一方こちら側
シェーヌ王国から、返事が届いたと聞いてそわそわする体を椅子に縛り付けておくのが精一杯だった。シェーヌ王国からの返答の封書は宰相が見ることになっている。なんて書いてるのかな、シェーヌ王国の姫は頷いてくれたんだろうか、ギルタ王国にとっては一大事だった。ギルタ王国の王位継承位第一位である、アルザーク・ギルレルタ王太子殿下は今年で二十になる。本当ならばとっくに結婚していていい年齢だ。子孫を残すこと、世継ぎを残すことを重要視する王族の間では十代で結婚し、世継ぎが生まれることが通例だった。それなのにアルザーク様ときたら婚約のこの字も出てこない。
魔力の量が全てを決めるといっても過言でないこの国で、今だかつてないほどの魔力量を持って生まれたのがアルザーク様だ。生まれた時は古龍の再来と呼ばれ、何があってもこの国は安泰だと国民が涙したとも言われた我が主は、それはもう国民の期待に応えた。
魔力を使って国土全土を守る結界を引き、戦争が起こりそうになると最前線に出て一撃で相手の国土に大穴を開け、敵国を震え上がらせた。そのおかげで戦争は起こっていない。国民が怪我をした、病気をしたと聞けば、行って治癒魔法をかけてやり、農作物が不作だと聞けば豊穣を願う祈りを捧げて、農村を救った。
顔はすこぶる怖かったが、いい男だと言う女性も多い。なのに、本人は色恋沙汰に全く興味がなく、この年になってしまった。
王も王妃も、今はいろんな生き方があるから、と言っていたが我慢できなくなって、最後に一度だけ、と開いたのが先月のお茶会だ。
このお茶会でお前がいいなって思う女性がいなかったら諦める、と陛下が半泣きになりながらアルザーク様に言っていたのを側近である自分は知っている。女性を集めて、その中から気に入った女性を選ぶなんて、前時代的で好きじゃないとアルザーク様が言っていたのも知っている。
最後は王妃陛下が、あなたにも隣に誰かがいる喜びがあればいいなと思うの、と言って説得し、開かれたお茶会で、陛下と王妃陛下は大当たりを引いた。
「挨拶から、もう他とは違っていたんだ」
お茶会が終わり、誰かいい人はいなかったか、と訊く二人にアルザーク様はポツリとそう言った。陛下と王妃陛下は諸手を挙げて喜び、自分も諸手を挙げて喜んだ。アルザーク様の息子や娘を可愛がるのが密かな夢だったし、アルザーク様には誰よりも幸せになって欲しいと心から願っていたのだ。
アルザーク様曰く、こちらを全く見ずに温室にある植物をずっと観察しているその姫に心を奪われたらしい。一目でこの人だとわかった、というアルザーク様の告白をうんうんと聞いていた陛下と王妃陛下だったが、そこではたと重大な事実に気づいた。
アルザーク様の言からして、その姫はアルザーク様に興味がないのではないか?と言う事実である。その事実にみんなが震えた。
二十年間、一切アルザーク様から恋の話を聞いたことがない。アルザーク様と結婚したがる女性も数多くいたが、当のアルザーク様は夜会に出ても、お茶会に出ても、無表情でそこにいるだけだ。この機を逸してしまったら、もう二度とアルザーク様が結婚すると言うことはないのではないか。
そうなると世継ぎが生まれない。アルザーク様の下に王女がいるが、これだけの魔力を持っているアルザークの世継ぎが生まれないのは国にとって損失になる。何より、アルザーク様の初恋を叶えてあげたい。何としてもシェーヌ王国の姫とアルザーク様の恋を成就させなければならない。
世継ぎの問題は大きな問題であるが、本人の性格からしても大ごとにするのは好ましくない。好ましくないので、アルザークと陛下と王妃陛下、そして宰相、そしてヴィーンの五人でシェーヌ王国への封書を考えることになった。
やはりここは率直に嫁に来ないか、と言うのがいいのではないか、いやそれは流石に前時代的すぎる、お友達から始めませんかと言うのが適切ではないか、それで断られたら先がないぞ、など口角泡を飛ばして五人で考えた結果、メル王女殿下を差し出さなければ開戦、と言うそれだけはないだろうと言う封書が完成した。
夜中に書いた恋文を朝読み返すと身悶えすると言うように、五人が練りにねって考えた文章とは言えないほど酷いものだった。これは流石にないなあ、とヴィーンが思っているとあろうことか宰相が封書を届けるように言い始めて、ヴィーンはその時初めて宰相に意見した。やめといた方がいいんじゃないですか、と。
そう言うと宰相は血走った目をして、こう言った。もうこれ以外に方法がないんだ、と。断られれば、そこで終わってしまう話なのだ。アルザーク様がシェーヌ王国の姫を見そめたように、相手もアルザーク様に対して少しでも好意を持っていればいい。けれど、アルザーク様の言からすると、相手はアルザーク様よりも植物に興味を持っていたようだ。もうその時点でうまくいく気がしない。
我が国は大国だ。それもアルザーク様が生まれてから、急速に力をつけた。周辺諸国では魔法の力は、年を経るごとに代を重ねるごとに弱まりつつある。その中で膨大な魔力を持って生まれたのがアルザーク様だ。周辺諸国にもアルザーク様の名は有名だけれど、シェーヌ王国はギルタ王国から遠い場所にある。
アルザーク様の名前など、先月初めて聞いたくらいだろうし、お茶会に参加したのも大国に失礼がないように、と言う配慮からだろう。
シェーヌ王国の名前を聞いたことがあるなあ、くらいに思っていたが、アルザーク様の花嫁になると思ったら話は別だった。すぐにシェーヌ王国について調べ上げた。
農耕を主な産業とするその国はのどかで戦争とは無縁のとても小さな国だ。小さな国すぎて、すぐにどこかの国に攻められて領土とされそうだが、外交が上手いのだろう。王族と国民の距離がとても近く、王は側室を持たない。現在の王には息子が二人、そして娘が一人。
この娘がアルザーク様の見そめた相手だ。
大国でも今のギルタ王国と戦争をすることは避ける。小国なら言わずもがなだ。けれど、それって来てくれたとしても第一印象最悪なのでは、と思っている間に、封書はその名の通り厳重な封がされて、誠意を見せるために、と言う名のもの、転移魔法を使わずに、第一騎士団の騎士団長に預けられた。
第一騎士団の騎士団長は、滅多に呼ばれない自分が呼ばれたことに、すわ戦争か、と気色ばんだ様子を見せたが、封書をシェーヌ王国に届けて欲しい、と言われると面食らった顔をした。
「何よりも大切な封書だ。決してシェーヌ王国に非礼がないように努めよ。しかし返事は一刻も早くもらってこい」
いつになく険しい顔をした王にそう言われて、第一騎士団長のフォルルは綺麗な敬礼で応えた。中身は何かわからないが、自分たちがいかなければいけないのなら、重要な内容であることは察したらしかった。王の言葉を聞きながら、非礼がないようにって言ってるけど、内容が非礼すぎるんだよな、と思っていた。戦争を窺わせる内容は、シェーヌ王国に悪印象しか与えないだろう。
そうして第一騎士団の精鋭三名がシェーヌ王国に向かった。失敗したことに気づいたのは、第一騎士団のその三名が出立して大分経ってからだ。先ぶれを出すのを忘れた!と宰相が顔を青くして王に報告しているのを聞いて、ヴィーンは絶対この結婚はうまくいかないだろうなと思った。
いきなり来た筋骨隆々の使者、その使者から受け取った封書には王女殿下を渡さなければ開戦、と書いてある。シェーヌ王国の王と王妃の心労はいかんばかりか。
この件について当のアルザーク様はと言うと、乙女ばりに恥ずかしがった。それはそうだ。アルザーク様、二十歳にして初恋である。封書の内容にしても、どう書けばいいのかわからない、と戸惑うばかりで何の役にも立たなかった。ただ、それに関しては仕方のないことだと思っていた。アルザーク様が七歳になったばかりの頃から、アルザーク様に仕えている。年が近い方が何かと都合がいいだろうと言う王と王妃の考えで、自分はその頃まだ十歳だった。
七歳になったばかりのアルザーク様を見て、弟ができたような気持ちになったのを覚えている。ただ、アルザーク様は七歳とは思えなかった。家庭教師が舌を巻くほど勉強熱心で、将来は国を守れるようになりたい、とフォルルに頼んで稽古をつけてもらっていた。少しばかり暇があれば、魔法の訓練をして、宰相や王や王妃に今の国の問題は何なのか、国民は何を求めているのかといった問いを投げかけていた。
自分なんかそれを後から追いかけるばかりで、本当に何の役にも立たなかったが、アルザーク様はよくそばにいてくれてありがとう、ヴィーンのおかげで、俺は安心して勉強や稽古に打ち込める、と労ってくれた。
そこまでになるともう恐ろしかった。十歳を迎える頃にはアルザーク様は自分の魔力は、国のため、国民のためにあると考え始めて祈りを捧げるようになった。十三歳になったヴィーンはそれを見よう見まねで真似することしかできなかった。
そのうちにアルザーク様は国で災害が起これば、すぐに駆けつけるようになった。十五歳を迎えた時、国全土を守る結界をはった。第一騎士団長と手合わせをして、五分五分にまでもっていけるようにもなり、勉強熱心には拍車がかかった。そんなアルザーク様に家臣たちが畏敬の念を抱くまでそう時間は掛からなかった。周辺諸国の王子の話を聞くと、力もないのに偉そうにふんぞりかえり、贅沢のかぎりを尽くすような者も少なくない。それと比べてうちの王子の何と立派なことか、と家臣たちは鼻の穴を膨らませた。
アルザーク様は贅沢も嫌った。自分は働いていないのに、毎日食事をとれる、それだけで特権だとは思わないか?と問われた時、誰よりも働いてるけどなあと思うだけで、沈黙を守った。
伝説に聞く聖女よりも聖女らしいアルザーク様に欠点など今までなかった。その怖い顔と筋骨隆々の肉体からは想像できないほど、優しく賢い。そんな完璧な超人にも、苦手なことがあったのだ。
物思いに耽りながら、シェーヌ王国からの返事を気にしていると、コンコンと控えめにノックがされた。書類に目を通していたアルザーク様が顔をあげて、入れ、と低い声で答える。
ずっと物思いに耽っていたが、今は仕事中だ。執務室には二人しかいない。理由は明白だ。自分の補佐をする人間はそんなに多くなくていい。その分他に回せばいいのだ、という考えからだった。自分はアルザーク様よりも頭が切れないので、補佐をできているかも怪しいが、アルザーク様は叱りつけたこともない。
「両陛下がお呼びです」
使用人がそう頭を下げると、アルザーク様は書類を置いてふん、と鼻を鳴らした。強面の顔面から誤解をされやすいが、別に怒っているわけでも不満があるわけでもなく、緊張しているだけだ。シェーヌ王国から封書が届いたと聞いて、そわそわしていたのはアルザーク様も同じなのだろう。
「すぐに行く。ご苦労」
アルザーク様がそう言ったので、いそいそと席を立つ。王子の執務室に従者の机と椅子があるなんて聞いたことがないが、アルザーク様は当然のように用意してくれた。立っているのが仕事ではないだろう、と言われた時、自分は本当に恵まれていると感じた。
扉をさっと開けて、アルザーク様の後ろに付き従う。この恋に関して自分からアルザーク様に話を振ったことはない。自分の主の初恋だ。揶揄うようなことだけはしたくなかった。
王陛下の執務室につくと、さっと扉が開かれた。もうすでに王妃陛下や宰相は席についていて、人払いがされた後だった。この時、短時間だけれど開戦しますという返事じゃないことを祈った。
「アル、返事が来た」
席についてすぐに王陛下がそう言って、封書をこちらに差し出す。アルザーク様が受け取って、文章を読み、そして眉間に皺を寄せた。
「先日の非礼をお詫び申し上げます?」
「先日のお茶会で、何か非礼があったから、王女殿下を差し出せと言われたと思ったようです。ですが、その後に、直接お詫びにくると書いております。これはチャンスです」
宰相がアルザーク様に笑顔を向ける。それ、こっちに来てもらった後、なんて説明するつもりなんだろう、と思ったけれど言わなかった。アルザーク様本人はソワソワと落ち着かない様子だ。大丈夫ですよ、すぐ来るわけじゃありませんからね、と言おうとして、みんなソワソワしていることに気づいた。
「ねえ、あなた、そうよ。女の子ですもの。たくさんのドレスと宝石がいるわ」
「ありったけ持って来させよう。アルザークからの贈り物ということで、部屋を埋めるほど積み上げよう」
「女の子といえばぬいぐるみですか」
「ぬいぐるみも用意させろ」
「あとは紅茶と焼き菓子と」
「城の中も飾り付けさせろ。何色がお好きなんだろうか」
女の子と言ってもシェーヌ王国のお姫様は民と一緒に農具を振るうらしいですよ、と言おうとして、勢いに飲まれていえなかった。宝石もドレスもそんなに喜ぶタイプなんだろうか。それよりもアルザーク様の挨拶の方が大切な気がするし、今からでも遅くはないから、落ち度があったわけではなくて、嫁に来て欲しいんですと言った方がいい気がする。宰相が女の子の好きなものは得意ではないですからなあ、と言えば王妃様が私が一覧を作りますわ、宰相、それで用意を、と言った。すぐに取り掛かるように使用人たちに指示をしなければ、と言う宰相の隣で、アルザーク様は天を見上げている。大丈夫なんだろうか。
「あの」
「なんだ」
「女の子ですし、侍女の選定もいるのでは」
いつになく険しい顔の王陛下に睨まれて言えたのはそれだけだった。それもそうだな、よく気づいたと王陛下に褒められ、アルザーク様がこちらを向いて強く頷いてくれる。それよりも大事なことを言おうとして言えなかった。とりあえず、シェーヌ王国の王女殿下が来たら、すぐに挨拶して誤解を解くところから始めよう、と思った。




