線を横に向けると、竜崎くんと榛名くんもこちらを見ていた。
高瀬さんとの会話を聞かれていたのかと思うと少し恥ずかしくなった。
「僕もバイトしてるよ!」
「蒼真はいっぱい掛け持ちしてるよな。
ちなみに俺もバイトしてる!」
「そうなんだ・・・」
なんだか意外だった。
この人気四人組はバイトなんてしなさそうだと勝手に思っていたから。
でも、なんて返すのが正解なんだろう、コミュ症の私には相槌しか打てない。
しかし三橋くんもそれを気にする風でもなくニコッと笑いかけてくれた。
「何のバイトしてるの?」
「コンビニだよ」
「そうなんだね!僕もコンビニでバイトしてるよ?〇〇駅の近くのS店」
「そうなんだ・・・、私は○×駅のM店だよ」
「あ、俺そこよく使うぞ!でもそこでバイトしてるなんて気付かなかったなぁ」
榛名から声をかけられてそちらを見る。
もしかしたら家が近いのかな、なんて思う。
「毎日じゃないから・・・」
「なら今日は?」
「シフト入ってるよ」
「なら今日行こっかな!」
榛名くんの言葉に思わず、えっ!、と声をあげてしまう。
バイト先に来るのはちょっとやめて欲しい。
単純に働いているところを見られるのも恥ずかしいし、こんなイケメンが来たら一緒にバイトに入っている大学生のお姉さん達やおばさま達から彼の事を根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
どう伝えようか悩んでいると、榛名くんが察してくれたのかニッと笑いかけてくれた。
「働いてるとこ見られるの恥ずかしいか?」
「あ・・・、うん・・・ごめんね」
「いや、謝らなくていいって!もっと仲良くなってから行けばいいし」
な?、と笑顔で問いかけられて少し戸惑ってしまった。
私と仲良くなりたいと思ってくれてるという事だろうか?
でも折角笑顔を向けて好意的にしてくれているのだからその気持ちに答えないわけにはいかない。
私がこくりと頷くと、榛名くんが、よしっ!と言いながら竜崎くんの肩に腕を回した。
「ならもっとたくさん話して仲良くなったら雅人と一緒にバイト先に遊びに行くからなっ!」
「!」
榛名くんの言葉に目を見開いた。
榛名くんだけだと思っていたのに、まさか竜崎くんも話題に上がるとは思わなかった。
「行くだろ?」
「あぁ」
榛名くんの問いかけに短く肯定した竜崎くんにも驚く。
俺は行かない、とか、めんどくせぇ、とかそう言うと思っていた。
目をぱちくりとしていると、竜崎くんがこちらを向いた。
竜崎くんと目が合って、先程の授業中の事を思い出してしまい勝手に顔が赤くなっていくのが分かって慌てて顔を逸らした。
そして初めに話していた高瀬さんの方を見ると、彼女はジー、と私の顔を見つめていた。
観察するようなその視線にキュッと口をつぐむ。
「・・・っ」
赤くなってるのバレたかな、と内心焦る。
高瀬さんは竜崎くんと付き合っているのだという噂を思い出して気持ちがサァッ、と引いていく。
折角好意的に接してくれているのに、嫌な気持ちにさせたかもしれない。
私はギュッと拳を握りしめた。
すると、高瀬さんがその手にふわりと手を重ねてくれた。
驚いて顔を上げると、彼女はニコッととても綺麗に笑いかけてくれた。
「私まだまだ聞きたいことがたくさんあるの。だからもっとお話しさせてね」
そう優しい声で言われて、高瀬さんと同性である筈なのに彼女の綺麗さと清純さに思わずときめいてしまった。
色んな感情が入り混じってしまって言葉が出てこない。
それでも自然とこくりと頷くと、高瀬さんはまた嬉しそうに笑ってくれた。




