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結末は優しく

地下牢に拘束されているなんて思っても見なかった。というか地下牢って本当に存在するんだ、と思ってからその薄暗さに怖くなってドレスの裾を握りしめる。暗い場所は得意ではない。人はみんなそうだろう、と思っていたのに前を歩くアルザーク様は魔法で炎を生み出してそれに当たりを照らさせながら着実に歩を進めている。一緒に聞きたいと言ったのだから、こんなところで怖気付いていると思われたくない。


「メル、手を」


そう思っているのに、そう言って手を差しださ荒れると縋るように手を繋いでしまう。私が怖がっていることがバレたのだろうか。それにしてもまだ罪が決まったわけではないのに、こんな場所に拘束されるなんて、王族に対する殺人は未遂でも大罪とわかっていても恐ろしい。牢の前には護衛が立っていて、アルザーク様を見ると静かに下がった。牢の中にいる侍女は私が知っている侍女で、思わずアルザーク様の手を離して駆け寄ってしまう。中にいる侍女は衰弱しているように見えた。


「メル」


私がしゃがみ込もうとするとそれを止められる。アルザーク様に立ち上がらされて、背の後ろに庇われる。そんなことをしてもらわなくても大丈夫なのに、と思うけれど、大人しく従うことにした。


「メルの紅茶に毒を盛ったのはお前だな」


その言い方に驚いてアルザーク様を見ると、アルザーク様の横顔は炎に照らされてもなお冷たく見えた。どうして、と思って侍女を見ると唇を噛み締めているのがわかる。衝撃だった。彼女が私に本当に毒を盛ったのか。でもなぜ。好機ならもっとあったはず。


「孤児院から公爵家の使用人、そして王城へ。お前の調べはついている」


「証拠でもあるのでしょうか」


静かに口を開いた侍女はそう言った。そうだ、証拠。証拠がなければ誰も信じないだろう。


「お前のつけていた指輪に仕掛けがあることがわかった。その中に粉薬を仕込んでいたことも調べがついている」

「そうですか」


侍女は悔しそうでもなんでもなかった。ただ、アルザーク様を睨みつけるように見るのをやめて、下を向いている。どうして、と問いたいのを我慢した。彼女は誠心誠意仕えてくれていると思っていた。


「メル様、申し訳ございませんでした」


侍女からでた謝罪の言葉に、何も返すことができない。謝罪を受け取ろうが受け取るまいが、そこまで調べがついているのなら斬首刑になるだろう。そこまで考えて、思わず牢の前にしゃがみ込んだ。


「本当に毒だったの?」


「え」


「本当に毒だったの?違うはずよ。だって私は三日間眠っていただけ。体が痺れたりもしなかった。毒ならそういったことがあるはずよ。あれは毒ではないわ」


そう言い切ると侍女が驚いたような顔をした。私も自分で言っていて、そうよ、と頷く。過去に一度だけ間違って舐めたことのある植物の毒は、少しだけでも舌がピリピリした。今回の薬は飲んだけれど、何も起こっていない。あれは毒ではない。


「メル」


「アルザーク様、彼女が薬を盛ったことは事実でしょう。ですが、毒とまでは言えません」


「どうして庇うのですか」


アルザーク様にそういうと、侍女が静かにそう尋ねてくる。私だって私を殺そうとしていたのならここまで庇えない。でも彼女は確かに私のために動いてくれていた。殺そうと本気で思っていたのなら、もっと別の方法があったはずだ。


「あなたが私を殺そうと思うなら、もっと別の方法があったし、もっと別の機会があったはずよ。アメリア様が来ていた時ではなくて」


そこで何かの違和感を覚えた。どうしてわざわざアメリア様がきていた時に、私に薬を盛ったのだろう。まるでアメリア様に見せつけるみたいに。


「アメリア様を狙ったの?」


「…」


「ウルザート家で働いていたそうだな。その時に同じ孤児院から来た侍女が暇を言い渡されている」


その言葉に侍女がぴくりと反応した。この短時間でそんなところまで調べをつけたのだと思うと、アルザーク様に嘘はつけないと思った。侍女の表情は変わらない。


「暇を出された理由は」


「主人と関係を持ったから。そんな嘘をアルザーク様は信用なさるのですか」


侍女が顔を上げる。アルザーク様を睨みつけているその表情に事情があるのだとすぐわかった。あの私が行ってみたいと思った孤児院の出身なのかもしれない。ウルザート家から王城の使用人になると言うことははたらきが良かったのだろう。ウルザート家から紹介してもいいと思われるくらいに。確かに彼女は優秀な侍女だった。


「ウルザート公爵夫人の勘違いでした。それなのに、リリアは暇を出されました。退職金ももらえなかったどころか、誰も王都では彼女を雇おうとしなかった」


「…」


「リリアが行方知れずになったのは、ウルザート家のせいです」


だから、アメリア様を狙ったのか。納得のいく理由だ。それでも私のお茶に薬を入れるなんて、大それたことをした。せめて婚約式が終わる前だったら良かったのに。そうすれば、私はまだ王族ではなく客人だった。婚約式が終わってしまったから、私の扱いは王族と同じになる。


「アメリア様を殺そうとしたの?」


「殺そうなんて思っていません。少しでも痛い目に合わせたかった。それがこんなことになるなんて」


侍女がそう言って唇を噛み締める。それから振り切るように首を振る。本当に殺そうなんて思ってなかったのかも知れない。


「何より腹が立ったのは。アメリア様がリリアのことを信じなかったことです」


「…」


「あんなに毎日一緒にいたのに、彼女はリリアの言うことを聞こうともしなかった。だからいいきみだと思いました。好きだった方に全く振り向いてもらえない彼女を見て笑いました。薬は下剤だと聞いたので入れました。メル様には本当に申し訳ないことをしました」


そう言って首を垂れる侍女に立ち上がる。とりあえず、自宅に軟禁されているアメリア様を解放して差し上げなければいけない。でも事情の説明をウルザート家は求めるだろう。なんだかそれって面白くない。元々はウルザート家の勘違いから一人の侍女が不幸になっていて、その侍女を大切に思っていた侍女も不幸になってしまっている。それがウルザート家はとんだ勘違いだと王家を批判さえするかも知れない。うーん、と首を捻る。


「下剤を入れただけで斬首刑にはできません」


「メル」


「アルザーク様もそうお思いでしょう?ウルザート家にはアメリア様を狙ってのことだったと事情を説明して、斬首刑に処すことにしたことにしましょう。それで減刑を願いもしないなら、それだけの家だということです」


「メル様」


嗜めるように名前を呼ばれる。でも、やっぱり納得がいかなかった。王族と庶民の命の価値が違うなんて理解している。小国のシェーヌでさえ、そういうことはあった。でも、彼女には事情があって、そして反省もしている。


「だって、だって嫌なんです。どうして下剤を入れただけで斬首刑なんですか?私はピンピンしているのに?この子はもう姉妹同然の女性を一人失っているのに?」


「メル、だが罰は受けなければならない」


静かにアルザーク様がそう言って、私は目に涙が滲んでいるのに気がついた。この国に来て今までで一番激しい感情かもしれない。こんなのおかしい、という自分の声が頭の中で鳴り響いてうるさいくらいだ。


「じゃあ、私の毒味役にします」


「メル」


「どうせ斬首刑になるのなら、毒で死ぬのも一緒です。彼女がいいならそうします。それでどうですか」


アルザーク様にどんなに言い募っても、犯人が捕まったのだからいいだろうと言っても毒味役はつけるように言われるだろう。それなら斬首刑になるこの侍女をその役にしてもいいはずだ。


「それでもいい?」


「信じてくださるのですか」


「信じるも何も私はピンピンしているもの」


そう言うと侍女が微笑んでくれる。私もそれに微笑み返した。アルザーク様がため息をつくのが聞こえる。


「同じことがもう一度あれば、メルについている侍女全員の首を刎ねる」


アルザーク様から聞こえた言葉に、思わず背筋が伸びた。決して脅して言っているわけではないとわかる言葉に、この国の君主になる方なのだと思い知らされる。侍女に対して言っている言葉だけれど、私に対して言っているも同然だった。それくらい気をつけなければいけないと言うことだ。


「アルザーク様」


「両陛下には私から話しましょう。納得できますか?」


そう言われて思わずその体に抱きついた。怖かったけれど、私の意図を汲んでくれた。それが嬉しくてしたことだったけれど、アルザーク様は私が勢いをつけて飛びついても揺れもしなかった。その代わり、私の背中にそっと手を回してくれた。


「メル、あなたに何かあれば正気ではいられない。それだけ覚えていてください」


そう言われて抱きついたまま頷くと、アルザーク様が深いため息をついた。それを見てヴィーン様が侍女を牢から出しますね、と声をかけて離れてくれる。リュナも着替えと軽食を用意してまいります、と言ってその場から離れてくれた。アルザーク様から離れると手を引いてくれる。


「侍女の処分はウルザート公爵が減刑を申し出たことにしましょう。だからもうしばらくは彼女にはあそこにいてもらいます」


「はい」


「ウルザート家が減刑を申し出るように私が話をしましょう」


「ありがとうございます」


「毒味役の少女はどうしますか」


「そのまま侍女に」


「それなら一度、私と話してから遣わせましょう」


ゆっくりと歩いてくれるから、そんなに怖くはない。けれどアルザーク様の表情が見えない。呆れているだろうか、と思ってからまあ、呆れられてもアルザーク様は婚約式を終えてしまったから私と結婚するしかないし、と思い直す。とんだじゃじゃ馬と結婚することになってしまったと思っているかもしれない。


「メル」


地下牢から地上に上がる階段の前でアルザーク様が立ち止まって振り返る。繋いでいた手が離されて、腰に手が回ってぐっと引き寄せられる。バランスを崩したことに驚いて、わ、と小さな声が出た。アルザーク様の顔が近づいてきて口付けられる。その口付けはやっぱり角度を変えて何度も行われた。ついていくのが一杯一杯で、アルザーク様が何を考えているのか推し量る余裕もない。ただ、おそらく好いてくれているのだろうな、と思った。だから、私も首に腕を回す。キスは私の息が苦しくなるまで続いた。


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