4
慌ただしい朝も終わり、一限目二限目と時間が経過するに連れて、この席の配置に少しずつ慣れて来た。
元々窓際が良いという希望通りで満足していたし、授業の合間にそっと窓の外を眺めてホッと息をつけるのは最大の利点だった。
高瀬さんは朝に話しかけてきただけで後は彼女の友達と談笑している事が多いため、私は授業の合間の休憩時間はいつも通り読書をする事ができた。
いつものルーティンが崩れないのは安心する。
ペラ、とページを捲る時にふと視線を感じて顔を上げた。
そっと視線の感じる方へと顔を向けると、隣の席に座る竜崎くんと目があった。
真っ直ぐな彼の眼差しに思わずドキッとする。
「「―――・・・」」
互いに視線を逸らす事ができずに静かに見つめ合う。
その間も忙しなく心臓がドキドキと音を立てていた。
何か私に用だろうか・・・?
何度か瞬きをして瞼で意図的に視線を遮り、竜崎くんに尋ねるようにこてんと小首を傾げると、竜崎くんが口をつぐんでサッと私から顔を逸らした。
口元を押さえている竜崎くんに軽くショックを受ける。
「(え・・・、無言で顔逸らされた・・・)」
これは、もしかして私嫌われてる…?
窓の外を眺めていたのを勝手に自分を見ていたと痛い勘違いをしちゃった・・・?
なんだか居た堪れなくなって竜崎くんから顔を逸らすとまた本に視線を落とした。
・・・すごく心がモヤモヤする。
今朝、少し親しくなれたかと思っていたが、それも自分の勘違いだったかもしれないとさえ思う。
そもそも高瀬さんと付き合っているという噂がある時点で可能性がないのだと理解するべきだったのに、今朝のことに舞い上がりすぎて忘れていた。
沈んでいく気持ちが顔に出ないように必死に抑えながら残りの時間をひたすら読書に注いだ。
* * * *
「(ヤベ、咄嗟に顔逸らしてしまった・・・っ)」
竜崎は清水と視線が合って高鳴る鼓動を口元を押さえた掌の中で深呼吸を繰り返しなんとか落ち着かせる。
そしてまたゆっくりと清水へと視線を向けた。
すると彼女は何事も無かったように読書を再開していた。
先程まで二人見つめ合っていたことなど無かったというような少し冷たい雰囲気を出している清水。
今度は少し窓の方を向いて自分と視線が合わないようにしているのだと一目で分かった。
「・・・っ」
竜崎は眉間に皺を寄せるとすぐに清水から視線を逸らした。
あのタイミングで彼女から顔を背けるべきでは無かった。
こちらが何か言うべきだったのだと後悔しても時既に遅く・・・。
清水に嫌われたかもしれない・・・。
ジッと見てきて気持ち悪いと思われただろうか・・・?
そんな言葉が頭の中を過って胸の中がざわつく。
竜崎は自分の行動に苛立った。
* * * *
チャイムが鳴り響いて四限目の開始を知らせ、私は読んでいた本にしおりを挟んで閉じた。
前もって机の上に出していた現代文の教科書を開いて教科担当の先生が教室に来るのを静かに待つ。
「やべ・・・」
隣から小さく聞こえた声に控えめに視線を向ける。
さっきの事があったからあからさまに竜崎くんを見ることはしないように気をつける。
すると、竜崎くんは引き出しを漁ったり鞄の中を確認したりしていた。
「雅人、どうしたんだよ?」
竜崎くんの隣に座っている榛名くんが声をかけた。
すると竜崎くんの舌打ちをする音が聞こえてきた。
「・・・教科書忘れた」
「あーらら、ちゃんと時間割見て準備しないと駄目だろ。・・・ま、俺も忘れてんだけど。」
「お前もかよ。」
二人のやり取りに思わずクスッと笑ってしまう。
竜崎くんと榛名くんは本当に仲が良い。
二人で忘れてるなら先生が来る前に隣のクラスに借りにいくだろう、とぼんやりと思っていると突然視界に鮮やかな色が飛び込んできた。
「な!悪いけど雅人に教科書見せてやってくんね?俺も隣の奴から見せてもらうからさ!」
「!」
いつの間に来たのか、榛名くんが私の机の前に屈んで視線を合わせながら言った。
突然声を掛けられた事に驚きながらも こくりと頷くと、榛名くんは人懐っこい笑みを向けて自分の席へと戻って行った。
びっくりした・・・。
ドキドキしながらもそっと竜崎くんを見ると、竜崎くんも少し気まずそうにこちらを見ていた。
控えめに竜崎くんに教科書を差し出すと、机を引き摺って私の机にくっつけた。
二人の机を跨ぐように教科書を置く。
「悪いな・・・」
「大丈夫だよ」
お互いに短く返して静かに教科書を見つめる。
長い沈黙を遮るように先生が教室に入って来た。
「はーい、授業を始めるぞー!」
現代文の先生の声が教室に響いた。
淡々と進められていく授業に、私は黙々とノートに板書を写したり教科書に蛍光マーカーを引いたりしていく。
次節板書に夢中になりすぎて竜崎くんの腕が触れてはドキッとする。
「あ、ごめん・・・」
「・・・気にするな」
小声で謝罪すると、竜崎くんも小声で返してくれた。
「教科書見える?」
「あぁ、見える」
この小さなやり取りだけでも先程までモヤモヤとしていた感情を打ち消してくれて、私は安堵するように小さく息を吐いた。
コロコロと竜崎くんの小さな消しゴムが私の机に転がって来た。
「あ・・・」
机から落ちそうになるそれを咄嗟に捕まえると、同じく消しゴムを追っていた竜崎くんがその上から私の手を掴んだ。
私の手に竜崎くゆの男らしい手が重ねられて思わずビクッとしてしまう。
「・・・っ、悪い」
すぐにパッと手を離されるが、手の甲には竜崎くんの手の温もりが残っており、空気に触れて少しひんやりとした。
「ううん、大丈夫・・・。はい」
そっと消しゴムを差し出すと、竜崎くんがお礼を言いながらそれを受け取った。
もう授業なんて耳に入らないくらい心臓がドキドキと音を立てている。
きっと今私の顔は真っ赤だろう。
隣に座っている竜崎くんの顔を見ることもできずにただひたすら黒板と教科書を交互に見つめ続ける。
授業が終わるまでには、この火照りが消えていてほしい。
私は小さく深呼吸をして必死に胸の高鳴りを抑えた。
* * * *
竜崎は机の下でそっと自分の掌を見つめた。
「(触れてしまった・・・)」
彼女の手に。
少し冷たい、でも女性らしい華奢な手だった。
自分の掌にまだ彼女の手の感覚が残っていて心臓が煩いくらいに鳴り響いている。
それに、板書を書き写すために清水が顔を上げる度ふわりと漂う彼女の甘い香り――。
「―――・・・っ」
清水の存在を近くに感じた途端、枷が外れたように感情が忙しなく動き出した。
思わず抱き締めたくなるような、そんな衝動に駆られる――。
「(ダメだ・・・っ、まだコイツの気持ちも分からねぇのに・・・)」
軽い奴だとは絶対に思われたくない。
触れたい衝動を無理矢理抑え込んでそっと清水を横目で見ると、彼女は一生懸命授業を受けていた。
机に置かれたノートには綺麗な文字で板書が丁寧に纏められている。
そっと清水の右手が持ち上がり彼女の右耳に髪がかけられた。
彼女の真剣な横顔が露わになって胸が苦しくなる。
―――好きだ。
思わず言葉が溢れそうになってギュッと口を閉じる。
もう少しだけ。
もう少しだけ、お前の横顔を眺めさせてほしい。
竜崎は机に頬杖をつくと、教科書を見るフリをして清水の横顔を見つめ続けた。




