使いっ走りの師匠
「俺の話は良いんだ、師匠! 一体、何しに来たんだよ?」
俺がそう言うと、ダーイン師匠は頷いた。
「勿論、ティリルの顔を見るため──というのはついでで、グラム騎士団長にお使いを頼まれたんだ」
「……お使い?」
ダーイン師匠はヨクルに目を向けた。
「フロスティ辺境伯、いくつかお尋ねしたいことがあります。先日、キャラバンが奇妙な森を通ったでしょう?」
「ああ、ザーネンさん達のことですね」
ヨクルはカップを置いた。
「その者達が『フロスティ辺境伯に商品を盗まれた』と騎士団に訴えたんです。それは真ですか?」
「な……」
俺は唖然とした。ヒューキを捕らえ、違法に売り飛ばそうとしていた奴らが、ヨクルを盗人扱いするなんて盗人猛々しいにも程がある。
「ザーネンさんは一体、何を盗まれたとおっしゃってましたか?」
「非常に高価な〝毛皮〟だと」
「何の毛皮でしょうか」
「そう聞くと皆、口を閉ざしましてね」
ダーイン師匠は呆れたように笑った。
ザーネン達はそう言うしかないだろう。異形が盗まれた、などと騎士団に言えるはずもない。
「いいえ、僕は毛皮を盗んでいません。商品は盗まれたのではなく、紛失したではないかと思います」
「紛失……ですか」
「ええ。ザーネンさんには予め『荷物の紛失時の保証はしない』と伝え、了承を得ています」
「……ふむ」
ダーイン師匠は顎に手に当て、考える素振りをした。
「師匠、ヨクルが言ってることは本当だ。俺達は何も盗んでない」
俺はヨクルが怪しまれてるのではないかと思い、弁明した。
ダーイン師匠はフッと微笑んだ。
「大丈夫。怪しんではいないよ。ザーネン殿は非常に冷静さを欠いていて、言うことも二転三転してる。それに、彼らには異形を運搬し、販売してたことが明らかになっていてね。どちらの言い分を信じるかは一目瞭然だ」
「え……」
ザーネン達が異形商人であることが騎士団にバレてしまっている。ヒューキ以外にも売られた生物がいたということか? ならば、ヒューキも商品だったこともバレている? 俺達がザーネンが森を通る手助けをしたことを咎められるのだろうか。
いろいろな考えが、俺の頭でぐるぐると回る。
「奇妙な森を通る人間には犯罪者もいる。だから一度、霜降り町で身元を洗うんだ。……まあ、大体は向こうから騎士団に泣きつくようだけど」
ダーイン師匠は再びヨクルに視線を戻した。
「ザーネン殿は『フロスティ辺境伯は異形だ』と訴え続けてますよ。彼は酷く怯えていましてね。森で一体何があったんです?」
「彼らは何か、恐ろしい幻覚でも見たのでしょう」
ヨクルはそう答えた。
「奇妙な森ではよくあることだ」
俺は頷いた。
同じところをぐるぐる回る異変や妖霧、一人増える異変には確かに遭遇した。
「だけど、ヨクルを異形だと言われる筋合いはないな」
俺は眉根を寄せ、不快感を露わにした。
ダーイン師匠は目を伏せ、少し考え込んだ後、にっこりと微笑んだ。
「……わかりました。そのように伝えておきます」
「お手数おかけします、ダーインスレイヴさん」
「いえいえ。ご協力感謝します」
俺達が咎められることはないらしい。俺はホッとした。
「ところで、珍しい狼を保護したと聞きました」
話はまだ終わっていなかった。俺は再び顔を引き締めた。
「ああ、ヒューキさんのことですね」
ヨクルは頷いた。
「フロスティ辺境伯の申し入れを受け入れ、騎士団で預かることになりました。その子は今どちらに?」
ダーイン師匠がそう聞くと、ヨクルは村長に目を向けた。
「ホヴズさん、ヒューキさんは今どちらに?」
「今朝から村のもんと狩りに行っております。いつ戻るかは……すみません。わかりませんで」
村長は申し訳なさそうにそう答えた。
「ヒューキさんが元気そうで何よりです」
ヨクルは頷き、ダーイン師匠に視線を戻した。
「すみません、ダーインスレイヴさん。今、ヒューキさんは村の外に行っておりまして」
「いえいえ。村人達と共存出来ているんですね。狼は人間嫌いだと思ってましたが」
ダーイン師匠は感心しているようだった。
俺は頬をかきながらこう尋ねた。
「……えーと。師匠、ヒューキが普通の狼だと勘違いしてる?」
「違うのかい?『月追い狼』という珍しい種族なのだとは聞いたけど」
「ヒューキは人間にかなり近い姿をしてるんだ。二本足で歩くし、会話も出来る」
「なんと! そんな動物がいたなんて……!」
ダーイン師匠は目をキラキラとさせた。
動物とも言えないのだが……説明するよりヒューキ本人を見て貰った方が早いだろう。
「……師匠は偏見とかないのか?」
「偏見?」
「ヒューキを異形だとか言う奴がいたんだ」
「異形なのかい?」
「違う」
「じゃあ、安心だ。その子は今朝まで村にいたんだろう? だけどこの村の中は異形の痕跡が全く見えない。森の方はあんなに凄いのに」
ダーイン師匠の言葉に、ヨクルは困ったように後頭部をかいていた。
ダーイン師匠は窓の外を見た。村の象徴である、鐘塔が見えた。
「澄んだ鐘の音……あの音のおかげかな?」
「よくわかったな、師匠。あれは異形除けの鐘なんだ」
「ああ、やっぱりそうなんだ。あの鐘の音を肌で感じて、普通じゃないと思ったんだ」
ダーイン師匠は眼帯に手を当てながら言った。
「一晩、異形がその場に留まれば、痕跡が残る。それがないということは、その狼は異形じゃないんだろう」
ダーイン師匠はうんうんと頷いた。
「貴方は異形の痕跡が見えるのですか?」
ヨクルが尋ねた。
「あはは。ちょっとした特技ですよ。片目を失ってから、見えないものも見えるようになったんです。異形の痕跡もその一つです」
ダーイン師匠は眼帯の上から瞳をなぞってみせた。




