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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第六話

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使いっ走りの師匠

「俺の話は良いんだ、師匠! 一体、何しに来たんだよ?」


 俺がそう言うと、ダーイン師匠は頷いた。


「勿論、ティリルの顔を見るため──というのはついでで、グラム騎士団長にお使いを頼まれたんだ」

「……お使い?」


 ダーイン師匠はヨクルに目を向けた。


「フロスティ辺境伯、いくつかお尋ねしたいことがあります。先日、キャラバンが奇妙な森を通ったでしょう?」

「ああ、ザーネンさん達のことですね」


 ヨクルはカップを置いた。


「その者達が『フロスティ辺境伯に商品を盗まれた』と騎士団に訴えたんです。それは(まこと)ですか?」

「な……」


 俺は唖然とした。ヒューキを捕らえ、違法に売り飛ばそうとしていた奴らが、ヨクルを盗人扱いするなんて盗人猛々しいにも程がある。


「ザーネンさんは一体、何を盗まれたとおっしゃってましたか?」

「非常に高価な〝毛皮〟だと」

「何の毛皮でしょうか」

「そう聞くと皆、口を閉ざしましてね」


 ダーイン師匠は呆れたように笑った。

 ザーネン達はそう言うしかないだろう。異形が盗まれた、などと騎士団に言えるはずもない。


「いいえ、僕は毛皮を盗んでいません。商品は盗まれたのではなく、紛失したではないかと思います」

「紛失……ですか」

「ええ。ザーネンさんには予め『荷物の紛失時の保証はしない』と伝え、了承を得ています」

「……ふむ」


 ダーイン師匠は顎に手に当て、考える素振りをした。


「師匠、ヨクルが言ってることは本当だ。俺達は何も盗んでない」


 俺はヨクルが怪しまれてるのではないかと思い、弁明した。

 ダーイン師匠はフッと微笑んだ。


「大丈夫。怪しんではいないよ。ザーネン殿は非常に冷静さを欠いていて、言うことも二転三転してる。それに、彼らには異形を運搬し、販売してたことが明らかになっていてね。どちらの言い分を信じるかは一目瞭然だ」

「え……」


 ザーネン達が異形商人であることが騎士団にバレてしまっている。ヒューキ以外にも売られた生物がいたということか? ならば、ヒューキも商品だったこともバレている? 俺達がザーネンが森を通る手助けをしたことを咎められるのだろうか。

 いろいろな考えが、俺の頭でぐるぐると回る。


「奇妙な森を通る人間には犯罪者もいる。だから一度、霜降り町で身元を洗うんだ。……まあ、大体は向こうから騎士団に泣きつくようだけど」


 ダーイン師匠は再びヨクルに視線を戻した。


「ザーネン殿は『フロスティ辺境伯は異形だ』と訴え続けてますよ。彼は酷く怯えていましてね。森で一体何があったんです?」

「彼らは何か、恐ろしい幻覚でも見たのでしょう」


 ヨクルはそう答えた。


「奇妙な森ではよくあることだ」


 俺は頷いた。

 同じところをぐるぐる回る異変や妖霧、一人増える異変には確かに遭遇した。


「だけど、ヨクルを異形だと言われる筋合いはないな」


 俺は眉根を寄せ、不快感を露わにした。

 ダーイン師匠は目を伏せ、少し考え込んだ後、にっこりと微笑んだ。


「……わかりました。そのように伝えておきます」

「お手数おかけします、ダーインスレイヴさん」

「いえいえ。ご協力感謝します」


 俺達が咎められることはないらしい。俺はホッとした。


「ところで、珍しい狼を保護したと聞きました」


 話はまだ終わっていなかった。俺は再び顔を引き締めた。


「ああ、ヒューキさんのことですね」


 ヨクルは頷いた。


「フロスティ辺境伯の申し入れを受け入れ、騎士団で預かることになりました。その子は今どちらに?」


 ダーイン師匠がそう聞くと、ヨクルは村長に目を向けた。


「ホヴズさん、ヒューキさんは今どちらに?」

「今朝から村のもんと狩りに行っております。いつ戻るかは……すみません。わかりませんで」


 村長は申し訳なさそうにそう答えた。


「ヒューキさんが元気そうで何よりです」


 ヨクルは頷き、ダーイン師匠に視線を戻した。


「すみません、ダーインスレイヴさん。今、ヒューキさんは村の外に行っておりまして」

「いえいえ。村人達と共存出来ているんですね。狼は人間嫌いだと思ってましたが」


 ダーイン師匠は感心しているようだった。

 俺は頬をかきながらこう尋ねた。


「……えーと。師匠、ヒューキが普通の狼だと勘違いしてる?」

「違うのかい?『月追い狼』という珍しい種族なのだとは聞いたけど」

「ヒューキは人間にかなり近い姿をしてるんだ。二本足で歩くし、会話も出来る」

「なんと! そんな動物がいたなんて……!」


 ダーイン師匠は目をキラキラとさせた。

 動物とも言えないのだが……説明するよりヒューキ本人を見て貰った方が早いだろう。


「……師匠は偏見とかないのか?」

「偏見?」

「ヒューキを異形だとか言う奴がいたんだ」

「異形なのかい?」

「違う」

「じゃあ、安心だ。その子は今朝まで村にいたんだろう? だけどこの村の中は異形の痕跡が全く見えない。森の方はあんなに凄いのに」


 ダーイン師匠の言葉に、ヨクルは困ったように後頭部をかいていた。

 ダーイン師匠は窓の外を見た。村の象徴である、鐘塔が見えた。


「澄んだ鐘の音……あの音のおかげかな?」

「よくわかったな、師匠。あれは異形除けの鐘なんだ」

「ああ、やっぱりそうなんだ。あの鐘の音を肌で感じて、普通じゃないと思ったんだ」


 ダーイン師匠は眼帯に手を当てながら言った。


「一晩、異形がその場に留まれば、痕跡が残る。それがないということは、その狼は異形じゃないんだろう」


 ダーイン師匠はうんうんと頷いた。


「貴方は異形の痕跡が見えるのですか?」


 ヨクルが尋ねた。


「あはは。ちょっとした特技ですよ。片目を失ってから、見えないものも見えるようになったんです。異形の痕跡もその一つです」


 ダーイン師匠は眼帯の上から瞳をなぞってみせた。

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