第一夜 岩戸
「チッ……」
与野事務所の一室。尊は、自室のベッドに寝転がり、天井を睨んでいた。
正確には、睨んでいるつもりだった。焦点は合わず、ただ白い蛍光灯の光が、目に痛いだけだ。
先日の、素盞雄神社での出来事が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
(また、やっちまった……)
制御できない力。
怒りに身を任せた、破壊の衝動。
そして、目の前で崩れ落ちていく、ゴーレムの残骸。
あの時、葵が止めてくれなければ、一体どうなっていたことか。
考えたくもない。ほかの日本人に被害が無くてよかった。それだけが救いだった。
(俺は、人を守るために力を持ってるはずなのに……)
拳を握りしめる。
力を込めれば込めるほど、あの時の、黒い稲妻が迸る感覚が蘇ってくる。
自分の体じゃないみたいだった。
もっと、ドロドロとした、もっと、おぞましい何かが、自分の内側から湧き上がってくるような……。
(こんな力であれば、いらない…)
そう思った瞬間、ズキッ、と頭が痛んだ。
まるで、脳みそを直接掴まれているかのような、激しい痛み。
「うっ……!」
思わず、ベッドから転がり落ちる。
床に倒れ込み、体を丸めて、痛みに耐える。
どれくらいの時間が経っただろうか。
ようやく痛みが治まり、ゆっくりと顔を上げた。
視界が歪み、うまく焦点が合わない。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を繰り返しながら、壁に手をついて立ち上がった。
部屋の中は、夕暮れ時のオレンジ色に染まっている。
窓の外からは、子供たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
この事務所に併設された、児童養護施設。
あそこで暮らす子供たちは、皆、帝国の実験施設から救出された、能力者だ。
俺たちは、あの子たちを守るために、戦っている。
(守る……か)
自嘲気味に笑う。
今の俺に、誰かを守る資格なんてあるのだろうか。
この力を、制御できない限り、俺はただの破壊装置でしかない。
いつ、誰かを傷つけてしまうか分からない、危険な存在。
みんなを、茉奈を傷つけてしまうかもしれない。
(どうすれば……)
答えは、見つかるはずもなく。
ぐるぐると、同じ考えが頭の中を巡るばかりだ。
焦燥感だけが、募っていく。
コンコン、と控えめなノックの音が響いた。
「……誰」
ぶっきらぼうな声が出てしまう。
今の俺は、誰とも話したくなかった。
自分の醜い感情を、誰にも見られたくなかった。
「……わしじゃ」
予想外の人物の名前に、少し驚く。
詩織さんは、いつも冷静で、滅多なことでは感情を表に出さない。
そんな彼女が、一体何の用だろうか。
「……どうぞ……」
そう言うと、ガチャリ、とドアが開いた。
そこに立っていたのは、古風な着物に身を包んだ、長い黒髪の巫女、詩織さんだった。
手には、なにやら古めかしい巻物を持っている。
「邪魔するぞ」
そう言って、詩織さんは部屋に入ってきた。
特に用件を言うこともなく、無言で、俺のベッドの近くまで歩み寄ってくる。
そして、俺の顔をじっと見つめた。
「……そんな顔をするな」
唐突に、そう言われた。
どんな顔をしている、と聞くまでもない。
自分が今、酷く情けない顔をしていることくらい、分かっている。
「おぬしの力は、おそらく須佐之男命の荒魂。制御できねば、身を滅ぼす」
「……分かってる…つもりです……」
絞り出すように、そう答えた。
そんなこと、言われなくても分かっている。
あの力が、どれほど危険なものか、身をもって体験した。
淡々とした口調。
まるで、事実を述べるだけのような、冷たい響き。
「南千住で力を暴走させた時、おぬしの力の奔流を調べた。おぬしも感じておったろう?すぐそばにあった素盞雄神社と共鳴しておった。おそらく、おぬしの力の根源は、そこに祭られた神にあるじゃろう。そう考えると、急に力が増幅し暴走したのも理解できる」
あの時、無意識に引き寄せられた、石の鳥居。
まさか、本当に俺の神の場所だったなんて。
「じゃが、荒ぶる神には、それを鎮め、恵みをもたらす和魂の側面もある」
詩織さんは、そこで言葉を切った。
そして、手に持っていた巻物を、俺に差し出した。
「須佐之男命は、確かに破壊の神じゃ。神の世界を追放されるぐらいな。じゃがの、同時に、人々を災いから救う英雄でもある。その両面をまずは理解せねばならんのかもな」
巻物を受け取る。
古びた紙には、墨で描かれた、神話の絵巻が描かれていた。
ヤマタノオロチを退治する、須佐之男命の姿。その前には荒ぶる海の上で力を振るう神の姿。
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次回は 3月30日(月) 19時 更新予定です




