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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第六話

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32/34

シロヤギさんからお手紙ついた

 ヒューキを村に預けて、暫く経った。

 最初、村人達はヒューキの耳や尻尾を見て驚いていたが、温かく迎え入れてくれた。

 森で遭難する者は後を経たないそうだ。大体の遭難者は村で世話をすることになる。ヒューキもその一人で、怖がる必要は全くないと村長は言っていた。

 俺は頻繁にヒューキの様子を見に行った。ヒューキは村の子供達と仲良くなったようで、共に雪原を楽しそうに駆け回っていた。村長に村での様子を聞くと、大人達と共に狩りへ行くこともあるらしい。俺はヒューキが村に馴染んでいるようで安心した。

 ヒューキの仲間を探してくれないかと、ヨクルは銀竜騎士団の騎士団長へ、俺は師匠へ手紙を出した。返答はまだない。


 手紙を出した数日後。

 朝の巡回を終え、のんびりとコーヒーを啜っていると、コツコツ、と屋敷の玄関扉を叩く音が聞こえた。


「おや、郵便屋さんが来たようです」


 ヨクルは徐に立ち上がった。


「郵便屋さん?」


 俺は首を傾げ、ヨクルと共に玄関扉へ向かった。

 扉を開けると、一匹の真っ白なヤギがこちらを見上げていた。


「って、ヤギじゃないか!」


 俺は思わずそう叫んだ。

 白い毛並みのヤギは雪国ヤギと言って、この国でよく見かけるヤギだ。寒さに強く、雪を好んで食べる。


「ホヴズさんのところで飼われているヤギです。名をガラガラドンと言います。急ぎの手紙はいつも彼女が届けてくれるんですよ」


 ガラガラドンはヨクルの言葉を肯定するように、ヘッ、と鳴いた。ガラガラドンの背中には革で出来た小さな鞄があり、その中に手紙が入っているようだ。


「前に言ってた〝勇気ある郵便屋さん〟って、もしかしてこのヤギのことか?」

「ええ」

「人間じゃなかったのか!?」

「人間と言いましたっけ?」


 ヨクルは首を傾げた。

 確かに、人間とは言ってなかったような気がするが……普通は人間だと思うだろう。


「人間より動物の方が異変に遭遇する可能性が低いんです。手紙の配達なら、動物に頼むのが一番良いですね」

「へえ……」


──ってことは、森に住んでるヨクルも動物ってことか?

 ヨクルはガラガラドンの背中の鞄を開け、一通の手紙を受け取った。


雪玉(スニェジョーク)


 ヨクルがそう唱えると、彼の手のひらに雪の塊が出現した。


「配達ありがとう、ガラガラドン。これは礼だ。受け取りたまえ」


 ヨクルは手のひらの雪をガラガラドンの口元に差し出した。ガラガラドンは雪にかぶりついた。

 ガラガラドンはぼんやりとした顔でもしゃもしゃと雪を噛みながら踵を返し、静雪の村へと帰って行った。

 郵便配達が出来るなんて賢いヤギだなあ、と俺はヤギの尻を眺めながら思った。

 俺とヨクルは手紙に視線を移した。手紙に封蝋はなかった。


「封蝋がないなんて不用心だな。他の人に見られたらどうするんだ」

「手紙を奪う人間なんてこの森にはいませんから、これで良いのです。ホヴズさんからの手紙ですね。この場合、僕に客人が来ていて、それを伝える手紙なのですが……」


 ヨクルは封筒を開けた。手紙を読んで、ヨクルは右に左に首を傾げた。


「どうしたんだ? 客人じゃなかったのか?」

「いえ、村に客人が来ているようです。ですが僕というより、ティリルさんに会いに来たようだ、と」

「俺に?」


 ヨクルは手紙から顔を上げ、俺の顔を見た。


「ティリルさん、『眼帯をした騎士』に心当たりは?」

「眼帯……」


 俺には一人心当たりがあった。


「もしかして、師匠!?」


 □


 ダーインスレイヴ・イアリ。

 俺の師匠であり、養父でもある。

 彼は優秀な騎士だったらしい。一人で異形の群れを制圧したことも一度や二度ではない。

 しかし、異形と戦いで、左目を失い、第一線から退いた。

 その直ぐ後、俺は騎士団に拾われ、師匠に引き取られた。剣術を叩き込まれ、文字の読み書きを習った。師匠は厳しかったが、それ以上に優しい人だった。


 静雪の村に到着した俺は村長の家の扉を力強く叩いた。


「村長さん! ティルヴィングです!」

「どうぞお入り下さい。鍵は開いてますんで」


 村長の声が聞こえ、俺は遠慮なく玄関扉を開けた。

 人当たりが良さそうな男が椅子に腰掛け、のんびりとコーヒーを啜っていた。

 右目はにこりと笑っていて、左目には銀竜騎士団のエンブレムが刺繍された眼帯がつけられている。長い後ろ髪を一つに括って前に流しており、首から上だけを見れば線が細い印象だが、コートの厚みでは隠しきれないほどがっしりとした体つきをしている。


「ダーイン師匠!」

「ティリル……! 元気にしてたかい!?」


 ダーインスレイヴ師匠──ダーイン師匠はテーブルを蹴りながら立ち上がった。俺に歩み寄り、肩をがっしりと掴んだ。


「ご飯は食べてる? 体調は崩してない? 大きな怪我は……していないようだけれど、何もなかったかい?」

「師匠、俺はもう子供じゃないんだぞ……」


 俺は呆れ顔をした。

 ダーイン師匠は俺の後ろにヨクルがいることに気づき、ハッとした。こほんと咳払いを一つして、姿勢を正した。


「……ご挨拶が遅れました。私は銀竜騎士団所属、ダーインスレイヴ・イアリと申します。お会い出来て光栄です、ヨクル・フロスティ辺境伯」


 ダーイン師匠は胸に手を当て、ヨクルに一礼した。


「ああ、お噂はかねがね、ティリルさんのお師匠さん」

「ティルヴィングは失礼なことしていないでしょうか。言葉遣いに気をつけるよう言っているのですが、なかなか難しいようで……。しかし、人を気遣える良い子なんですよ!」

「やめてくれ、師匠。恥ずかしいから……」


 俺は熱くなる顔に手をやった。いい年した大人が『良い子』だと紹介されるとは思わなかった。


「お二人はとても仲が良いんですね。微笑ましいです」


 ヨクルは「ふふ」と笑った。それが更に顔を熱くさせた。


「師匠が騒がしくしてすまない、ヨクル」


 俺はヨクルに謝った。


「いけないよ、ティリル! お世話になってる方に敬称すらつけないなんて!」


 すると、ダーイン師匠が声を荒げた。

 こうやって、ダーイン師匠に叱られるのはいつぶりだろう。俺は懐かしさを覚えた。


「僕がそのように呼んで欲しいとお願いしたんです。ティリルさんとは友人でありたいと思いまして」

「例え友人でも礼儀はきちんとしなければなりません」

「僕も同じ意見です。ダーインスレイヴさんとも良き友人になれそうですね。ですが、ご安心を。ティリルさんが礼を欠いたことは一度もありません」

「……それなら良いのですが」


 ダーイン師匠は眉をハの字にして微笑んだ。

 今は心配性で穏やかなダーイン師匠だが、一度異形と対峙すると、人が変わったようになってしまう。その姿はまるで狂戦士(ベルセルク)のようだ、と言われている。

 ダーイン師匠は貴族の出だった。彼の家の領地では異形が度々出現し、領民達は苦しんでいた。その姿を、彼は幼い頃から見てきた。

 師匠は自分に剣の才能があると知ると家を飛び出し、騎士団に入団して剣術を極めた。常に第一線で活躍していた彼だったが、左目に大怪我を負ってしまった。その後、戦場を去り、騎士の育成に力を注いでいる。

 俺は師匠の一番最初の弟子だった。だからといって、大の大人を子供のように言うのはどうかと思うが……。

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