第2話 狐姫の婚約理由
甲斐は、美女が用意した朝食が並べられたテーブルを見て、戸惑いながら席につく。
「お口に合うかはわかりませんが、冷蔵庫にあった物で簡単な料理を作らせていただきました」
「あ、ありがとうございます……」
テーブルを見ると一枚の皿に料理が綺麗に盛り付けされている。
「い、いただきます……」
甲斐は卵焼きを口に入れる。
「……美味しいです」
「お口に合ったようでよかったです」
「卵焼き……食べるの久しぶりだなぁ……」
実家でよく食べていたことを思い出す。
「ところで……あの……夢じゃなかったのですか?」
「夢じゃないですよ。あなたは私の婿です」
「その……どうして……僕と……?」
美女はじっと甲斐を見つめていたが、やがて目をそらした。
「……あなたに話す程のことではございません」
「でも……」
「私のことは好きに扱っていただいて結構です。家事も料理も全てやりますので」
「さすがにそれは……」
「夜の営みも毎日お付き合いします」
「待って!それはしませんよ⁉」
「それは私の体ではご満足いただけないということですか?」
「そうじゃなくて……いきなり結婚が決まってそんなこと言われても……」
「……」
美女が箸を置き、頭を下げる。
「私の我儘でご迷惑をおかけしたことはわかっています。でも……どうしてもあなたと結婚したかったのです。たとえ……人間と獣人という異種族間の結婚が批判されるものであったとしても……」
「……それなら理由も聞かせてほしいんですけど……」
「それは……お話できません……」
「どうして……どんな理由でもいいので聞かせてほしいのですが……」
美女は黙ったままだ。どうしても言えないのだろうか?
そう思っていると、口を開いた。
「私が人間界で狐だった頃……あなたは覚えていないかもしれませんが助けられたことがあるのです。それがきっかけとだけお伝えしておきます」
「……えっ?」
「味噌汁はおかわりあるので欲しかったらおっしゃってください」
「あ、ありがとうございます……」
助けた……?僕が……?狐だった頃に……?何を言っているんだ?
甲斐は美女をじっと見つめる。彼女はサラダをパクパクと食べていた。
「あの……お名前お聞きしても……」
「……そういえば名乗っていませんでしたね」
箸を置き、お手拭きで口を拭くと名前を言う。
「古……しえとお呼びください」
食事が終わると、甲斐は食器を洗い始めた。
「洗い物なら私がしますので、ゆっくり休んでください」
「大丈夫ですよ。しえさんばっかりにやらせるわけにはいかないので」
「でも仕事がお休みですよね?私が全部やるので甲斐さんは……」
「それなら役割分担しませんか?僕は洗濯するのでしえさんは洗い物お願いしてもいいですか?」
それを聞いて、しえはきょとんとする。
「……分かりました。甲斐さんがそうおっしゃるのなら」
「ではお願いします」
キッチンを離れると自分の下着などを洗濯機に投入し、洗剤や柔軟剤も入れる。
「……これでよし」
「甲斐さん。終わりました」
「ありがとうございます。量多かったのに任せてしまってすみません」
「大丈夫です。洗濯も私が干しますよ?」
「いえいえ。僕の下着しかないので僕が干します」
「……分かりました」
「ところでしえさんに聞きたかったのですが……獣人について教えてくれませんか?」
「……甲斐さんが気になるのであればご説明いたします」
「お願いします」
「まず獣人とは動物が死後に転生した姿のことです。前世の記憶を持つ獣人もいれば、ない獣人もいる。私は前者でした」
しえは獣人年齢1歳だった頃に前世の記憶を思い出した。
そこで前世に助けてくれた甲斐に好意を抱いていたことも思い出し、父親を説得したという。
「父は私たち狐の獣人が住む『狐里』の王でした。人間界に渡航できる権利を持つ父に交渉して……
何度も反対されましたが、説得を続けてあなたを招いてもらいました」
「僕が……しほさんを……」
「覚えていませんよね?」
「すみません……」
甲斐が申し訳なさそうな表情になる。
「大丈夫ですよ。私は父が反対しても諦めませんでした。人間界の本がたくさんある図書館で勉強して……料理の練習もして……」
「どうして人間界の本が?」
「獣人の世界と人間界は『人間界への扉』を通して繋がっていて……獣人の貴族たちもよく渡航するのです。もちろん人間に化けて。
そこで獣人が興味を持った本が図書館に並べられているのです」
「そうなんですね」
「でも私にも知らないことはまだまだたくさんあります。だから教えてほしいのです。甲斐さんに人間界の素晴らしさと文化を……」
「……!」
しえの表情がその気持ちが嘘ではないことを現わしていた。
「嫌……ですかね?」
「いえ……しえさんが僕たち人間のことを理解しようとしてくれるのが不思議な感覚ですが、こんな僕と結婚したいとおっしゃってくれるのならしえさんが幸せになれるように努力したい。
だから今以上に仕事を頑張ります。そして共に楽しい結婚生活にしましょう」
甲斐が手を差し出す。それを見てしえは昔の出来事を思い出す。
自分が狐だった頃に、甲斐に手を差し伸べてくれたことを。
「……はい」
しえが初めて微笑んだのを見て、甲斐はドキッとする。
そして握られた手を見て胸が高鳴る。
「私も……甲斐さんを幸せにできるように頑張ります」
二人の関係性が一歩……進んだような気がした。




