氷のアンティークベル
村長の家のドアベルを鳴らすと、間もなくして、村長が笑顔で出迎えた。
「ヨクル様! 村にいらしてたんですな!」
「こんにちは、ホヴズさん。お元気そう何よりです」
「ええ。お陰さんで。ヨクル様もお元気そうで。ティルヴィングさんもようこそいらっしゃいました」
「ささ、中へどうぞ」と村長は俺達を家の中へ招いた。村長はソファに腰掛けるように言い、温かいココアを用意してくれた。
「今回もたくさんの品をありがとうございました。貴方がたの生活に支障がないと良いのですが」
「気にせんで下さい。わしらが好きでやっとることですんで」
「お礼といってなんですが、これを」
ヨクルはコートのポケットから巾着袋を取り出した。紐を緩め、中身をテーブルの上に出した。
手のひらに乗る大きさのベルだ。そのベルは周囲の光を透過し、キラキラと輝いている。氷で出来ているようだ。
俺と村長は美しさに、ほう、とため息を漏らした。
「凄く綺麗なアンティークベルだな……! 氷で出来てる! これ、ヨクルが作ったのか!?」
「ええ。ちょっとした趣味です。昔はもっと精巧に作れたのですが……衰えを感じますね」
「十分精巧だぞ!?」
謙遜するヨクルに俺は思わず大声を出した。
芸術品に詳しくない俺でも、これが綺麗なことだけははっきりとわかる。
「粗雑な作りを誤魔化すため……このアンティークベルにはちょっとした〝まじない〟をかけてあります」
健康でいられるよう。幸運に恵まれるよう。道に迷わぬよう……。
「ホヴズさんは腰痛に悩まされていますから、痛みが緩和されるようなまじないを。効果は微々たるものですが……」
俺はヨクルが魔術師であることを知っている。まじないにも効果がちゃんとあるのだろう。
目で楽しめるだけでなく、効果のあるお守りなんて……俺も欲しい。
「でも、氷だからすぐに溶けちゃうな。勿体ない。こんなに綺麗なのに」
「氷が溶けるときは役目を終えた時──効果がなくなる時です。氷細工もまじないも永遠ではありません」
「そうだよな……」
雪もまじないも、いつかは溶ける──解けるもの。それが自然の摂理だ。
だが、俺は少し寂しく思った。
「ですから、物資のお礼として何度もお渡ししているんです。これくらいしか、僕が差し上げられるものがありませんから」
「そんなこと言わんで下さい。ヨクル様にはいつも助けられとるんです」
村長は慌てて言った。
「それにですな、ヨクル様がお作りになった氷のアンティークベルは、なかなか溶けんですよ。家の中に置いていても、一つ歳を取るくらいまではそのままです」
「じゅ、十分持つじゃないか。また謙遜して……」
溶けにくくなるまじないもかけてあるのなら、尚更価値のあるものだ。こんなに凄いものを用意していたなんて……。
「お礼の品は準備出来てないはずじゃ?」
俺はじとりとした目でヨクルを見る。それを理由にして、村へ行くのを渋ったのは一体何だったのか。
「本当は別の形のものを準備したかったんです。毎度同じような形を贈っていますから」
「形?」
「雪だるまや雪国犬、かぼちゃのついたベルをお送りしたこともあるんですが、毎回子供達には不評なんですよね……」
ヨクルは残念そうに方を落とした。
「まあ、かぼちゃのおばけは、子供達の恐怖の対象みたいだからな」
「仕方ない」と俺はヨクルを慰めた。
「子供達は天使の形のベルが好きですからな」
村長が笑って言った。
「天使?」
俺は聞き返した。なんでまた天使なんだ。
「その昔、奇妙な森には白い天使がおりましてな、人々を森の異変から守っていたそうな」
「白い天使、ねえ……」
森の異変から守る白い人物といえば……。俺はちらりと横にいる白尽くめの人物を見る。
ヨクルは肩をすくめた。
「ご冗談を。僕に天使のような両翼があるように見えますか?」
「森では幻覚を見るからな。ヨクルの背中に羽が見えたって不思議じゃない」
「はは、ヨクル様は神秘的ですからな」
村長は頷いた。
「村には白い天使を描いた数々の絵画が残されとります。描かれた当時からフロスティ家があったそうですから、きっとヨクル様のご先祖様でしょうな」
「ヨクルのご先祖様、か……」
フロスティ邸には人が住んでいた痕跡がほぼない。両親の遺品、廃棄物が一つも残っていない。まるで、屋敷にはヨクル以外の誰も住んでいたことがないようだった。
しかし、ヨクルにも当然、両親がいたはずだ。……何処かから湧いてきた訳でもない限りは。
「村長、ヨクル様のご両親はどんな方だったんだ?」
「わしが村に来たのはごく最近なんです。そのときにはもうヨクル様お一人で森を守っとりました。ヨクル様に直接お聞きする方が……」
俺と村長はヨクルに目を向けた。
ヨクルは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、何も話せることがありません。僕は昔の記憶が曖昧なのです」
俺は眉をしかめた。
「それって……瘴気のせい、か?」
俺もそのせいで記憶を失った。まさか、ヨクルもそうだったのか?
「言ったでしょう? 僕は瘴気の影響をあまり受けないと。毎日忙しく過ごしていると、昔の記憶が薄れていってしまうんですよ。長く生きているとよくあることです」
「あんた、一体いくつなんだ……?」
「魔術師は長生きなんですよ。ご存知ありませんでした?」
俺が尚もヨクルに視線を送ると、ヨクルは渋々口を開いた。
「……僕の父は、僕に何の挨拶もなく、天へと昇りました。その際、多くのものを巻き込み、犠牲にした。僕は深い悲しみと共に、強い憤りを感じました」
ヨクルは握った拳を震わせ、不意に力を抜いた。
「……また、余計なことを思い出してしまった。すみません。今の話は忘れて下さい」
「忘れないでくれ。その怒りだって、父親とヨクルとの大事な思い出なんだ」
「忘れていたい記憶もあるんですよ。そういう出来事ほど、忘れられないものです」
ヨクルは村長と俺を交互に見た。
「親のことを忘れたとしても、寂しくはありませんよ。今の僕には良き隣人と友人がいますから」
村長は嬉しそうに頷いた。




