意外と優しい
広いテーブルには白い布がかけられていて、いくつかの燭台が置かれていた。そこにアルザーク様はもうすでに座っていた。会釈をして使用人が引いてくれた椅子に座ると、アルザーク様との距離が近いことに気づく。普通はテーブルの端と端に座るんじゃないだろうかと思ったけれど、何も言えない。天井から吊るされているシャンデリアにもたくさんの蝋燭に火がついていて蝋燭が勿体無いから、と夕食を早めに取るようにしていたシェーヌとの違いに戸惑ってしまう。
テーブルにはお皿と銀食器が用意されていて、ナプキンを膝にかけると用意されていたお皿が下げられる。飾りだったのかと思うと、何のために?と疑問が湧いてくる。
使用人が持ってきて音も立てずに置かれた前菜は、ソースが模様のように描かれていて、思わずため息をつきそうになるのを堪えた。シェーヌでは一般家庭と同じように、大皿に盛った料理を家族で取り分けて食べていた。パンがひとつお皿に置かれたのを見て、きっと食べきったら追加がくるのだと思うとその贅沢さと、どれだけ食事に時間がかかるのかを考えて先の長さを憂いてしまう。
「午後は何をしていたんですか」
隣からそう話しかけられて、どうにか静かに動かそうとしていたフォークを握りしめる。食べながら答えるのは失礼だろう。そちらに向き直り、笑顔を作った。
「贈り物の整理をしていました。たくさんの贈り物をありがとうございました」
冗談ではなく贈り物の整理で半日が終わった。包装紙を剥がして、中に何が入っているかを確認するだけでも大変だった。私よりも大変だったのは侍女たちだ。装飾品は装飾品で、ドレスはドレスで、ぬいぐるみはぬいぐるみで分けてくれてその間に私に昼食を食べさせたり、お茶を飲ませたりしてくれた。ギルタ王国の侍女たちは本当に優秀で、せっせと働いてくれたおかげでどうにか全部が片付いた。私の部屋のクローゼットはドレスでいっぱいになったし、装飾品を入れる箱もいっぱいになった。
「気にいるものはありましたか」
アルザーク様の話し方が午前とは違うことに気づいた。午前中よりも滑らかに話している気がする。少しは交流を持とうとしてくれているのかもしれない。親が強く勧めてくる相手を邪険には扱えないからかもしれない。そう言われて話が終わったのではないかと思って、またお皿に向かう。使用人たちが見ている中で、失敗は許されない。そっと前菜の野菜を切り分けようと試みるけど、なかなか上手に切れてくれない。その上、普段よりも豪華なドレスの袖が気になって仕方ない。四苦八苦しているとお皿とナイフが擦れるギギギ、という嫌な音が鳴ってしまって顔から火が出そうになる。恥ずかしい。
「失礼」
フォークとナイフを止めた私を見て何を思ったのかアルザーク様が隣から身を乗り出してくる。何だろう、と思っていると食べやすいように小さく切り分けてくれているのだとわかった。
「シェーヌ王国の作法も知らずに、食事を決めてしまってすみません」
「いえ」
「どうぞ」
小さく切り分けられたそれに呆気に取られてしまう。使用人たちの前でそんなことをアルザーク様にさせてしまったことが恥ずかしいし、ついでに謝罪までさせてしまった。どうしたいいかわからずにアルザーク様を見ていると視線でどうぞ、と促される。前菜を口に運ぶと、野菜とソースがあいまって美味しい。思わず笑みがこぼれてしまう。
「口にあいますか」
「とっても美味しいです」
「良かった。よければシェーヌ王国のことを教えてください。夕食はどのように取られていたんですか」
「家族で、大皿からとって食べていました。お恥ずかしいのですが、その時間がとても好きで」
「ああ、それは、幸福な時間ですね」
そう言われて、アルザーク様のことを見ると馬鹿にしているような様子ではなかった。私を見つめる瞳が柔らかい。燭台の光のせいかもしれないけれど。優しい方なのだな、と唐突に理解した。
「明日からは大皿に料理を乗せましょう」
その言葉に甘えてしまいたくなった。シェーヌと同じようにご飯が食べられるならそれが一番良い。でも、ここは大国だ。ここで食事をするのならば、ここのマナーに従うべきだ。
「いえ、マナーを学びます。そのままにしてください」
「では、しばらくは困っていたら切り分けさせてください」
「そんなことしていただいて良いのでしょうか。あまりにも失礼では」
「ここには信用できる使用人と私しかいません。大丈夫です。それに何か力になれるのなら、これ以上嬉しいことはありません」
優しい言葉をかけられて、慣れていない言葉に照れてしまう。視線を下げてパンをちぎって口に運ぶと、ほのかに甘い。ふわふわしているものを口に入れたからか、緊張が少しだけほぐれたような気がした。
私が食べきった前菜のお皿が下げられて、次のお皿が出てくる。次はスープだった。切り分けなくていいことにほっとしているとそれが伝わったのかアルザーク様が微笑んだ。
「ゆっくり食べてください」
アルザーク様の言葉に、あたたかなスープに手を伸ばす。夕食は思っていたよりもずっと優しい時間になった。
アルザーク様の姿を見て思わず感動してしまう。良かった、普通に会話してる。そう拳を固く握りしめる。喜びを全身で表現したい気分だが、しっとりとした雰囲気を崩したくない。穏やかな空間にメル様も肩の力が抜けたように見える。
思えば今日は大変な一日だった。メル様はご存知ではないだろうが、本当にいつきてもらっても歓待する準備は整えていたはずだった。それが思ったよりも朝早く、王城は朝から大騒ぎになった。両陛下がアルザークの嫁に来てくれないか、と言っていたことも予想外だった。それはアルザーク本人が言わなければならないことだ。呆気に取られながらも帰ろうとするメルを王城に押し留めることに成功したのは幸運だった。この結婚がうまく行った場合、ギルタ王国はシェーヌ王国に頭が上がらないだろう。
「本当にこれで夕食に来てもらえるだろうか」
アルザーク様を励ましながら書いた夕食の誘いは、本当に率直な文面になった。女性に対して手紙を書いたことがないアルザーク様は便箋を何枚も無駄にした。不安そうにそう呟くアルザークをヴィーンは全力で励ました。大丈夫です、必ず来てもらえます。無責任だとは思ったが、二人の関係を進めるにはアルザーク様が頑張るしかないのだ。メル様には来ていただいて、滞在していただいている立場だ。何度も文面を書き直し、字が曲がっていると言っては書き直し、インクの滲みが気になると言っては書き直した手紙をメル様に持って行く時はとても緊張した。
「返事をもらってきてくれると嬉しい」
そういうアルザーク様に任せてください!と大見栄を切ったものの、夕食に来てくれるかは不安だった。何とか了承をいただいた時は本当に嬉しかった。アルザーク様に来てくれるそうですよ、と報告すると、アルザーク様は大変に嬉しそうな顔をした後、すぐに不安そうな表情をした。
「何を話せばいいだろうか」
そこからアルザーク様との二人きりの会話の特訓が始まった。いいお天気ですね、というアルザーク様に夜ですよ、と注意して、まずはぶっきらぼうな口調を直させた。アルザーク様はメルに会った時、極度に緊張していたらしかった。名乗る時に名前しか言わないなんて失態をアルザーク様が侵しているのを見たのは初めてだ。すぐに女性はぶっきらぼうな口調の男性が苦手なんですよ、怖いでしょう、とアルザーク様に言うと口調は直った。
「さすがアルザーク様」
小さく呟いた声は呟いた本人以外には聞こえなかっただろう。敬愛する主は何よりやさしい男だ。メル様が困っていることをすぐに察知して動くことができる。その優しさが何より大切だと思う。アルザーク様が切り分けてくださったことをメル様は呆気に取られて見ている。どうですか、大国の王に相応しい器でしょう、そして何より優しい男なんです、と心の中で思ってしまう。アルザーク様の恋が実ることを本当に願って、ヴィーンは二人を優しく見守った。




