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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第一話

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4/11

銀鐘の魔術師

 助けを求める声が聞こえ続けている。

 俺はそれを聞かないふりをした。

 視界の端に親子の姿が見えたが、それも無視をした。

 ただ、一心にヨクルの足跡を追い続けた。


 紫色の霧の先、かぼちゃ頭が見えた。

 ヨクルだ。

 俺がホッとしたのも束の間、ヨクルに襲いかかる異形の姿が見えた。

 これは幻影じゃない。

 俺は腰に提げていた剣を掴み、雪を蹴って、異形の前に飛び出した。

 剣を横に薙ぎ、異形を斬った。

 異形が断末魔を上げて、黒い塵となって、空中で消えた。


「フロスティ辺境伯、無事か!?」


 俺は振り返って、ヨクルに問いかけた。

 ヨクルは驚いたようにかぼちゃの被り物を揺らした。


「ティルヴィングさん……? 霧に惑わされていたはずでは……」

「話は後だ。まずは、異形を倒さないと……」


 俺は視線を前に向けた。

 異形が立ち上がるように地面から生えてくる。

 濃い紫色の肌をした、顔のない人型生物。表面はゆらゆらとうねり、何人もの息遣いのような声が聞こえてくる。

 いつ見ても、おぞましい。


「……ええ、そうですね」


 ヨクルはランプの杖を積雪に差し、自身の剣を抜いた。汚れ一つない、綺麗な銀色の剣だった。


「直ぐに殲滅しましょう」


 剣を構えたと思った瞬間、ヨクルの姿が消えた。

 ぎゃ、と横で異形の短い悲鳴が聞こえた。

 ヨクルはいつの間にか異形に迫り、三体の異形の体を真っ二つにしていた。

 俺はごくりと息を呑んだ。

 流石、一人で異形と戦ってきた剣士だ。その強さは俺とは比べ物にならない。

 俺も遅れを取るわけにはいかないと、剣を握り直して、異形の群れに向かっていった。

 一体、二体、と倒してくが、霧の向こうから次々と異形が現れる。

 息を整えようと、手を止めたとき、異形の影が俺の背に迫った。

 まずい──そう思った時、ベルの音が響いた。

 すると、異形は苦しそうな呻き声を上げた。

 俺はその隙に、異形の腹へ剣を差し込んだ。

 音のする方を見ると、ヨクルがシップスベルを鳴らしていた。


「異形除けのベル──」


 そのおかげで、異形が怯んだのか。

 俺は村長から貰ったハンドベルのことを思い出した。

 確か、ポケットに入れてそのままにしていたはず。

 俺はハンドベルを取り出し、上下に振った。

 からんからん、と軽い音が鳴ると、異形達の足がぴたりと止まった。

 今だ。

 俺とヨクルは示し合わせたかのように、異形を斬り伏せた。


「良い剣筋ですね、ティルヴィングさん」

「あんたほどじゃないさ。なあ、その被り物をしてると周りがよく見えないんじゃないか?」

「これは人と良好な関係を築くために必要なものでして」


 再び、異形の雄叫びが上がり、妖霧の中から異形が現れる。


「くっ……! これじゃキリがない!」

「ティルヴィングさん、ランプの元へ避難していて下さい」

「あんた、何をする気だ」

「一掃します」


 強い意志が感じられる声だった。

 俺はヨクルの言葉を信じて、ランプの近くに移動した。

 異形達はヨクルに集まっていく。

 大丈夫なのだろうか。

 焦る俺に対して、ヨクルは非常に落ち着いていた。

 シップスベルを目の前に出し、目を閉じた。


「『我が愛しき雪達よ、我に力を分け与えたまえ。銀鐘のヨクルの名において命じる』……」


 雪の上に、じわじわと氷の結晶のような紋様が浮かび上がった。


「──凍結せよ(ザミェルザーチ)


 ヨクルがシップスベルを揺らすと、一帯にベルの音が鳴り響いた。

 次の瞬間、氷柱が地面から針山のように出現し、異形の体を突き刺していく。

 俺は瞬きを忘れてしまっていた。

 これは……魔術だ。


「彷徨い続ける戦士達よ、雪解けにはまだ早いだろう。眠っていたまえ」


 異形が黒い塵となって空中に消えていく。

 最後の一体が消えると、徐々に霧が晴れていった。


「妖霧が晴れましたね。もう大丈夫でしょう」


 ヨクルは、ふう、と息を吐くと、剣を鞘の中に収めた。

 俺は剣を握ったまま、ヨクルを見つめて言った。


「あんた……魔術師だったのか……」

「ええ。お見せするつもりはなかったのですが……」


 ヨクルは戦いでずれたかぼちゃ頭の位置を両手で調節した。


 魔術師の存在は聞いたことがある。

 呪文や儀式などによって、超常的な力を発動出来る者達のことだ。

 魔術の才がある者はごく僅かで、国で保護されているのだとか。

 魔術の鍛錬をしたのち、階段飛びで宮廷に仕えることとなる。

 その希少性から魔術師は滅多に表舞台に顔を出さない。

 そんな魔術師がこんな辺境の地にいるなんて……。

 ヨクルは俺の視線に気づいたようで、こちらを向いた。


「魔術は恐ろしいですか?」

「まさか!」


 俺は首を横に振った。


「魔術なんて初めて見た! あんなに簡単に異形を倒すなんて……あんた、最高だ!」


 興奮が抑えられず、ヨクルの肩を掴んだ。

「はて」とヨクルが首を傾げると、かぼちゃの被り物もことりと動いた。


「都にも魔術師がいるはずでは?」

「魔術を使える人が一握りなように、間近で見られる人も一握りだ」


 正直、目覚ましい成果も聞こえてこないから、存在自体が怪しいと思っていた。


「だが、俺は今この目でいると確信した! 魔術師は実在すると!」

「……お褒め頂き、光栄です」


 ヨクルはやんわりと俺の手を退け、少しだけ距離をとった。

 興奮して唾を飛ばしてしまったのかもしれない。

 俺は「すまない」と謝ったが、どうしても高鳴る胸を抑えられなかった。


「あんたは英雄になれる……。なあ、都に行く気はないか? そこにはあんたの力を必要としている人達がたくさんいる!」

「……申し訳ありませんが、僕はこの森から離れるつもりはありません」

「何故だ? 宮廷魔術師になったら、富も名誉も手に入れられるんだぞ?」

「どちらにも興味がありません」


 ヨクルは俺に背を向け、空から落ちてくる雪を見上げた。


「僕はこの森での生活が気に入っているのです。一面に広がる雪達、森の静けさ、凍えるような寒さ……どれも僕の心を満たしてくれるものです」


 かぼちゃ頭に静かに降り積もる雪。

 ヨクルの白い服装も相まって、雪に溶け込んで見えた。

 切っても切り離せない何かが、ヨクルと森にあるのかもしれない。


「そうか……。なら、無理にとは言えないが……。勿体無い。こんなところにいても、宝の持ち腐れだろうに」

「僕の力はこの森の雪達を守るために使うと決めています」


「さて」とヨクルは俺に向き直った。


「僕は魔術が使えます。しかし、それを国のためには使いません。ティルヴィングさんは僕を危険分子だと思いますか?」


 その物言いは、俺がヨクルに疑いを向けていたことを知っているかのようだった。

 俺は笑ってしまった。

 もうとっくに、答えは出ていたからだ。


「いいや、全く思わない。あんたは悪い奴じゃない」


 俺はハンドベルを鳴らして見せた。

 ヨクルはそれを見て首を傾げた。

 その仕草が何だか子供のようで、また笑ってしまった。


「そのハンドベルは……」

「村の爺さんから貰ったんだ。異形除けのお守りだと」

「ああ、ホヴズさんですか。なるほど」


 俺はハンドベルを見つめた。


「異形除けのベルなんて、最初はうさんくさいと思ってたんだが……。ちゃんと異形を退けた。あんたは本物の森の守り神だ」

「守り神などと。僕はそんな大それたものではありませんよ」


 ヨクルは自嘲気味に笑った。


「ティルヴィングさんは……不思議な方ですね。森の雪達に好かれているようです」

「そうか?」

「ええ。僕の元に来ることが出来たのも、雪達が導いたからでしょう。まあ、ただの気紛れかもしれませんが」

「認められたなら、それは光栄なことだな……」


 突然、ヨクルのかぼちゃ頭がぼやけ始めた。

 おかしいな、と俺は頭を振った。

 すると、頭が思った以上に大きく揺れた。


「ん……? あれ……?」

「ティルヴィングさん? どうしましたか?」


 ぐるりと世界が一回転したかと思うと、俺は意識は途切れた。


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