第六夜 圧縮
翌日から工場が休みに入り、俺たちは「合宿」と称して連日夜の訓練に打ち込んだ。外は冷え込み、街は静まり返っている。室内に差し込む月明かりだけが、二人の影を淡く映し出していた。
初日はぎこちなく、細かな動作はほとんどできず失敗ばかり繰り返していたが、二日目に文字を書けるようになり、三日目にコップに水を灌ぐ練習と繰り返すうちに、身体は状況を覚え始めた。
手の震えはほとんど収まり、文字もコップも以前より正確で滑らかに扱える。
たとえ失敗して手足が痙攣しても、茉奈そばで呼吸が整うように寄り添いそっと髪を撫でると、黒髪一本一本が月明かりに光り、その柔らかさが心をさらに落ち着かせる。
四日目の夜、変化は突然訪れた。
風の揺れ、壁に反響する微かな物音、遠くの足音――すべてが鮮明に捉えられる。
視覚も同様で、街灯や室内の小さな動きまで明瞭に把握できた。時間は圧縮され、落ちかけたペンの一回転すら空中でゆっくり見え落ちきる前に拾うことができる。
手を伸ばせばコップは完璧に掴め、机のペンも力みなく取れる。重い物も軽々と扱え、動作は鋭敏で正確だ。胸に喜びが広がる。
「……これが、俺の力……帝国が恐れた力なのか……」
茉奈は微笑み、そっと隣で言った。
「……慣れるの、早かったね」
「どうみても、もうふつーにみえるよ。」
初日と比較するとかなりの成長だ。
視界の情報を瞬時に処理して正確に動ける。夜の闇での動作も自然で、茉奈の手や黒髪に触れるたびに安心と信頼が深まる。
能力の暴走は消え、体と感覚のリズムは完全に同期していた。
こうして俺は、視覚・聴覚・時間感覚・身体能力のすべてで成長を実感する。
月明かりが差す部屋で、二人は静かに夜を終え、小さな笑みを交わす。その瞬間、思う――この力は偶然ではなく、茉奈と共に過ごし、信頼し、支え合った時間がもたらしたものだと。
連日続いた合宿は、苦痛ではなく、特別で幸福な時間だった。
夜の静けさ、黒髪の柔らかさ、互いの存在……すべてが、この力を受け入れ、使いこなすための大切な糧となった。
――だが、その幸福の奥で、まだ言葉にできないざわめきが残っていた。
まるで、これまでの訓練はほんの序章にすぎず、この先にさらなる波が押し寄せてくると告げているように。
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次回は 9月17日(水) 19時 更新予定です




