返せるものはない
贈り物を開けましょう、と侍女に言われて手近にあった箱を手に取る。何段か積み上げられた一番上にあったそれは、手にとってみると意外と重たかった。ずっしりしている。何が入ってるんだろう、と思いながら包装を外すと、中に入っていたのは金で縁取りがされた木箱だった。なんだろう、と思いながら開いてみると、中から出てきたのはダイヤモンドのネックレスだ。
「綺麗」
首に巻きつけるところまでダイヤモンドがはめられている。こんなに高価そうなものシェーヌでは見たことがない。中央に飾られている石は一際大きく、明かりを受けてキラキラと輝いている。手にとってみてもずっしりと重たい。かなり高価に見えるそれに慄きながら木箱の中に戻す。
「メル様、こちらはドレスです」
侍女が広げて見せてくれる深緑のドレスは白いレースがあしらわれている。シェーヌ王国ではお母様でさえ着ているところを見たことがないような豪華なドレスだ。その豪華さに圧倒されてしまう。
「綺麗」
絞り出すようにそう言うと、侍女がそのドレスを洋服かけにかけながら、そうでございますね、と頷いてくれる。ギルタ王国とシェーヌでは何もかもが違いすぎる。ドレスひとつとっても、あの格好で外に畑仕事をしにいくわけにはいかないだろう。
お嫁さんになってほしいと言われたことを思い出して、やっぱり無理そうだと思う。それと一緒にこれだけの品を用意してくれた両陛下の気持ちを思うと苦しくなる。うーん、と悩んでいるとまた外から声がかかった。
「失礼します。ヴィーンでございます」
どうぞ!と言おうとしたところで侍女がかまいませんか、と尋ねてくれる。ギルタ王国では扉の開閉も侍女や使用人がしてくれる。シェーヌでは自分で開けて閉めるのが当たり前だったし、使用人たちの数もそれほど多くなかった。侍女に向かって頷くと扉を開けてくれてヴィーン様が入ってくる。ヴィーン様は急な訪問をお許しください、と頭を下げた後、真っ白な封筒の手紙を差し出された。
「こちらを。我が主からです」
その手紙を受け取ると、封をしている蝋はギルタ王国の紋章が使われている。
破らないように気をつけて封を開けて手紙を取り出すと、真っ白な便箋に夕食をご一緒したい、というお誘いが書いてあった。それを読んだあとヴィーン様をみると、にっこりと微笑まれる。会いたくないとは言い難いけれど、こんなにしてもらっておいて結婚はできません、とは言いづらくなってしまう。でもこんな大国に嫁ぐお金はない。花嫁の持参金で国民を圧迫するわけにはいかない。
「あの」
断りの言葉を口にしようとした時に、ヴィーン様の視線が机に動いた。そこにおいてあった木箱を見て、ヴィーン様が嬉しそうに口を開く。
「ああ、贈り物、開けてくださったのですね」
「……はい」
「気にいるものはありましたか。どれもアルザーク様がお選びになったものなんです」
そう言って微笑むヴィーン様に、手紙を握りしめる。いただいても何も返せない。私はやっぱり早く国に帰りたい。
「あの、私、いただけません」
ヴィーン様が虚を突かれたような顔をして、その顔から微笑みが失われる。思わず視線を逸らして、持っていた手紙をもっと強く握りしめてしまう。ギルタ王国に来てから断ってばかりだ。
「気にいるものがありませんでしたか」
「そうではありません。高価なものをいただいてもお返しができません。ご存知とは思いますが、シェーヌは小さな国です。私は何も持っていません」
勇気を出してそう言うと、ヴィーン様が私と視線を合わせるように屈んでくれる。膝を床について私の顔を覗き込んだヴィーン様は穏やかな表情をされていた。そして私のことを安心させるように微笑む。
「それならお気になさらないでください。非礼のお詫びだと受け取っていただきたいのです。我が主は返せなんて言いません」
非礼のお詫びとは差し出さなければ開戦、の封書のお詫びということだろう。それならあの首飾りひとつあれば事足りる。あれを売り払えば、次の不作の時の備えになるだろう。あの首飾りだけはいただいて帰ろう。そう決めてから、ヴィーン様の微笑みに背を押されて、ずっと考えていたことが口から出た。
「私を、アルザーク様の妻にと両陛下から言われました。それもできません。持参金の額はギルタ王国からすれば笑ってしまうほど少ないでしょう」
そう言うとヴィーン様がわかりやすく驚いた顔をした。ヴィーン様も両陛下のお考えは知らなかったのかもしれない。その後、ヴィーン様は少し考えられてから口を開いた。
「……私からお伝えできることは少ないのですが、どうかそのようなことは考えずに、我が主のことだけを見ていただけませんか。怖く見えますし、ぶっきらぼうに見えると思いますが、彼は誠実な男です」
ヴィーン様が立ち上がり、私の視線もつられて上がる。穏やかな微笑みをたたえたまま、ヴィーン様がその手紙は、と続けられる。
「我が主が一時間かけて書いたものです」
「なぜ」
「どうか、会ってやってください。非礼が過ぎてメル様に何かを頼むことも烏滸がましいほどですが」
「そんなことは」
そこまで言って小さく息をついた。ヴィーン様がおっしゃるように彼は怖く見えるだけで誠実な男性なのだろう。ヴィーン様が優しいように彼も優しいのかもしれない。でも、私にとても興味があるようには思えないし、ギルタ王国に利がある結婚とも思えない。
伺うようにヴィーン様を見ると、穏やかに微笑んだままだった。
「夕食をご一緒するとお伝えください」
「ありがとうございます。喜びます」
ヴィーン様がそう言ってそれでは、と退室する。侍女が紅茶を、と言って淹れてくれる様子を見ながら渡された手紙をもう一度開く。綺麗な文字は丁寧に書かれたことが伝わってくる。とりあえず夕食は遅刻しないようにしよう。




