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朝、少し憂鬱な気分と共に家を出る。
いつもの時間に駅に着いて、
いつもの時間の電車に乗る。
この時間の電車は乗客が少ないから、座る場所も自分好みの席に座れる。私の座る定位置は乗降ドアの近く、窓に沿って設置された長椅子の一番端。
今日もその定位置に座ると、そっと鞄から読みかけの小説を取り出した。
カタンコトン、という規則正しい電車の音を聞きながらページをめくっていく内に乗客が増えていき、気付けば出勤中の会社員の人達で満員。
そして、目的の駅のアナウンスが鳴ると、本を鞄に仕舞ってそっと顔を上げた。
「―――・・・」
すると決まって目の前には、同じ学園の制服を着た貴方の姿――。
「おはよう、竜崎くん」
「・・・あぁ、おはよう」
彼はいつものように気怠そうに答えてくれた。
――私の片想いしている相手、竜崎 雅人くん。
今日も彼の格好良さに息を吐いた。
この駅に降りるのは、駅の名前にもなっている学園の生徒が殆ど。
私も竜崎くんも、この学園の生徒だ。
まだ朝礼時間よりも一時間ほど早いこの時間では、私と竜崎くんを含め十数人しか降りない。
「すみません、降ります」
出入り口付近に立っている人達に断りを入れながら竜崎くんと一緒に電車を降りた。
駅のホームを歩きながら、隣を歩く竜崎くんをそっと見る。
竜崎くんの背中には、長い袋に包まれた竹刀が背負われていた。剣道部主将である彼は、朝練のためにこの時間に登校しているらしい。
無言が少し辛くなってきて、そっといつもの言葉を彼にかけた。
「今日も朝練?」
「あぁ」
「そっか、頑張ってね」
そう言って小さく微笑むと、竜崎くんはまた短く返事をしてくれた。
改札口を出てすぐ目の前が学園の正門。
その正門を通っていると、隣から竜崎くんの声が聞こえた。
「いつもこの時間に来てお前は何してんだ?」
「・・・え?」
突然話しかけられて思わずキョトンとしてしまった。
いつも特に会話もなく無言で歩いているため、彼が誰に話しかけているのか分からなかったからだ。
立ち止まって軽く辺りを見渡すが、周りの生徒は前を向いて足早に歩いていくだけ。
竜崎くんを見ると、彼は少し歩いた先で立ち止まってこちらを振り返った。それでやっぱり竜崎くんは私に話しかけたのだと分かり、私はまた歩き出しながら答えた。
「私は特に何もしてないよ。静かな教室が好きなだけ」
「・・・そうか」
竜崎くんは、私が隣に来るとまた歩き出した。
彼のこの何気ない行動に私の心臓は忙しなく動いていた。
「(話しかけられた・・・っ、しかも隣に来るまで待っててくれてるなんて、一緒に登校してるみたいじゃん・・・っ)」
赤くなりそうな顔を必死に抑えて平静を装って靴箱へ向かう。
竜崎くんが私と同じ時間の電車に乗っている事に気付いたのは約二ヶ月前。自分の前に立つようになったのは約一ヶ月前。
それだけでも自分はラッキーだと思っていたのに、今日は挨拶以外で向こうから話しかけられるとは思わなかった。
小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
そろそろ竜崎くんは部室へ向かうはずだ。
「じゃあな」
玄関の前で竜崎くんは短く言って部室へ向かって歩き出した。
「うん、また教室で」
そう言って私が小さく手を振ると、竜崎くんも軽く手を上げてくれた。
私はその竜崎くんの後ろ姿を見て息を呑んだ。サッと玄関に入り靴箱に靴を入れて上靴を履く。
そして足早に自分の教室に入ると、誰も教室にいないことをいい事に、自分の席に座って勢いよく机に突っ伏した。
「〜〜〜〜〜っ」
竜崎くん、かっこよすぎでしょ・・・っ!
てか今日のアレは何!?
話しかけられたし、手も上げてくれたし!
今日の私の星座占いランキング1位だったっけ!?
脳内が軽くパニックになっている自分を落ち着かせるようにゆっくりと深呼吸をした。
「(あー・・・やばい、好きすぎるぅ・・・)」
私は顔を横に向けて窓から見える空を眺めた。
快晴の空に浮かぶ真っ白な雲。
それを見つめながら、私はギュッと拳を握った。
竜崎くんは学園内でも有名なイケメンで、ファンクラブもあるほど超人気。
対して私はクラスでも地味で大人しく、特に親しい友達もいないボッチ。
「(・・・望むだけ無駄だよね・・・)」
私は、舞い上がっていた気持ちがゆっくりと沈んでいくのが分かった。
深く溜息をつくと机に突っ伏していた体を起こして鞄から読みかけの本を取り出す。
この本のヒロインのように、勇敢な主人公から恋心を寄せられていたらどれだけ幸せだろうか。
私は本を開くと、静かな時間を楽しむようにゆっくりと読書を始めた。
* * * *
竜崎は、職員室で鍵を受け取り誰もいない部室に入ると、すぐに持っていた荷物を足元に置いた。
窓を開けて部室の換気をしながら、ふと登校時に話しかけたクラスメートのことを思い出す。
清水 結衣。
それが、彼女の名前。
「―――・・・っ」
竜崎はズルズルとその場でしゃがみ込んで片手で頭を抱えた。今更羞恥心が襲ってきて声にならない息を漏らす。
「(初めて俺から話しかけた・・・、不自然だったか?・・・いや、でもあの顔は反則だろっ)」
竜崎は、清水の微笑みと小首を傾げてキョトンとした表情を思い出して思わず唸り声を上げた。
本当は学園で朝練なんてどうでもいい。
早朝に自宅周辺で走り込みも終えて、素振りも終えているのだからわざわざ部室でする必要はない。
朝、清水がこの時間の電車に乗っているという情報を幼馴染から聞いて、三ヶ月前に朝練を理由に同じ電車に乗り始めた。
初めは遠くから見つめているだけで良かったのだが、それでは物足りなくなって段々と距離を詰めて、一ヶ月前から清水の座る前に立っている。
初めて清水の前に立った時、自分の顔を見て少し驚きながらも微笑みながら挨拶してくれた彼女を思い出すだけで心が満たされる。
――俺は、清水 結衣に片想いをしている。
「(やべぇ、好きすぎる・・・っ)」
竜崎はゆっくりと深呼吸をして忙しなく動く心臓を落ち着かせた。先程彼女から聞いた話でいくと、今頃教室で一人読書をしていることだろう。
本音を言うと、今すぐ教室に行ってもっと清水と話してみたい。
いつも窓の外を眺めて何を考えているのか、
本は何を読んでいるのか、
そして・・・
好きな人はいるのか・・・。
「・・・・・・」
竜崎は、そっと口を閉じた。
好きな人がいる・・・、そう答えられたらと想像するだけでモヤモヤとした感情が湧き上がる。清水に好きな人ができる前に、先に清水へ近付いてもっと親しくなっておきたい。
しかし、朝練だと言ってしまった手前、今更教室に行くわけにもいかない。
「ハァーー・・・」
仕方ない。
今日は大人しく朝練するか。
竜崎は立ち上がると、制服を脱いで胴着に袖を通した。
「「(でも、今日はいい日になりそうだ。)」」
竜崎と清水は、そっと窓の外に浮かぶ白い雲を見つめて微笑んだ。




