表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第四話

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/24

迷い込んだネズミ

「ティリルさん」


 数分と経たず、ヨクルが戻ってきた。やはり、部屋に入ってきた気配はしなかった。扉を開閉する音くらい立てて欲しいものだと思った。

 俺がヨクルの方に顔を向けると、彼は亡霊のように扉の前に立っていた。


「早かったな、ヨクル。地下の物音の正体はわかったのか?」

「ネズミが侵入しただけでした。全く、人騒がせなネズミです」

「はは。ネズミも生きるのに必死なんだろう」


 俺は何事もなくて良かったと笑った。ヨクルが脅かすようなことを言うから、少し心配してたのだ。


「ところで、今、よろしいでしょうか?」

「ああ、なんだ?」

「森の方が騒がしいので一緒に来て欲しいのです」

「え……」


 俺は少々面食らった。ヨクルが森に誘うなんて珍しい。異形が発生した時も、巡回の時も、ヨクルから誘うことはなく、俺が無理矢理ついて行っていた。

 少しは信頼されてきたのだろうか、と嬉しかった。


「ああ、勿論!」


 俺は素早く立ち上がった。


 ヨクルはランプの杖に見向きもせず、屋敷を出た。「ランプの杖は?」と聞くと、「今は要りません」と答えた。いつもならランプの杖を忘れずに持っていくのだが、何か意味があるのだろうか。

 俺はヨクルと共に森を歩く。異形も妖霧も発生していないみたいだ。ヨクルは何の目的で森へ出たのだろう。

 ヨクルは何も言わず、どんどん森の奥へと進んでいく。いつものように、歩みに迷いはない。だが、俺は確かに違和感を覚えた。


「ヨクル、一体、何処まで行くつもりなんだ?」


 俺は尋ねた。いつもなら、ヨクルの感覚を信じてこんなこと聞かない。しかし、今のヨクルの様子がおかしいと感じていた。

 そこで、ヨクルは足を止めた。


「……ええ。そろそろ頃合いですよ」

「頃合い……?」


 疑問に思っていると、突然、ヨクルが振り返り、剣を抜いて俺に斬りかかってきた。


「なっ……!」


 俺は間一髪でそれを避けた。危なかった。警戒していなければ、首を刎ねられてた。

 ヨクルの舌打ちが聞こえた。ヨクルは本気で俺に斬りかかったのだとわかり、背筋が凍った。

 俺は後退りして、ヨクルと距離を取った。


「ヨクル……! 一体、何を!?」

「はあ……。相変わらず、やかましい人間(ネズミ)だ。忠告通り、さっさと森から出て行けば良かったものを」


 徐々に語気を強めていき、恐怖を煽るような声に変わる。いつものような穏やかな口調ではない。

 ヨクルは天を仰いだ。


「この森では多くの人間が迷い、命を落としました。では何故、僕は無事なのでしょう?」


 俺は嫌な想像をした。


「……まさか」

「僕が人間を襲っているからですよ」


 ヨクルは俺の方を見た。かぼちゃの両目が怪しく輝いている気がした。


「景色の変わらぬ森の中、右も左もわからず、寒さに震え、恐怖に泣き喚き、逃げ惑う人間の姿は実に滑稽です。全て、無駄なことなのに」


 ヨクルはくすくすと笑った。 


「ふふっ。ここは森の奥深く……僕の案内がなければ、貴方は森から出られず、寒さで死んでしまうでしょうね。ああ、それか、異形に縊り殺されるか、異変の食い物にされるか……いずれにせよ、悲惨な末路を辿ることでしょう」


 俺は黙って、ヨクルを見つめた。

 ヨクルは俺より遥かに強い。剣術に長けていて、魔術も使える。どう考えても、ただの騎士である俺が勝てる見込みはない。

 ヨクルと戦うか、逃げるか、選択を迫られる。


「貴方はもう、僕を楽しませるだけのおもちゃに過ぎません。これから、十を数えます。その間にお逃げなさい……。無意味な鬼ごっこをしましょう。もし捕まったら……ふふ、氷像にでもして、屋敷の前に飾ってあげましょう」


 ……否、迷う必要はない。俺は剣を抜いて構えた。


「……おや? 逃げないのですか?」

「俺は騎士だ。敵に背を向けるなどあり得ない」


 もし、本当にヨクルが人を襲っているのなら、ここで止めなくてはならない。

 俺の答えに、ヨクルは一瞬静止した。そして、声を上げて笑った。


「ははははは! 全く、愚かな選択をするものだ……。騎士という生き物は皆そうなのですか?」


 ヨクルは一頻り笑った後、息をついた。


「まあ、早死にしたいというのなら構いません。……ああ、簡単に壊れないで下さいね。久々の獲物ですから……」


 ヨクルは剣を持ち直した。


「じっくり、堪能しませんと」


 ギラリ、とかぼちゃの両目が光った気がした。


「さあ、僕を存分に楽しませなさい……!」

「くっ……!」


 ヨクルが俺に斬りかかった。俺は剣を掴む手に力を入れ、攻撃に備えた。

 そのとき、俺の頬を冷気が撫でた。


「え……?」


 何かが通ったような感覚がして、俺は一瞬横を見てしまった。ヨクルの剣が迫っていることを思い出し、すぐに視線を前に戻す。

 目を疑うような光景が広がっていた。

 剣同士がぶつかる音がした。だが、俺の手に衝撃はない。

──〝もう一人のヨクル〟が、ヨクルの剣を受け止め、押し返していたからだ。


「チッ……」


 ヨクルが舌打ちをして、後ろに飛び退いた。


「──ご無事ですか、ティリルさん」


 突如現れたもう一人のヨクルがそう言った。彼こそ、俺がよく知る『ヨクル』に違いなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ