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開幕

封書が届いたのは急だった。私はその日、城下の村の畑の手伝いをしていた。最近は、畑をするのも大変でねえ、と言うお婆ちゃんに、それじゃあ城の人何人か連れて手伝いに来るよ、と言っていたから、なんの考えもなく畑仕事をしていた。お婆ちゃんが作っている畑はよく耕されていて、土も栄養をたっぷり含んでいて、お婆ちゃんにいい土だねえ、とか言って汗を流していた。

そしたら、宰相が向こうから走ってくるのが見えた。私はその走り方をみて、やっぱり普段畑や田に出た方がいいと思った。それを言ってあげようとしたところで、宰相の顔が真っ青なことに気がついた。


「顔、真っ青だけど」

「姫様!今すぐ王城にお戻りください!」

「だめだよ、まだ畑終わってないし、中途半端にしたら逆に迷惑だから」

「畑は城のものを遣わせます。お早く!」


至近距離で声を荒げる宰相に、この宰相がこんなに声を荒げるところはあんまり見たことがないな、と思った。しょうがないから、結んでいた髪を解いて、お婆ちゃんに挨拶をして、宰相に連れられて王城に戻った。王城に戻りながら、宰相に何かあったのか訊いてみても、私の口からはとても、と言われて何も教えてもらえなかった。何も教えてくれないのに、私が城に戻る意味はあるのか、と思いながら戻ると王城はなんだかいつもよりざわざわとしていた。

大広間の扉の前を守っている護衛に目配せをして何かあったのか訊いてみても、その護衛も肩をすくめるだけだった。


「メル王女のおつきです!」


宰相が大声を張り上げて、扉が厳かに開かれた。これも一応王族の権威を守るため、とかいう理由でやっているのを知っている。大広間に通されるのは珍しいな、と思っていると大広間に見慣れない人がいるのに気づく。これは、これはお客様だったのか、と慌てて膝をできる限り優雅に曲げた。

それに慌てたように礼をする人の服を見ると、先月、お茶会が開かれたギルタ王国のものだとわかる。魔法を使うかの国は、その魔法の力を底上げするために、美しい刺繍を入れた服を纏う。ギルタ王国独自のその刺繍はとても美しく、ギルタ王国でも限られた者しか刺繍ができない、と言う話を先月聞いた。お茶会で。


「メル」


大広間の扉の真正面に椅子を構えているお父様の顔がいつになく厳しい。そのとなりに座っているお母様もどことなく不安げだ。二人がこんな顔をしていたのは、記憶にある限りだと、七年前の不作が続いた時だけだ。


「お父様、何か」


あったのですか、と続ける前に、お母様の身体が動いた。まるで縋り付くように私の両手を取ったと思うと、その両手に顔を寄せる。


「絶対にギルタ王国になんて行かせないわ」


静かにつぶやかれた言葉に、私ははっと息を飲んだ。ギルタ王国からの遣いは決していいものではなかったとわかったからだ。お父様が差し出した封書を、お母様の手を解いて両手で受け取る。そこにある文章は、礼儀正しい挨拶から始まったとは思えないほど、要求のみだった。


「これは」


こんな失礼な封書が存在するのかと目を疑ってしまったと同時に、こんな失礼な封書を受け取らなければいけないほど、私は先月のお茶会でやらかしたのかと思うとめまいがした。


『メル王女を、ギルタ王国に差し出せ。さもなければ開戦する』


至極丁寧に書かれてはいるけど、結局のところそういう内容だった。我が国とギルタ王国が開戦すれば、我が国はどうなるんだろう。シェーヌ王国は小さな国だ。人と人が助け合って暮らしている。

城下の村の畑を手伝うことだって、王城の者に抵抗はない。貴族制度は存在せず、王族が全ての政治を任されている。言うなれば、それくらい小さい国だと言うことだ。大半の人が農業を営んで暮らしている。それでも周辺国から攻められずにやってこられたのは、周辺国との同盟と世界最強と言われるギルタ王国との同盟を結んでいるからだ。

それがここにきていきなりの開戦。気が遠のきそうになる。


「心当たりはあるか?」


お父様にそう問われて、首を振るのがやっとだった。先月のお茶会は、お茶会とは名目ばかりだった。そんなこと、集められた姫全員がわかっていた。ギルタ王国が半年前に各国に招待状を出して開かれたのが今回のお茶会だ。各国といっても結婚できる年齢の姫がいる国にだけだ。

そのあからさまな招待状に、それでも我が国も参上しないわけにはいかなかった。それだけ力のある国だからだ。ギルタ王国も我が国の姫、つまり私になんか興味はないだろうと思ったけれど、それでも一応形式だけは整えなければ、とはじめて見る魔法陣に死ぬのではないかと思いながら、ギルタ王国に参上した。

お茶会はつつがなく行われて、ギルタ王国の王子は、さして興味もなさそうに私たちの顔を見ていた。そして何も喋らなかった。お茶会では何もしていないと思うし、粗相もなかったと思う。このような封書を受け取る謂れはない。


「そうか、それでは遣いの方、返事を出すのに一週間ほどもらいたい」

「我が国の王は一刻も早い返事を望んでおられます」

「そうはいっても、こちらも都合というものがある」


そう言うとお父様は話は済んだ、というように椅子を立ち、マントの裾を翻した。私はお母様の手を取って、急いでその後についていく。大広間を出る前に、遣いの人を見ると、困ったように立ち尽くしていた。

廊下を歩きながら、どうしてこんな封書を受け取ったのか考えてみる。紅茶の飲み方が不快だったとか、クッキーやケーキの食べ方がなってなかったとか、そんな理由であんな封書をもらうわけがない。そうなるとやっぱり、あのことだろう。

先月のお茶会で、帰りのとき、やっぱりおっかなびっくりで魔法陣への歩がなかなか進まなかった。他の姫君の先を譲って、少し庭園でも見せてもらおうとぶらぶらしていたら、小さな女の子が庭の隅で泣いていた。小さな女の子が泣いているのを、そのまま見過ごすのもしのびなくて、そっと声をかけたのだ。

その女の子がしゃくりあげながら話してくれたことには、自分が出した火がうまく制御できず、消そうとして指で触ってしまい指先がヒリヒリするのだと言っていた。火はなんとか消したんだけど、お指が痛いの、そう言う女の子が可愛くて、可哀想で、持っていた薬草をこれが効くから、と指に貼り付けた。

その女の子は、しばらくすると泣き止み、痛く無くなってきた、と笑った。安心しているとお姉ちゃんありがとう、ばいばいと言って王城の中へ入って行った。

今思い出しても、なんら自分の落ち度が見当たらない。むしろいいことをした満足感さえ、あの時はあった。

思い出していると大広間から普段お父様とお母様が過ごしている小さな部屋にたどり着く。この部屋だけは家族以外出入りができないようになっている。扉が騎士によって開かれて、中に入ったお父様は扉が閉まると同時に崩れ落ちた。


「どうしよう」


床に手をつくお父様の手を取って、なんとか椅子に座らせる。お父様の顔はさっき見た宰相の顔より青かった。その顔を見た時点で、覚悟は決まった。お母様がお父様の隣に座って、飲み物を差し出す。


「大丈夫、大丈夫よ」


そう言うお母様の声も震えていた。その二人を見ると、頭がすごくスッキリした。私がギルタ王国に行けば、とりあえず開戦は避けられる。殺されるのだろうか、と考える。殺されるかもしれないな、と冷静に判断できた。けど、殺されないかもしれない。行って申し訳ありませんでした、と謝ればどうにかなるかもしれない。

一応、私だって姫だ。姫を殺すのにはそれなりの理由がいるはずだ。申し訳なかったと誠心誠意謝れば、大国の気も済むだろう。とりあえず、そんな感じで遣いの人には返事を書こう。


「お父様、私とりあえずギルタ王国へ行こうと思います」


そう言うとお父様は項垂れていた頭をすぐにあげて、大きく首を振った。


「何を言うんだ!メルを差し出すくらいなら開戦する!」

「勝ち目がありません。周辺の国が援助してくれるかも怪しいです」

「だめよ。絶対に行かせないわ」


そう言ってお母様は下を向く。お母様は一度決めたら曲げないところがあるからな、と思って、そしてなんだかちょっと笑えてしまった。差し出さなければ開戦する、と言われて、すぐにはい差し出します、という二人じゃなくて私は幸せ者だと感じたから。


「とりあえず行ってわけを聞いてきます。必要なら謝罪を。返事を書きましょう」


そう言ってもお父様の腰は上がらない。ふと時計を見ると、午後のティータイムの時間だった。


「お父様、お母様、とりあえずお茶にしましょう。まずはお腹を満たさなくては」


そう言うと、お父様とお母様はノロノロと動き出す。ノロノロと動く2人を追い立てるように後ろから早く歩けと促すと、次第に2人の背筋が伸びてくる。扉を開く時には、二人とも王と王妃に戻っていた。よかったよかったと胸を撫で下ろして、いつも朝食をとる食堂に移動する。食堂と言っても、私たちとそれに私の弟二人専用の場所であるために、そんなに広くはない。

食堂へと歩を進めていると廊下であった執事に、宰相を食堂へと声をかけた。食堂でお菓子でも食べながら、返事を書けば、そう悪いふうにはならないだろうと言う気がした。

そういえば、ギルタ王国のお茶会の場所は、大変に広かったし、日の光が燦々と入ってきていて美しかったな、と思った。王城に緑が多いのも嬉しかった。そのどれもが丁寧に手入れをされていて、手間をかけられているのだろうと思えた。

食堂についてそれぞれの定位置に座るとお茶が運ばれてくる。みんなまだ大広間であったことを知らないのか、表情も穏やかだ。


「今日の焼き菓子の焼き上がりは上々だと思います。メル様にも楽しんでいただけますよ」

「嬉しい。ありがとう」


調理場から顔を出した料理長のオルダがそう言って、ニコニコと笑う。その顔を見ると安心してしまう。一口紅茶を飲むと、体が冷えていたのがわかった。血の気が引く、とはこのことだ。お父様もお母様も紅茶を飲むとそのことに気づいたのか、少し表情が緩んだ。


「失礼します」


入ってきた宰相に席を薦めると、素直にそこに座った。円状になっているテーブルを四人で囲むと、変な感じがした。宰相はここには今まで座ったことがない。宰相にも同じ紅茶が運ばれてきて、その後に、焼き菓子や軽食を載せた大きなお皿が中央に置かれた。私は早速サンドイッチに手を伸ばして、掴んで口に入れた。野菜のシャキシャキとした味わいがいい。宰相がテーブルに料理が置かれたのを見て、私たちだけにしてくれ、と周囲に声をかけた。使用人たちが一斉に部屋の外に出ていくのを見計らって、宰相が口を開く。


「返事のことなのですが、考えましたが、やはり理由をお聞きになるのが良いかと。要求を飲むのは無理ですし、開戦も我が国の状況を考えればいただけません。どちらも避けるために、まずは交渉かと。ギルタ王国もこのような無礼な封書を送ってくると言うことは何か理由あってのことでしょうし、私が直接ギルタ王国に行って話を聞いてもいいと思っています。ええ、それこそメル様を差し出すなんてもってのほか。我が国の王女をギルタ王国にハイハイと差し出したとなれば国民の感情も制御できません。メル様は城下の者とも積極的に関わり、メル様を慕っている護衛の騎士も多いのです。我が国の王女を差し出すなんて、本当にもってのほか。ギルタ王国も何を考えているのやら」


宰相はそう一気に捲し立てると、失礼、と言ってサンドイッチに手を伸ばした。大きな一口でサンドイッチを口に頬張ると、むっしゃむっしゃと咀嚼する。その様子から、ギルタ王国に怒っていることがわかって、私はまた少し嬉しくなった。王女は外交の道具にされることが多い。より強い国と、より自国に利益がある国に嫁ぎ、自国に利益をもたらすのが役目だとわかっている。その私を、こんなふうに思ってくれている人がいると思うとじんとした。


「そのことなんだけど、私、一度ギルタに行くことにする」


その言葉に、二つ目のサンドイッチを口に頬張った宰相が大いにむせた。失礼、と言いながら紅茶を飲んで喉を落ち着かせた宰相が捲し立てる前に説得しなくては、と口を開く。


「返事は王女をそちらに伺わせます、必要なら謝罪をしますが、必ず帰してくださいと書いて。一国の姫を処刑するにはそれなりの手続きと理由が必要でしょ。すぐに殺せはしない。開戦は困るの。私はこの国と国民を守る義務があるもの。私に非があるのなら、私が行って謝る。それに宰相が行って帰ることができなかったら、国が困る」

「危なすぎます」

「承知の上よ。それでも私が殺された時は、周辺国も同情してくれるかもしれない」

「そんなこと」

「けど、簡単に殺されはしない。気に障ったことを謝罪して、帰ってくる。絶対よ」


お父様とお母様がものすごく口に合わない料理を食べた時のような顔をしていて、宰相が目を見開いたまま固まっている。宰相と目を合わせて、必死に頼み込んだ。お父様とお母様は賛成しないに決まっている。宰相が頼みの綱だ。宰相が賛成してくれれば、お父様とお母様も賛成するしかない。この国一番の頭脳が、その方法が最適だと感じたのなら、お父様もお母様も納得してくれる。お父様もお母様も何も言わないと言うことは、宰相の判断を待っているのだ。それしかないのか、と考えながら。けど、私がいなくなるよりも宰相がいなくなる方が困る。本当にこの国一番の頭脳の持ち主の宰相は7年前の不作も、その頭脳をもって切り抜けて見せた。本当に開戦したら、宰相がいないとすぐにやられてしまうだろう。

私が一番、ギルタ王国に赴くのに適任だ。

何も言わずに固まっている宰相をじっと見つめていると宰相の瞳が揺れて、ふう、と大きなため息をついた。


「思い切りの良さは変わりませんね」

「それしかないもの」

「・・・わかりました。返事を用意しましょう」


宰相がそう言うと、お父様とお母様の顔が上がる。二人とも何か言おうと口を開いて、そして閉じた。最善策だとわかってくれたらしい。宰相は、私のことを見て、ため息をつく。


「どうなるかわかりませんよ」

「いい。私、どうにか帰ってくるから」


心配してくれているのは重々わかっている。それでもここは引けない。宰相は返事を準備します、というと食堂から出て行った。入れ替わりに使用人たちが入ってくる。執事長に飲み物を、と言うとすぐに温かい飲み物が運ばれてきた。その紅茶を飲むと、私も少し落ち着いた。ギルタ王国にいく準備をしなくては、とお母様とお父様に失礼します、と言うとなんの返事も返ってこなかった。何か考え事をしているらしいので、そっと食堂を抜ける。さて、ギルタ王国には何がいるかな、と考えて、とりあえずお金になりそうなものは持って行かないことにしよう、と思った。


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