大体有能
どうしよう。ここまで意気消沈したアルザーク様を見たことがない。基本的に自分一人の力で国の危機を救える方だから、問題が解決すれば次の問題、また次の問題というふうに動き回っているのが普段の姿だ。それが今は、椅子に座って何も言わずに両手を組んでそれに額を押し当てている。明らかに落ち込んでいる。
アルザーク様が落ち込んだのは自分にも原因がある。メル様のお部屋を訪ねたら今は会えないと言われて、渡されたのは封筒だった。アルザーク様へのそれを特に何も考えずにお渡ししたら、アルザーク様が今日は夕飯は一人で摂る、と言った。つまり断りの手紙だったらしい。
それを聞いて悲鳴をあげそうになったがなんとかこらえた。そんな手紙だったなんて思いもしなかった。
メル様のお母上、つまりシェーヌ王国の王妃陛下は酷くお怒りだったし、その怒りはもっともだと思ったけれど、我が主人の心からの謝罪に怒りを少しおさめてくれたようだった。だから少し安心してしまったのだと思う。メル様ももしかしてお怒りなのかもしれない。だってギルタ王国はメル様を帰さずに自分勝手にも王城に留め置いた。そのせいでシェーヌ王国の王妃陛下は数人の護衛だけを連れて自分で馬に乗ってここまできたのだ。大変な道のりだっただろうし、その証拠に王妃陛下の顔は青かった。
メル様がお怒りになるのは最もだ。誰だって自分の大切な人が危険な目に晒されれば怒りたくなる。やはり初めの差し出さなければ開戦、を殴ってでも止めておくべきだったのだ。
「手紙を書きましょう」
「手紙?」
「シェーヌ王国の王妃陛下とメル様に心からの謝罪を。何があってもこれからはメル様の意思を大切にすると書きましょう。許しを乞うのです」
「そうだな、それがいい」
すぐに机から紙とペンを取り出して机に向かうアルザーク様の横にスススと忍び寄って内容を盗み見る。アルザーク様も何も言わない。
「書き出しは何がいいだろうか」
「やはり、危険な目にあわせてしまったことの謝罪をしましょう」
「そうだな」
スルスルとアルザーク様がペンを走らせる。謝罪を書いたら次は何を書こう。これからは大切にするのでお許しください、どうか明日は一緒に夕食を、だ。それがいい。そして、謝罪には贈り物が必要だ。
「アルザーク様、謝罪の手紙に贈り物をつけましょう」
「そうしよう。すぐに用意させてくれ」
「分かりました」
執務室から外に出て、使用人にメル様に贈り物をするから街の店に声をかけるように言いつける。この時間なら街のドレス屋や装飾品店もやっているだろう。王家お抱えのそこにすぐに来てくれと伝えるように言いつけて、また執務室に戻ると、アルザーク様が2枚目の紙にペンを走らせていた。スススと寄って横目で見ると、謝罪が二枚目までにきていた。
「アルザーク様、謝罪が長すぎるとうっとうしいのでは」
「そうか?誠意を伝えたいと思って」
「これからのことを書きましょう。過ぎたことはどうしようもありません。これからは二度とこのようなことはしないと誓いましょう」
そう言うとアルザーク様が新しい紙を机の引き出しから出す。自分だって女性に手紙を書いたことがたくさんあるわけではない。でもあるざーくさまよりはマシなはずだ。アルザーク様が新しい紙にペンを走らせるのを見て、花束もつけよう、と考えた。
「アルザーク様、花束もつけましょうか」
「そうしよう」
アルザーク様がそう言って頷く。すぐに執務室の外に出て、使用人に花束を作るように言いつける。庭師が綺麗な花束を作ってくれるはずだから頼みに行け、美しい花束にしてもらうんだぞ、と念入りに申し伝えてまた部屋に戻ってスススとアルザーク様の隣に立つ。アルザーク様はこれからはあなたの意思に沿う、と書いているところだった。アルザーク様が貯めてきたお金のおかげで、国庫を圧迫せずに贈り物ができる。メル様が何をねだったとしてもどうにかできるだろう。いざとなれば国庫の未来の王妃陛下用に貯めていたお金を使ってもいい。メル様の怒りを解いて、仲睦まじく過ごせるようにすることが第一だ。
「これで許してもらえるだろうか」
「きっと許してもらえます。メル様はお優しいですから」
そう言っておきながら自分でも不安だった。だってまだメル様のことを何もかも知っているわけではない。知っているのは身体に似合わずよく食べると言うことと、自国の国民のことを本当に大切に思っているということ、そしてアルザーク様の求婚を受け入れてくれたということだけだ。アルザーク様の求婚をメル様が受け入れたという話を聞いた時、大陸がひっくり返るほど驚いた。両陛下は涙を浮かべて喜んでいたし、自分も嬉しかったけれど、なぜメル様がこんなにはやく受け入れてくれたのか分からなかった。その理由がわかったのはその日の夜、アルザーク様が両陛下に婚約の条件は前に話していた通り、持参金はなし、シェーヌ王国に有利な条約の締結をしてから、ということになったと報告しているのを聞いてからだ。なるほど、こんなにいい条件の婚約はないと思ったのかもしれない。
少しはアルザーク様に好意があるといいな、今はなくても芽生えればいいな、と自分は思っている。
「……彼女は俺と夕食を摂れなくてもどうも思わないだろうな」
ぽつりとアルザーク様が呟いた言葉が自分の胸を大いに締め付けてくる。締め付けられてほしいのはメル様の胸だけれど、片思いをしているアルザーク様が可哀想に思えてくる。本人もメル様が心からアルザーク様を好いての婚約ではないと分かっているのだ。
「どうも思われていなくても、これから寂しいと思ってくれるようになれば良いのではないですか」
たくさんの時間が二人には待っている。今どうも思われていなくても最初に思っていたように、これからアルザーク様のことを知ってもらえればいい。そしたらきっと彼女もアルザーク様のことを好きになってくれるはずだ。自信がある。だからアルザーク様にも自信を持ってもらいたい。そう思ってそう言うと、アルザーク様がふ、と笑みを漏らした。
「その通りだな」
その微笑みに自分も微笑みで返す。扉の外から声がかかって、宝石商の到着を知らせてくれる。どうかメル様が気にいる宝石がありますように、と祈りながらアルザーク様を見て入っていいかの確認を視線だけでとる。アルザーク様が頷いたのを見てから、入れと命じると扉が開いた。宝石商も最近の頻繁な呼び出しに驚いているようだ。
「これはこれはどうも、お呼びいただき光栄でございます」
「ものを見せてくれ」
「ただいま」
そう言って宝石商が持ってきていた木箱を広げると、中には煌びやかな宝石が所狭しと並んでいる。アルザーク様が席を立ち、近くでまじまじと宝石を見つめる。どれが似合うのか考えているのだろう。メル様には何が似合うかな、と自分も首を伸ばして木箱の中を見つめる。
「こちらは珍しい石でして、色がついているダイヤです」
「ほう」
「女性の贈り物にぴったりかと」
宝石商も事情には気づいているのだろう。今まで王妃陛下への贈り物くらいしか呼び出しがなかったのに、ここに来ての頻繁な呼び出し。女性への贈り物を選んでいるとなれば見当もつく。それでも余計なことを言わないのが王家の御用達としてずっとい続けられる理由のひとつだ。
「そのダイヤの首飾りにしよう」
「お喜びになりますよ」
そう言って宝石商が一緒に来ていた使いに包むように申しつける。ひとつだけ購入するのではないと分かっている。アルザーク様がこれは、と目をつけた指輪を手にとって目の高さに掲げる。
「瞳の色にそっくりだ」
「……そうですね」
メル様の瞳は淡い緑色をしている。黄色と緑を混ぜたような色だ。その石が嵌め込まれた指輪をアルザーク様が指にはめる。
「これももらおう」
メル様に贈るのではなく、自分用だな、と分かった。我が主は乙女なのだ。止めるわけにもいかない。メル様が気づいて主の気持ちの大きさにひかないといいけれど、と思ってからそんな方ではないと思ったことを否定した。
「ヴィーン様、衣装店も来ております」
小声で耳打ちされたそれに、アルザーク様にも耳打ちする。そうすると、時間を取らせるわけにはいかないと思ったのか、アルザーク様が二つ包んでおいてくれ、と言って宝石商を下がらせる。お抱えの衣装店の主人が入れ替わりに入ってきて、ドレスをバサバサと広げていく。
「布ではなくドレスをと言いつけられましたので」
「ああ、今から仕立てるとなるとどれくらいかかる」
「一週間ほどでしょうか」
「婚約式に着るドレスを仕立ててくれ。他のものももらおう」
衣装店の主人は軽く目を見張っただけで余計なことを何も言わずに仰せのままに、とだけ答えた。婚約式のドレスは本当に必要になるのかが不安だけれど、アルザーク様が仕立てると言うのを止めるわけにはいかないし、シェーヌ王国が反対したとしてもどうにか説得しようと心に誓った。主も同じなのだろうと思って、ドレスと布を見る。
「メル様の好みがあるのでは」
ボソリと呟くと、アルザーク様が慌てたようにドレスから遠ざかる。どうしよう、と言う瞳で見てくるのでうんん、と咳払いをして一歩前に進み出た。
「明日、一緒に布を選べば良いのではないでしょうか。メル様にはそのようにお伝えします」
「来てくれるだろうか」
「勝手に作ってしまうよりずっといいです」
そう言うとアルザーク様が頷いた。衣装店の主人に明日も来るように伝えて、何点かのドレスを選ぶ。
「明日、贈ったドレスの微調整もお願いします」
そう言うと衣装店の主人が大きく頷く。アルザーク様がソワソワと部屋の中を歩き回り始める。いろんなことを考えているのだろう。それを見て、明日うまくいくといいなあと本気で思った。




