森に住む、怖いおばけの話
ヨクルが鐘の様子を見ているのを、俺はニョルズと二人で見上げていた。
ニョルズはすす、と俺の隣に立つと、声を潜めて言った。
「騎士さん……少し聞きたいんですけど、良いっすか?」
「ん? なんだ?」
俺は耳を寄せた。
「異形って一日にどれくらい出てます?」
「そうだな……」
俺はここ三日間の異形発生の回数を思い出した。
就寝中で自分が対処していない襲撃は含めないとすると、少なくともニ回、多くて五回は出現している。
多い方で答えたら悪戯に怖がらせるだけだろうと思い、少ない方を伝えることにした。
「一日に二回は必ず出るな」
「ええ、毎日出てるんすか!? ひええ……」
ニョルズは震え上がりつつも、何処か他人事のように見えた。
「……それって、お屋敷の鐘の音で判断してます?」
その違和感も、この質問で納得がいった。ニョルズは異形が出現していることを信じていないようだ。
俺はそれに少し危機感を覚えた。異形に怯えず過ごすのは良いことだが、異形を甘く見るのは違う。身近に湧き穴があるなら尚更だ。
「いいや、俺は出来る限りヨクル……様に同行しているから、この目で異形を見てるぞ。なんでそんなことを聞くんだ?」
「おれ達は森に入らないでしょう? だから、おれ達の仕事が本当に意味のあるものなのか、時々考えちゃうんですよ。異形も見たことがないし……」
「異形を見たことがない? 一度も?」
「ええ、一度も。……何か変ですか?」
「いや……」
異形の湧き穴が近くにあるのに、異形の襲撃に遭わないなんて信じられない。
湧き穴がないところですら、襲撃されることがあるというのに……。
……ヨクルは村を守っているんだな。
「大丈夫だ。あんたの仕事にはちゃんと意義がある」
「へへ、そう言われるとやる気が出ますね。絶対にサボれねえや」
ニョルズは胸の前で拳に力を入れた。
「俺からも一つ聞きたいんだが、ヨクル様が子供達に嫌われてるってどういうことなんだ?」
「ああー……それはっすね。子供達はみんな、ヨクル様をかぼちゃのおばけだと教えられるんですよ」
「か、かぼちゃのおばけ……?」
ヨクルがか?
「『悪いことをすると、森からヨクル様がやってきて、取って食われちまうぞ』ってね。ガキのおれは、かぼちゃの被り物が本物の顔だと思ってて、更に怖くて」
ニョルズは過去に思いを馳せるように腕を組んだ。
「たまに森から出て来るヨクル様を見て、ビビりまくってたなあ。父ちゃんも母ちゃんも、何でかヨクル様を崇めてるし」
『ヨクル様は村を守って下さっている』
『良い子でいれば、お前のことも守ってくれる』
『困った時にベルを鳴らせば、ヨクル様が助けて下さる』
「……そんな訳ないって思ってたな」
ニョルズは自嘲気味に笑った。
確かに、森に住むおばけが信奉されていたら、子供の目には不気味に映ることだろう。
「おれ、一度森に入ったことがあるんです。ヨクル様を退治してやろうって」
「森に入ったのか!?」
「勿論、迷いました。怖くて、寒くて……そのとき、ハンドベルを持ってたことを思い出して、鳴らしてみました。そうしたら、ヨクル様が現れて、助けてくれたんですよ! あの伝承は本当だったって!」
ニョルズは興奮したように腕をばたつかせた。
「ヨクル様は良いおばけなんだー、って。お礼に郵便箱へ凄く丸い雪玉を入れましたよ。中に入ってた手紙がびしょびしょになって、母ちゃんから『ヨクル様に迷惑かけるな』って怒られたなあ」
「懐かしいな」とニョルズは呟いた。
「ヨクル様が森の領主様だって知ったのは、ごく最近なんです。大人達ってなんでか教えてくれないんですよねえ」
そのとき丁度、階段を降りる音が聞こえて来た。ヨクルが戻ってきたようだ。
「お待たせしました、お二方」
鐘塔から現れたヨクルを見て、確かにかぼちゃのおばけだな、と思ってしまった。子供の目には怖いものに映るだろう。
「どうでした?」
「問題ありませんでした。この先も、鐘の音が異形を退けてくれるでしょう」
「良かった!」
「大事に扱ってくれているようですね」
「そりゃ当然っす!」
ニョルズは胸を張った。
「鐘は村の大事なものっすからね! 丁寧に、尚且つ遠くに響くよう、鳴らしてます」
「これからもよろしくお願いしますね、ズヴォナリの坊ちゃま」
ニョルズは笑って頷いた。
「──あー! パンプキンヘッドだー!」
遠くから、子供の甲高い声が聞こえた。
ヨクルを指差し、嘲るように笑っている金髪の少年と、少年の後ろに隠れている金髪の少女がいた。二人はきょうだいなのだろう。顔がよく似ていた。
「こらー! ヨクル様に何てことを言うんだ、フレイ!」
ニョルズが拳を突き上げて怒った。
「あはは!『坊ちゃま』が怒った! 逃げろー!」
少年が少女の手を引っ張って逃げていった。
「……うちの子がすみません、ヨクル様」
「良いんですよ、坊ちゃま。事実ですし」
「いいや、良くないっす! ヨクル様は決してパンプキンヘッドじゃあないです!」
「かぼちゃを被っていますが……?」
『パンプキンヘッド』には嘲笑の意味がある。くり抜いたかぼちゃのように頭が空っぽ、つまり、『お馬鹿さん』という意味だ。
ヨクルはこのことを知っているのだろうか。
「子供はあれくらい元気な方が安心です。寒空の下を駆け回って、体調を崩さなければ良いのですが」
「熱を出したらバチが当たったってことっすよ!」
ニョルズは怒りで鼻を鳴らした。
「弁明しなくて良いのか? 自分がかぼちゃのおばけじゃないってこと」
「子供に慕われると、僕に会うため、森に入ってきてしまう恐れがありますから。怖がられている方が都合が良いのです」
「ヨクルが気にしていないなら良いが……」
日夜異形と戦い、村を守っているヨクルに対して悪口を言うなんて、何も知らない子供とはいえ、少しもやもやする。ニョルズがわかっていてくれたのが幸いだ。
「ああ、そういえば」とニョルズが思い出したように言う。
「ホヴズのじっちゃんが心配してましたよ。『ヨクル様体調を崩されてないだろうか〜』『お怪我されてないだろうか〜』って! 今、家にいると思うんで、顔を見せてやって下さい」
「ええ。今から伺うつもりです。それでは、坊ちゃま、またお会いしましょう」
俺とヨクルはニョルズに別れを告げ、村長の家に向かった。




