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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 求道
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第九夜 決別

 緊迫した空気が、日本独立党与野事務所の応接室を支配していた。

 詩織と瓜二つの容姿を持つ、その姉――沙織は、猫なで声で唇を尖らせる。


「あらあら、お茶の一杯も出していただけないのかしら? 随分とつれないおもてなしですこと」


 その挑発的な言葉に、浜田さんは表情一つ変えず、静かに応じた。


「まだ、君を歓迎すべきお客と判断しかねているのでね。お茶を出すかどうかは、君がここに来た理由を伺ってから決めさせてもらうよ」


 冷徹な響きを含んだ声。だが、沙織は悪びれる様子もなく、肩をすくめてみせる。


「初めに言ったじゃない。神凪さんのお使いよ。この前の手紙、もう読んだでしょ? そのお返事を聞きに来たの」


「なるほど……」


 浜田さんは一度言葉を切り、深く息を吸い込んだ。そして、彼の瞳に宿ったのは、組織の長としての揺るぎない決意の光だった。


「沙織さん。神凪さんにこう伝えてほしい。我々『日本独立党』は、あなた方の『残光』に合流するつもりはない。たとえ、最終的な目的が同じ『日本の独立』であったとしても、我々は日本人の犠牲の上に成り立つ平和や未来を求めてはいない。ヒントをくれたことには感謝している。だが、俺たちは俺たちのやり方で、未来を掴み取る」


 毅然とした、一切の迷いなき宣言。それは、この場にいる全員の心を震わせるに十分な重みを持っていた。

 沙織は、その真っ直ぐな言葉を面倒くさそうに聞き流すと、やれやれといった風にため息をついた。


「そういう、メンドクサイ事は直接伝えてもらえるかしら……」


 その言葉が引き金だった。


 突如、応接室全体がぐにゃりと歪むような、強烈な違和感に包まれた。空気が粘性を持ち、視界の端が黒く滲んでいく。


「ッ!?」


 俺と煉、葵が即座に身構える。だが、それはあまりにも遅すぎた。俺たちの認識を嘲笑うかのように、世界は急速にその色を失っていく。豪華な調度品も、窓の外の景色も、全てが闇に溶けて消え、気づけば俺たちは完全な暗黒空間に放り出されていた。


 そして、その暗闇の奥に、一つの人影が静かに浮かび上がる。


「久しぶりだな、誉」


 重く、それでいてどこか懐かしい優しさを帯びた低い声が、浜田さんの名を呼んだ。


「神凪さん……?」


 浜田さんの口から、絞り出すような声が漏れる。死んだはずの男。彼の過去そのものである男が、今、目の前にいる。


「ふっ、あまり驚かないんだな」


 人影――神凪皓一朗は、闇の中で楽しそうに笑った。


「ここ最近、科学じゃ説明がつかないことばかりでして。少しは耐性ができたのかもしれません」


 浜田さんは、努めて冷静に返す。


「最近、外の監視カメラが盛大にノイズをばらまいているようだが、あれは誉、お前の仕業だろう? さすがだな。帝国の秘密に、もうたどり着いたか」


「はい。最大のヒント、ありがとうございました。おかげさまで、非科学的な日常を大いに楽しんでおります。……ちなみに、この空間は?」


「これは、そこにいる篠原の小娘の力だよ。仮想的に空間を繋げることができる」


 神凪さんの言葉に、浜田さんがわずかに目を見開く。


「篠原家は、予知の家系だったのでは?」


「もちろん、予知の力もあるわよ。でも、開花したら空間を弄る方が得意だったってだけぇ」


 沙織が不貞腐れたように答える。すかさず、隣に立つ詩織が鼻で笑った。


「確かに、お主の予知はからっきしじゃったからのう」


「……うるさい」


 沙織が顔をしかめ、忌々しげに妹を睨みつける。そんな双子のやり取りを意に介さず、神凪さんは話を続けた。


「有能な部下を集めている。誉、お前もその一人になるべきだ。……思い出話に花を咲かせたいところだが、沙織の時間も有限でな。急かして申し訳ないが、返事を聞こうか」


 浜田さんは、神凪さんを真っ直ぐに見据え、静かに、しかしはっきりと告げた。


「先ほど沙織さんにもお伝えしましたが、改めて。神凪さん、あなたには感謝しています。ですが……俺たちは『残光』には行けません。ただ、あなたの邪魔をする気もありません。俺たちは、俺たちのやり方で未来を掴みたい」


 空間を、重い沈黙が支配する。

 やがて、神凪さんは寂しそうに、それでいてどこか嬉しそうに、ふっと息を漏らした。


「そうか……残念だよ。今まで俺の後ろばかりをついてきていた誉が、初めて自分の道を選んだか」


「俺にも、背中を押してくれる信頼できる仲間ができましたので」


 浜田さんの言葉に、神凪さんは慈しむような目を向けた。


「親心というのは、こういうものなのかもしれんな。……わかった。お前の道を行け。だが、我々の邪魔をしたときは……容赦はせんぞ」


「ええ。なるべく邪魔はしないようにしておきますよ」


「それがいい。……そろそろ沙織も限界のようだな。次があるかはわからんが、またな、誉」


「はい。また会うことができて、話ができて、本当に良かったです。ありがとうございました……神凪さん」


 浜田さんが深く頭を下げた、その瞬間。

 暗黒の空間はガラスのように砕け散り、応接室の景色が現実へと引き戻された。


 そこには、額から玉のような汗を流し、荒い呼吸を繰り返す沙織の姿があった。


「はぁ……はぁ……話が、長いのよ、あんたたち……」


「おじさんの話は長いのが定番でね。これでも短い方だよ。すまなかった。葵、悪いが麦茶を一つ頼めるかい?」


 浜田さんの声に、我に返った葵が慌てて麦茶を差し出す。沙織はそれをひったくるように受け取ると、一瞬で飲み干した。


「ふぅ……。決別するなら、何のために来たんだか。神凪さんの様子からして、てっきりあんたたちを取り込む気満々だと思ったのに」


「神凪さんは、昔から優しい人なんだ。いつだって、俺たち年下の未来しか見ていない」


 浜田さんは、どこか遠い目をして呟いた。


「決別はしたが、直接お礼が言えてよかった。まさか、本当に会えるとは思ってもいなかったからな。沙織くん、本当にありがとう」


「神凪さんの頼みだったから、やっただけよ」


 だいぶ落ち着いたのか、沙織の口調がいつもの甘えたものに戻っている。彼女は気怠そうにソファーから立ち上がった。


「じゃ、そろそろ帰るわね~」


「そこまで送ろう」


 詩織さんが静かに言い、二人は連れ立って応接室から出て行った。


 残された俺たちに、浜田さんが労うように声をかける。


「みんな、警戒ありがとう。お疲れさま」


「いえ、俺は何も……」


 俺がそう言うと、浜田さんは悪戯っぽく笑った。


「そんなことはない。尊の殺気は、ひしひしと感じていたよ。神凪さんにまで伝わったんじゃないかな?平常心をたもって殺気を隠すことも一つの能力だから学んだほうがいいかもね。」


 その言葉に、俺は少しだけ頬が熱くなるのを感じた。そして、今しかない、そう直感した。


「浜田さん。こんな時に言うのも何なんですが……浜田さんが、神凪さんから学んだという武道、俺に教えてはもらえないでしょうか?」


「……甲陽新陰流こうようしんかげりゅうのことか?」


「甲陽新陰流、というんですか?」


「ああ。日本に古くから伝わる、戦場での実戦を想定した総合武術だ。確かに俺は師範代までは……でも、今更、君に必要か?」


 俺は、浜田さんの目を真っ直ぐに見て、力強く言い放った。


「必要です! 俺はもう、力に振り回されたくない。自分の力で、この地に足を着けて、一歩ずつ前に進みたいんです!」


 俺の言葉に、煉が、葵が、そして茉奈までもが、次々と声を上げた。


「僕にも教えてください!」

「私にも!」

「私も、よろしいでしょうか?」


「おまえたち……」


 浜田さんが呆れたように、しかし嬉しそうに目を細めた、その時。


 ガチャリ、と扉が開き、詩織が戻ってきた。


「何を話しておったんじゃ?」


「いや、大した話じゃないさ」


 浜田さんはそう言って席を立つと、俺たちに解散を告げた。


「今日はここまでにしよう。お開きだ。続きはまた明日。……詩織、昔話はできたか?」


 部屋を出ようとする詩織さんの背中に、浜田さんが問いかける。


「……まぁな」


 詩織さんは振り返らず、ただ、ぼそりとそう呟いた。その声には、俺たちの知らない、長い長い姉妹の物語が凝縮されているような気がした。


 それぞれの思いが交錯する中、激動の一日は、静かに幕を下ろしたのだった。



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エピローグは2/19 19:10に公開します

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