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小国の王女です。筋骨隆々の大国の王子に嫁ぎます。  作者: まる


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正装は大切

謝罪の手紙と宝石とドレスが届けられた時、お母様は目を丸くしていた。これでどれくらいの麦が買えるのかしら、と宝石を見るお母様に、すごい量が買えるのではないでしょうか、と言ってから、手紙の封を開いた。そこには真摯な謝罪と明日、婚約式のドレスを一緒に作ろうと言うお誘い、そして夕食を明日は一緒に摂りたいという内容が書かれてあった。婚約式なんてシェーヌにはない。前から思っていたけれどなんなんだろう。訊けずにここまで来てしまったけれど、もうこのまま婚約式と名のつくおそらくお披露目会まで突っ走ってしまおう。


「お母様」

「ドレスもすごいわねえ」


お母様が箱から出されたドレスを見てまた目を丸くしている。お母様のことがあってからすぐにこれを用意したとしてもなかなか大変だったのではないだろうか。公務もあるだろうに、と思ってから夕食を断ったのは悪いことをした気分になった。お母様が危険な目に遭ったのは事実だけれど、無事についているのだし護衛もついていたし、気にしすぎだったのかもしれない。なんとなく、申し訳ない気持ちになりながら自分の首元を触る。明日は贈られたダイヤのネックレスをつけよう。


「お母様、アルザーク様から謝罪が」

「あら」


手紙を受け取ったお母様がそれに目を通す。すると、お母様が読んでいる最中にふ、と微笑んだ。


「真摯に謝罪をするのに、婚約式を執り行わないとはならないのね」

「本当ですね」


思わずお母様と目を見合わせて笑ってしまう。これから断ることだってあるかもしれないのに、まるでそれは許さないというような文面だ。もしかすると断られる可能性を考えていないのかもしれない。


「正式な婚約式までにやることがたくさんありますね」

「お父様にもご挨拶をしなければ」

「シェーヌに正式な封書は届いたのでしょうか」

「今届けられている最中だと思うわ」


 婚約に王の許可がないなんて聞いたことがない。私が帰って説明をするべきなんだろうけど、帰ることを許してもらえないから仕方ない。お母様がシェーヌへ帰るときに私も一緒に帰りたいと申し出てみよう。


「アルザーク様はどんな方?」

「優しい方です。側近の方曰く、誠実な男だそうです」

「メルはそれでいいの?」


周りにいる侍女を気にしてかお母様が声を顰めて尋ねてくる。それに微笑んで小さな声で答えた。


「アルザーク様のことを好きになれそうです。本当に優しい方なのです」

「まあ」


お母様が手紙を持ったまま顔に手を当てる。明日の婚約式のドレス選びはお母様もご一緒してください、というとお母様は嬉しそうに微笑んだ。












ドレスって布から作るんだ。当たり前か。そう思いながら部屋に所狭しと広げられた布を眺める。婚約式に着るドレスを、と言う話だったけれどこんなに布がいるのか。アルザーク様もこれには驚いているに違いないと思いながら横目で盗み見ると、アルザーク様は衣装店の主人の説明に熱心に耳を傾けているところだった。布の説明をあんなに真剣に聞く男性がいるんだ。


「すごい量でしょう。衣装店の主人はアルザーク様が幼少の頃からのお付き合いでして」


ヴィーン様の言葉に曖昧に微笑んでみせる。正直、婚約式のドレスなんてどれでもいいと思ってしまう。布から作らなくても既製品でも十分だ。でもアルザーク様の好意を無駄にするわけにもいかない。ため息をつきたくなるのを堪えて、お母様の方を見ると衣装店の主人が連れてきた使用人たちと楽しそうにドレスを選んでいる。お母様の分もいいのですか、と尋ねる前にアルザーク様が王妃陛下のお召し物も、と言ってくれた。気遣いもできる方だ。

艶々したもの、さらさらしたもの、ふわふわしているものから細かく刺繍が入っているものまで様々なものがある。これにギルタ王国特有の刺繍が入るのだと言う。刺繍も大変だろうな、と思って布を眺めているとアルザーク様が布を避けながら私に近づいてくる。真っ白な布が何枚も折り重なるこの部屋でアルザーク様の真っ黒なお召し物は異質に見えた。


「気にいるものはありますか」

「どれも素敵なものばかりで」


優しい口調で問われて、思わず視線を逸らしてしまう。すぐに選べなくて申し訳ない気持ちもあったし、どれでもいいと考えていることを悟られたくなかった。婚約式は国王の御前で婚約の許しをもらう儀式だ。貴族へのお披露目の意味もあるらしい。正式な婚姻が結ばれるまでは国民には公表しないのがギルタ王国の慣わしだと聞いた。持参金がないことについては貴族への公表は控えると言われた。持参金をいらないと言ったとなれば、国内の貴族から反発の声が上がる可能性があるからだ。大丈夫かな、この婚約、と思ったことが顔に出ていたのか、国王陛下に何も心配しなくていいと言われた。婚約式に着るドレスは二着いるらしい。一着は正式な婚約式に着るドレス。つまり国王陛下の御前で婚約の許しをもらう儀式で着用するもの。もう一着はその後の晩餐会で着るものだ。婚約式で着るものは白と決まっているらしく、今選んでいるのはそのドレスを仕立てる布だった。


「白といってもたくさんの種類があるんですね」


私の呟きを拾ったのかアルザーク様が困ったような顔をする。男性としてドレスの布選びなんて楽しいものではないだろう。早く決めなければと思うのに、なかなか選べない。婚約式に着るドレスなんて今まで贈ってもらったものの中から選んではいけないのか。そう思っていると、アルザーク様が床に広がっている布の一つを手に取った。


「これはどうですか」


選んだものはどちらかというとふわふわしている布地だった。ドレスの裾が自然と広がるようにできております、と衣装店の主人が説明してくれたことを覚えている。アルザーク様は視線を少し下げていて、自信がなさそうに見える。その布にそっと手を添えて、その布地の感触が不快なものでないことを確認する。選んでいただけてありがたい。


「……あなたの瞳にはこの白が映えると思います」


何も言わない私をどう思ったのかアルザーク様が自信なさげにそう言われて、私は微笑んで頷いた。自分の瞳の色なんて気にしたことがなかったけれど、アルザーク様がそう言ってくれるのならそうなのだろう。


「これにします。婚約式のドレスなら、アルザーク様が選んでくださったものがいいと思いますし」


そう言うとアルザーク様の視線が上がって、嬉しそうな表情になった。その素直な表情に驚いてしまう。


「決まりですね。それでは晩餐会のドレスの布はいかがいたしましょう」


衣装店の主人がそういうと、くるくると布地が片付けられていく。晩餐会のドレスの布の色は決まっている。こう言うのは大概、相手の色を纏うものだと教えられた。アルザーク様の瞳の色は緑だから、緑色にしよう。


「緑がいいです。アルザーク様の瞳の色ですもの」


私がそう言うと、衣装店の主人がすぐに、と言って衣装店の使用人たちに何かを言いつけた。使用人たちがばさりと布を広げてくれる。その中で一際目を引いたのが、アルザーク様の緑の瞳と同じ色の布だった。すぐに決まってよかった、と思いながらそれを拾い上げてこれにします、と主人に言う。そう言えばアルザーク様はさっきから黙ったままだな、とアルザーク様を見ると、俯いている。


「アルザーク様?」


どうしたのだろうと思って顔を覗き込むと、真っ赤になっていた。あまりのことに二の句が継げないでいると、アルザーク様が片手で顔を隠す。すまない、と言って部屋を出ていくアルザーク様を私は呆気に取られて見送った。


「我が主は照れ屋でして」

「照れるところがありましたか」

「ええ」


ヴィーン様が私に近づいてきてそう言ってくれる。照れるところなんてあっただろうか、と考えてアルザーク様の瞳の色のドレスがいい、と言うのは確かに言われると照れるかもしれない、と考えた。


「アルザーク様の左手に、指輪が付いているのをご覧になりましたか」

「いえ、見ていません」

「あれは昨夜、メル様の瞳と同じ色だと付け始めたものです」


今度は私の顔が赤くなる番だった。恥ずかしくて思わず顔を伏せてしまう。なんだろう、このむず痒い感じ。私の瞳と同じ色だと付けてくれたのが恥ずかしいけれど、少し嬉しい。私のことを考えてくれたのだとわかるから。隣に立っているヴィーン様が、次はドレスの型を選ばなければ、と衣装店の主人に言って、衣装店の主人が準備をします、と言っているのを聞きながら、私はずっと顔を伏せていた。


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