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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第一章 神域調査
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第一夜 会議

日本独立党、与野事務所。

その一室に、いつもとは異なる空気が満ちていた。


数日前のこと。俺たちは、茉奈の覚醒した「神域図」が示した座標――日光東照宮へと向かい、そこで葵が新たな力に目覚めるという大きな成果を得た。だが、その覚醒の直後、葵はこう訴えたのだ。


「東京の方から、誰かに呼ばれている気がする」と。


その一言を受け、俺たち主要メンバーは会議を開くことになった。


テーブルの上座にどっしりと腰を下ろした浜田さんが、全員の顔をゆっくりと見渡す。その人懐っこい笑顔は今日は鳴りを潜め、幾多の戦場を潜り抜けてきた指導者の鋭い光が瞳に宿っていた。


「さて、始めようか。議題は一つ。葵が日光で感じた、東京からの『呼び声』についてだ」


浜田さんの声に、会議室の空気がさらに引き締まる。


俺の隣に座る葵は、緊張した面持ちでごくりと喉を鳴らした。帝国にいた頃の怯えはもうない。だが、自分の身に起きた不可思議な現象と、それが仲間たちに与える影響の大きさに、まだ戸惑いを隠せないでいるようだった。


「葵、改めて聞かせてくれるか。どんな感覚だった?」


浜田さんに促され、葵は「はいっ!」と背筋を伸ばす。


「えっと、日光で青い光に包まれた後、急に聞こえてきたんです。声っていうか、もっとこう……『こっちだ』っていう、強い気持ちみたいなのが、南の方から……。すごく温かくて、優しい感じがしました」


一生懸命に言葉を探す葵。その健気な姿に、隣に座る茉奈が「がんばって」とでも言うように、そっと彼女の手に自分の手を重ねた。


「ふむ……温かくて、優しい、か」


浜田さんの向かいに座る詩織さんが、顎に手を当てて思案に耽る。彼女の周りには、古びた巻物や地図が広げられ、その手元では最新鋭のタブレットが複雑なデータを明滅させていた。古と新が混在するその光景は、まさに彼女自身を象徴しているかのようだ。


「詩織、何か見当はついたか?」


浜田さんの問いに、詩織さんは「まあな」と短く応じ、タブレットの画面をスワイプした。モニターに、関東一円の立体地図と、そこに重ねられた無数の光点が映し出される。


「葵の証言と、茉奈の『神域図』が示す神気の流れや位置を地図に照合してみた。呼び声の発生源は、ほぼ間違いなく東京の中心部。問題は、その主じゃ」


詩織さんは、指先で古地図をなぞりながら続ける。その口調は、まるで古の物語を紐解く語り部のようだった。


「日光東照宮の御祭神は、徳川家康公。そして、葵が感じた『呼び声』は、家康公の遺言と深く関わっておる可能性が高い」


彼女は、以前俺たちに聞かせてくれた家康の遺言を、改めて口にした。


「『一周忌も過ぎ候いて以後、日光山に小き堂をたて、勧請し候へ。八州の鎮守に可く為すべし』……死してなお、江戸――今の東京を守らんとする、その強い意志。葵が日光で覚醒したことで、その意志と共鳴したのじゃろう。そして、その意志が、葵を次なる場所へと導こうとしておる」


「次なる場所、ですか?」


俺の問いに、詩織さんは深く頷いた。


「うむ。家康公の遺言には続きがある。『御葬禮をば増上寺にて申付け』。そして、江戸の鬼門を守るために建立された『寛永寺』。この二つは、いずれも家康公と極めて縁の深い寺社じゃ。呼び声の主は、これらの地に祀られる神仏である可能性が極めて高い」


増上寺と寛永寺。東京の地理に疎い俺でも、その名前くらいは聞いたことがある。だが、そこに祀られる神仏が、葵を呼んでいる……? にわかには信じがたい話だった。


「茉奈くん、君の力で、その二つの場所を特定することはできるか?」


浜田さんの視線が、俺の隣の茉奈へと移る。彼女は一度目を閉じ、意識を集中させた。大宮氷川神社で覚醒した彼女の「神域図」は、今や関東全域を覆うほどの広大な索敵能力を誇る。


だが、数秒後、彼女は悔しそうに首を横に振った。


「ダメです……。東京は、あまりにも『ノイズ』が多すぎます」


「ノイズ?」


「はい。東京は人が多いのか神域が多いのか、人の想い、欲望、憎悪……あらゆる反応が渦巻いて、個別の神域の気配を正確に捉えることができません。増上寺と寛永寺、地図の場所付近に、どちらの方向からも微かな光は感じるのですが、私ではどちらが葵ちゃんを呼んでいるのかまでは……」


茉奈の報告に、会議室は再び沈黙に包まれた。最強の広域探知能力をもってしても、東京という巨大な魔境は、その深淵を容易には見せてくれないらしい。


「……つまり、結局は葵の感覚だけが頼り、ということか」


浜田さんが、テーブルを指でとんとんと叩きながら呟く。その言葉が、この会議の核心を突いていた。


そうだ。結局、俺たちが今持っている唯一の手がかりは、葵が感じた「温かくて、優しい」という、あまりにも曖昧な感覚だけなのだ。


「葵を、東京に行かせるしかない、か……」


浜田さんのその言葉に、俺は思わず息を呑んだ。


東京。帝国の支配が最も色濃く、そして『残光』と名乗る謎の黒髪集団もいつどこから狙っているかもわからない、敵地の中心。そこに、まだ力の制御もおぼつかない葵を、一人で行かせるわけにはいかない。


俺が何かを言い出す前に、浜田さんは、まるで俺の心を見透かしたかのように、その鋭い視線を俺に向けた。


「だが、何が起こるかわからん。葵の護衛と、いざという時の戦闘能力を考えれば、適任は一人しかおらんな」


その視線が、俺を射抜く。


「尊」


呼ばれた名に、俺は背筋を伸ばした。


「お前がついて行け。葵の感覚が、この調査の鍵だ。だが、その力が敵を引き寄せる可能性も高い。葵を、お前が守れ」


それは、命令だった。だが、不思議と反発はなかった。むしろ、そう言われることを、心のどこかで望んでいたのかもしれない。


葵を守る。

仲間を守る。


そのために、俺はこの力を手に入れたのだから。


俺は、浜田さんの目を真っ直ぐに見返し、静かに、しかし力強く頷いた。言葉は必要なかった。その一瞬のアイコンタクトだけで、俺の覚悟は十分に伝わったはずだ。


「……はい」


俺の短い返事を聞いて、浜田さんは満足げに口の端を上げた。


「よし、決まりだ。東京神域調査、これより作戦を開始する。調査部隊は、尊、葵。後方支援は、引き続き茉奈と詩織が担当する。俺は全体指揮を執り、八咫と共に万が一の事態に備える」


浜田さんの宣言に、全員が「はい」と頷く。


その中で、俺の隣に座っていた葵が、ぎゅっと小さな拳を握りしめた。その瞳には、もう戸惑いの色はない。仲間たちの期待を一身に背負い、自らの役割を果たすのだという、強い決意の光が宿っていた。


「私、頑張るよ! 尊にーちゃんと一緒なら、きっと大丈夫!」


太陽のような笑顔。その笑顔が、俺たちの進むべき道を照らす、何よりの道標だった。


東京への潜入調査。それは、帝国、そして残光との本格的な戦いの始まりを意味する。待ち受ける困難は、想像もつかない。


だが、俺の心に迷いはなかった。


隣で輝くこの小さな光を、俺が必ず守り抜く。


そう、心に強く誓った。


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次回は 3月2日(月) 19時 更新予定です

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