もう一人のヨクル
「ヨクルが……二人?」
俺はヨクルともう一人のヨクルを交互に見た。
「あれは『フュルギヤ』……猿真似が得意なんですよ」
「つまり、あいつはヨクルのふりをした偽物……。俺は騙されてたんだな」
「ええ。危ないところでしたね」
ヨクルはヨクルの偽物──フュルギヤに顔を向け、腕を組んだ。
「まさか、僕以外を騙そうとするとは。ティリルさんがそんなに気に入ったか? フュルギヤ」
「ふ……ふふ……。気に入ったのは貴様だろう?」
フュルギヤはヨクルの姿のまま、口調だけを変えた。これがフュルギヤ本来の口調なのだろう。
「森に人間の滞在を許すとは。また雪達を裏切るつもりか?」
フュルギヤはヨクルに指を突きつけた。
「ここに貴様の居場所はない。何者にもなれず、何も為せず、消えてゆく。貴様は所詮、哀れな小雪に過ぎぬ」
「口を閉じたまえ」
ヨクルは強い口調でそう言った。
「フン。相変わらず、傲慢な奴よ。貴様の本性をそこの騎士に教えてやろうか。騎士よ、よく聞け。そいつはなあ、故郷を忘れ、人間如きに媚びへつらう裏切り者──」
ヨクルはシップスベルを鳴らし、フュルギヤの言葉をかき消した。耳に突き刺さるような高い音に、俺は咄嗟に耳を塞いだ。
「聞こえなかったのか。黙れと言っている」
……こんなに怒っているヨクルは初めて見た。【甘い罠のバーバ・ヤーガ】と対峙したときすら、ここまで怒りを露わにしてはいなかった。
フュルギヤはクク、と笑った。
「ならば、黙らせてみよ。貴様お得意の力づくでな!」
フュルギヤがヨクルに斬りかかった。ヨクルはそれを剣で難なく受け止める。剣を弾くと、フュルギヤは飛び退き宙を一回転する。
「弱き者を力で黙らせるのはさぞ気分が良かろうな」
フュルギヤは着地すると地を蹴り、再びヨクルに斬りかかった。
「貴様の何処が天使だ? 貴様には、羽をもがれた天使──『堕天使』の名が相応しい!」
フュルギヤの動きはヨクルに似ていた。だが、剣筋は単調で、動きは遅い。明らかに戦い慣れしていない。
ヨクルが『猿真似』と称したのも理解出来る。結局、偽物は本物には敵わない。
ヨクルは隙をついて、フュルギヤの首を刎ねた。
かぼちゃの頭が宙を舞う。そのとき、かぼちゃに開いた二つの穴と目が合った。
「ふふふ……また会おう……。若き騎士よ……」
フュルギヤはそう言い残すと、徐々に体が薄くなっていき、最後には跡形もなく消えた。
「あいつは一体……」
俺は開いた口で呟いた。幻覚……ではなかった。確かに、剣に重みがあったし、ヨクルにも見えてた。
「フュルギヤは一種の地縛霊のようなものです」
ヨクルはゆっくりと剣を収めた。
「人間を惑わすのが好きで、よく僕の真似をします。弱いので簡単に追い払えますが……倒せた試しはありません。おそらく、あれは本体ではないのでしょう」
ヨクルは疲れたようにため息をついた。
「フュルギヤはよく屋敷に侵入するのです。地下室から聞こえた物音も、フュルギヤの仕業でしょう」
フュルギヤは物音でヨクルを地下に誘導し、その間、ヨクルのふりをして俺の前に現れ、森へと連れ出した……。
俺はやっぱりな、と思った。
「ヨクルが異形退治に誘うなんて、妙だと思ったんだ。そんなこと、今までなかったからな。まさか偽物だったなんて……」
俺はため息をついた。
「俺の剣の腕が認められたのかと舞い上がったのに……」
「おや、ティリルさんの実力は当に認めていますよ」
「なら、森に誘ってくれて良いじゃないか」
ヨクルは首を横に振った。
「戦闘力だけで森は歩けません。今回の件でよくわかったでしょう? フュルギヤのような、悪意を持った存在が森にはいます。命が惜しければ、ティリルさんも気をつけて下さい」
「ヨクルの姿をしていても?」
「ええ。僕の姿であってもです。もし、目の前にいる僕に違和感を覚えたら、斬って頂いて構いません」
「主君に剣を向けろと?」
俺は眉を顰めた。
「本物の僕なら受け止められます。フュルギヤは避けられません」
「余程自信があるんだな……」
俺の剣を受け止めきれると思われているのが心外だった。
俺だって騎士だ。結構、剣には自信がある方なのだが。
「ティリルさんの腕が悪いのではありません。人間の剣には限界がありますから。それは体の構造上、仕方のないことです。例えば、人間は剣を見えなくしたり出来ないでしょう?」
「そんなこと出来たら人間じゃないな」
例えがあまりにも非現実的で、全く想像出来なかった。この奇妙な森でならあり得ることなのだろうか?
「フュルギヤが現れたら斬って良いなんて、一体、あいつとの間に何があったんだ? お互いをよく知っているみたいだが……」
「……長い付き合いになります。斬っても斬っても、また現れる……。残雪のような奴です」
「良く思ってないんだな」
「好きではないですね」
ヨクルはきっぱりと言い切った。
「フュルギヤは森の来訪者のふりをして何度も僕の現れ、根気強く僕の弱みを聞き出したのです。それをあれこれ想像して、僕を森から追い出そうと画策しているようで。僕を意のままに操ろうたって、そうはいきません」
ふん、とヨクルは鼻を鳴らして、顔を逸らした。その仕草が、喧嘩して不貞腐れた子供のように思えた。
「フュルギヤは最近森に現れ出しました。おそらく、森の外から来たのでしょう」
ヨクルは雪空を見上げた。
「昔はただの迷い人だったんです。彼もまた、記憶を失っていました」
「フュルギヤも記憶を……?」
「ええ。自分が何者なのか、何処から来たのか、わからないようでした。僕は『悪さをしないなら、屋敷にいても良い』と言いました。……それが良くなかったのでしょう」
ヨクルは呆れたように息をついた。
「屋敷にいつくようになってから、徐々に自分の気質を思い出したようで、今のようなフュルギヤになりました」
「どうして……」
「どうやら、僕の屋敷を大層気に入ったようで。僕を追い出して、自分だけの屋敷にしたいようです」
「ええ? ヨクルが先に住んでたのに」
「そう思うでしょう?」
ヨクルは同意するように身を乗り出した。
「ティリルさんが屋敷に住み始めたのが、気に食わないんでしょうね。だから、ティリルさんにちょっかいをかけた」
「事前に教えてくれたら警戒したんだが……」
「ティリルさんに危害を加えるとは思わず……申し訳ありません」
「ああ、いや、責めてる訳じゃないんだ」
ヨクルにも警戒しないといけないなんて、この森は、本当に気が休まらないな。
「……まあ、暫く屋敷には現れないでしょう。森で迷うでしょうから」
「え。あいつも迷うのか? この森に住んでるのに?」
「僕の案内がなければ基本的に迷います。人も、人でないものも。運良く屋敷に辿り着いたとしても、僕が追い出しますからね」
「可哀想に……」
「奴が悪意を持って近づいてくるのなら、それなりの対応をしなくてはならないでしょう」
「そりゃそうだ」
ヨクルは徐に来た道を引き返した。俺も後に続く。道の途中、倒れたランプの杖があった。俺を助けに飛び出した時、投げ捨てたようだ。
「さあ、屋敷に戻りましょうか」
本物のヨクルの背中は頼もしかった。




