言いつけを破った子供達には
「──ホヴズのじっちゃん!」
村長の家で談笑をしていると、突然、一人の少女が家の中に飛び込んできた。
彼女の顔には見覚えがあった。先程、ヨクルを『パンプキンヘッド』と言って馬鹿にしていた少年と一緒にいた子だ。
「そんなに慌ててどうした、フレイヤちゃん──」
ホヴズが少女にそう声をかけた。どうやら、彼女はフレイヤという名前らしい。フレイヤはヨクルを見つけると、彼に駆け寄り、腕を掴んだ。
「ヨクル様……! お願い! お兄ちゃんを助けて!」
彼女のただならぬ様子に、部屋の空気が張り詰めた。
「一体何があったんです?」
ヨクルが冷静に、尚且つ優しい声で尋ねた。
フレイヤはひっく、ひっくとしゃくり上げながら言った。
「お兄ちゃんが……森で魔女にさらわれちゃったの!」
「なっ……!?」
俺と村長は目を見開いた。
「お前さん達、森に入ったんか!? 絶対入っちゃいかんと言ったじゃろう!」
「ごめんなさい……!」
フレイヤはぼろぼろと涙を流しながら、何度も謝った。
「何があったのか、詳しく聞かせて頂けますか? フレイヤさん」
フレイヤは鐘塔の下であった鐘撞・ニョルズの娘だ。彼女には双子の兄がおり、名をフレイと言う。
フレイはかぼちゃのおばけ──ヨクルをよく思っていなかった。
「あいつの屋敷に忍び込んで、あいつの本性を暴いてやろう!」
フレイはそう言っていたらしい。フレイヤは嫌だったが、一人でヨクルのいる村に置いていかれる方が怖かった。
ヨクルと俺が村長の家で話している間、大人達の目を盗んで、二人は森に足を踏み入れた。
彼女達は森に入ってすぐ、お菓子で出来た家を見つけたという。当初の目的を忘れ、美味しそうなお菓子を食べていたところ、恐ろしい魔女に捕まってしまった。
兄であるフレイは自ら囮となって、妹を逃した。フレイヤは来た道を急いで戻って、何とか村に戻ることが出来た。
そして、村長家にいたヨクルに助けを求めた。
フレイヤから話を聞いている間、村長の家には騒ぎを聞きつけた村人達が集まってきていた。
父親であるニョルズはフレイヤに寄り添い、背中を撫でながら、彼女の話を根気強く聞いた。
「【甘い罠の魔女】──」
ヨクルがぽつりと呟いた。
「子供好きな異変です。お菓子の家という甘い罠で子供を誘い、捕らえて──食らいます」
「そんな……お兄ちゃん食べられちゃうの……!?」
フレイヤは手で顔を覆って、わあっと泣き出した。
ニョルズが顔を青くして、震え声で言った。
「じゃあ、フレイはもう既に……」
「幸いなことに、甘い罠の魔女は美食家です」
「それの何処が幸いなんすか!」
ニョルズは思わず声を荒げた。
ヨクルは冷静に答えた。
「魔女は下ごしらえに時間をかけるタイプなのですよ」
「つまり……?」
「フレイさんはまだ生きている可能性が高い、ということです」
ヨクルは壁に立てかけてあったランプの杖を手に取った。
「ニョルズさん、鐘塔の鍵を開けて下さい」
「鐘を鳴らすんですか? それなら俺が……」
「勿論、鐘を鳴らすのは貴方の役目です。高所から森を観察し、お菓子の家が今何処にあるのか、見当をつけてから森へ入ります」
フレイヤは目をぱちくりさせた。
「……助けてくれるの?」
「それが僕の役目ですから」
ヨクルはそれが当たり前のことのように言った。
ニョルズは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、ヨクル様。直ぐに鍵を開けます!」
ニョルズはフレイヤを村長に任せ、鐘塔へと向かった。
□
鐘塔の鍵を開き、ニョルズとヨクルと俺は鐘塔の中に入った。内部は螺旋階段のようになっていて、鐘のある最上階に繋がっているようだった。
最上階につくと、ヨクルは森を見下ろした。俺はヨクルの隣に立ち、同じように森を見た。各所に点々と妖霧が発生しているのが見える。
「あの霧は……」
「妖霧です。あの霧の中では今、異変が発生しています」
「森ではこんなに異変が起きてるのか……」
「ほぼ無害な異変です。害のある異変も、森に入らなければ問題ありません」
ヨクルはランプの杖に欄干に立てかけ、目元の穴ぶれないように、かぼちゃの被り物を両手で固定した。
「一軒家を覆う広さの霧。お菓子の家は〝家〟という性質上、移動しないことを考慮すると……」
ぶつぶつと呟きながら、森の端から端までじっくりと観察する。
「……三つほど、お菓子の家が発生してそうな場所を確認しました。ニョルズさん、僕が戻るまで鐘を鳴らし続けて下さい」
「わ、わかりました!」
俺が階段を降りようと踵を返したとき、ヨクルは欄干に立った。
「ヨクル!?」
止める間もなく、ヨクルは地上へ飛び降りた。
俺は慌てて、欄干から身を乗り出し、下を見た。
ヨクルは足をクッションにして着地していた。
突然飛び降りてきたヨクルに、集まった村人達は驚きの声を上げた。
ヨクルは何事もなかったかのように立ち上がると、すたすたと森へと向かっていく。
「待て待て待て!」
俺は置き去りにされたランプの杖を掴むと、慌てて鐘塔の階段を下った。
「ヨクル! 俺も行く!」
「ティリルさんはここにいて下さい」
「一旦、落ち着け! ランプの杖を忘れてるぞ! これがないと、妖霧の中を進めないだろう!」
「……あ」
ヨクルは手に何も持っていないことに気づいたようだ。俺の手から杖を取ろうとするのを、俺はかわした。
「一旦、落ち着け。深呼吸だ」
「深呼吸……」
ヨクルは数秒、固まった。
「しました」
「……本当にしたか?」
「ええ」
俺は疑いの目でヨクルを見た。深呼吸どころか、呼吸すらしてないように見えたからだ。
ヨクルは手を差し出して、ランプの杖を渡すように催促する。俺は仕方なく、ヨクルに杖を手渡した。
「ヨクル様!」
フレイヤが叫び、ヨクルに駆け寄った。
「お兄ちゃんを助けて下さい……! お願いします……!」
フレイヤが深く頭を下げた。
ヨクルは強く頷いた。
「フレイさんは僕が必ず助けます」
「良い子で待ってるんだぞ」
俺はフレイヤの頭を撫でると、ヨクルと共に森の中へ入った。




