まだ、接点のある彼と。
「おれが死んだあとのことさ、お願いできるかな」
彼はいう。重苦しい文言のわりにあっさりした声音がなんだか不釣り合いで、現実感がない。
「あれっ、びっくりしてる」
けらけら笑い出す彼のことを、私はよく知らない。
彼が誰なのか、どういう人なのかよく知らない。知っているのは私と同じく、一度ならずこの世を疎んだ人間だということだけ。
べつにそんなことはありふれていると思う。
ある一点でだけはとても意気投合するくせに、その他のことはまるで知らない人。知らないほうがいい人。
いろんな面を知るほど好きではなくなって、だから、点でつきあう。彼と私はそういう関係だった。
部屋に数え切れないほど転がる茶色の瓶。赤いパッケージとならんでそれは、不思議なモザイク模様に見える。
彼と私は、ここでだけ会う。
シロップに入った芥子の見せる夢と音楽と映画、ごく稀にセックス。それだけが彼との接点だった。
「死んだあとどうしたい?」
言葉が迷って変な質問をする。
「ん〜、とね。散歩したい」
子供みたいな返事に私は吹き出す。
「死んでから散歩するの?」
「なんか、風景変わりそうじゃない?」
今日は3本も飲んだからか、彼は若干ろれつが回らない。
「今までさ、俺が俺として歩かないといけなかった道もさ、死んだらもう俺でなくたっていいんだよ。小学生みたいに、道端にしゃがんでアリンコ見ててもよくてさ。あるいは、ケンケンパしてもいいし、歩きながらアイス食べたっていいかもしれない」
一番キマってるときのぼんやりした目で、熱っぽく語り出す彼のことを眺める。私の方は昼前に飲んだ1本がもう効き目が薄れてきていて、この話題が1時間前なら感動するところなのに何となく心が追いついてこないのを感じる。
「自分じゃなくなりたい?」
「たぶんそう」
「死ぬことはないんじゃない?」
彼が私のほうを見て、目が合う。惚けていた彼の目が、少しだけ冷静さを取り戻す。あっ、と心の中でしくじったことを悟った。
「俺がついてくる……んだよなあ、生きてる限りは」
話の焦点も少しはっきりしている。ああ、彼がいちばん辛くない瞬間を、朦朧とした数時間を、私は奪ってしまったのだ。
「なんか……ごめんね」
「なんで謝るの」
舌足らずな子供みたいな言い方。でもさっきまでいた彼はもう、静かに内側に押し込められてしまった。
次に会えるのか。それも分からない。彼も私もたまたま生きているだけ。次会うときまでに命がある保証なんかない。
「何か聴く?」
「うん。スカボローフェアがいい」
スマートフォンでアプリを起動して曲を流し始める。
彼は目を閉じてそれを聞いていて、時々合わせて歌った。
Are you going to scarborough fair?
彼に一緒に歌ってとせがまれて声を合わせる。
Then,she'll be a true love of mine.
空は暗くなり始めている。なんとなく、明日の朝日はここで見たいなと、そう思った。
前に書いた「スカボローフェアを歌って」の前日譚のような話。書き終わった今は結構思ったことを書けたような気がするが後で読み返すと意味不明かも知れない。




