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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 求道
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第八夜 双姉

 鹿島神宮での覚醒から数日が過ぎた。

 あの日を境に、煉と葵の日常には、詩織が考案した特別訓練メニューが組み込まれた。それは、二人が授かった力の長所を伸ばし、同時に明確になった弱点を克服するための、過酷だが理に適った試練だった。


 煉の課題は、雷撃の威力と燃費の改善。一撃の破壊力は凄まじいが、その分消耗も激しい。詩織の指導のもと、彼は出力を細かく調整し、最小限の力で最大限の効果を生む訓練を繰り返していた。指先から迸る小さな雷光を的確に的に当てる。その地道な反復練習は、彼の集中力と精神力を着実に磨き上げていた。


 一方、葵の課題は、結界の持続時間と範囲の拡張。彼女の守護結界は、尊の攻撃すら吸収するほどの防御力を誇るが、その効果時間はまだ短い。葵は、結界を展開したまま瞑想し、力の流れを安定させる訓練に励んでいた。じりじりと肌を焼くような精神的な疲労に耐えながら、一秒でも長く、一人でも多くを護れるようにと、歯を食いしばる。


「――はぁ、はぁっ……もう、ダメ……」


 訓練場の床に、葵がへたり込む。全身から噴き出す汗が、訓練の過酷さを物語っていた。その隣では、同じく息を切らした煉が、それでもまだ闘志を失わない目で宙を睨んでいる。


「葵、まだだ。もう一回……」

「むーりー! もう指一本動かせないって!」


 ぷくっと頬を膨らませる葵に、煉は苦笑いを浮かべるしかない。だが、二人の表情に悲壮感はなかった。むしろ、昨日より今日、今日より明日と、確実に強くなっている自分たちを実感する喜びに満ちている。


「お疲れ様、二人とも。今日はここまでにしよう」


 いつの間にかそばに立っていた尊が、タオルとドリンクを差し出す。その優しい声に、二人の緊張がふっと解けた。


「尊にーちゃん!」

「尊さん……ありがとうございます」


 俺たちも事務所に戻ろう、と尊が促し、四人は訓練施設を後にした。夕暮れの空が、心地よい疲労感に包まれた彼らを優しく照らしていた。



 事務所の前に着いた時だった。

 見慣れた人影が、夕陽を背にぽつんと立っている。すらりとした背格好、腰まで伸びた艶やかな黒髪。それは、紛れもなく詩織の後ろ姿だった。


「あれ、詩織さん? どうしたの、外で」


 葵が屈託のない声をかける。その声に、人影がゆっくりと振り返った。


「あら、あなたたちが噂の子たちね」


 向けられた顔は、詩織と瓜二つ。だが、その表情に浮かぶ笑み、甘く響く声色、そして纏う雰囲気は、詩織とは全くの別物だった。詩織が静謐な夜の湖ならば、彼女は蠱惑的に揺らめく月光のようだ。


 瞬間、空気が凍る。


 尊、煉、葵の三人が、まるで示し合わせたかのように一瞬で戦闘態勢に移行した。尊は茉奈の前に立ち、煉と葵はその両脇を固める。それは、幾多の訓練と実戦を経て体に染みついた、守るべき者を護るための陣形だった。


 女は、そんな彼らの鋭い警戒心を前にしても、少しも悪びれる様子なく、むしろ楽しむようにけらけらと笑った。


「まあ、怖い。そんなに殺気立たないでくれるかしら? 私、か弱い女の子なのよ?」


 その言葉とは裏腹に、彼女から発せられる気配は、底知れない深淵を覗き込んでいるかのようだ。茉奈が、警戒を解かないまま、代表して一歩前に出た。


「失礼ですが、どちら様でしょうか? ここは日本独立党与野事務所になります」


 凛とした茉奈の声に、女は満足げに目を細める。


「詩織がここにいるのよね? 伝えてもらえるかしら。『姉が表に来てる』って」


「姉……?」


 葵が驚きの声を上げる。女は「そう、双子の姉」とあっさり肯定した。


「……わかりました。お伝えしてまいりますので、少々お待ちください」


 茉奈はそう言うと、尊たちに目配せし、警戒を維持したままゆっくりと事務所の中へと後退した。


 扉が閉まるや否や、茉奈は詩織の部屋へと急ぐ。ドアを強くノックし、中にいるであろう人物に呼びかけた。


「詩織さん、いますか!?」

「どうした、騒々しい」


 中から聞こえた声に、茉織は息を切らしながら報告する。


「詩織さんと同じ背格好で、『姉』と名乗る人が事務所の前に……!」


 その言葉に、部屋の中がシンと静まり返った。数秒の後、勢いよく扉が開かれる。そこに立っていた詩織の顔は、驚愕と、そしてそれ以上に深い怒りの色に染まっていた。


「――姉じゃと!? あやつ、生きておったのか!」



 詩織を先頭に、俺たち五人は再び事務所の前に戻った。夕闇が迫る中、女はまるで散歩でもしていたかのように平然とそこに佇んでいた。


「何年ぶりかしら。久しぶりね、詩織」


 女が、昔の友人にでも会ったかのような軽い口調で言う。


沙織(さおり)……! 生きておったのか、お主!」


 詩織の声には、隠しきれない怒気が滲んでいた。


「ひどいわね、勝手に殺さないでくれる? それより、相変わらず古風なしゃべり方なのね。おじい様たちの口癖が、まだ抜けないなんて」

「誰のせいで! ……まあよい。世間話をしに来たわけではあるまい?」


 詩織が棘のある言葉で本題を促す。沙織は、その棘を意にも介さず、にこりと微笑んだ。


「そうね。――神凪さんの使い、と言えばわかるかしら?」


「神凪……!」


 その名が出た瞬間、詩織の表情が凍り付く。それだけではない。尊の全身から、明確な殺気が立ち上った。


「お主、奴と繋がっておるのか!?」

「少し、中で話せるかしら? 立ち話もなんだし」


 沙織は周囲の緊迫感を無視して、あくまで優雅に問いかける。詩織は一瞬ためらったが、苦虫を噛み潰したような顔で、しぶしぶ頷いた。


「……わかった」


 そして、尊に鋭い視線を送る。


「尊、浜田に声をかけてきてくれんか。こやつは応接室に連れて行く」

「わかりました」


 尊は短く答えると、風のように駆け出した。


「ついてこい」

「ふふ、ふてぶてしさは相変わらずね」

「その猫を被ったような物言いこそ、変わっておらんようじゃな」


 ピリピリとした空気を纏わせながら、双子の姉妹が事務所の中へと消えていく。その背中を見送りながら、煉と葵はゴクリと唾を飲んだ。



 応接室の重厚な扉を開けると、そこには既に二人の人影があった。

 一人は、この組織の長である浜田誉。そしてもう一人は、先ほど浜田を呼びに走ったはずの尊だった。


 彼の髪は、夕闇よりも深い漆黒に染まり、その瞳には静かな闘志の光が宿っている。黒髪化――神使としての姿。応接室へ移動するわずかな間に、茉奈と精神をリンクさせ、万が一の事態に備えたのだろう。相手が「神凪」の名を出した以上、もはや力を隠す必要はない。その判断の速さと的確さに詩織は感心した。


「入れ……」


 詩織が低く促す。


 浜田は、悠然とソファに腰かけたまま、沙織に視線を向けた。


「初めまして、でいいのかな? 沙織さん」


「ええ、初めまして。浜田さん。色々と優秀な方だと、神凪様からも伺っておりますわ」


 沙織は優雅に一礼する。その視線は、浜田の後ろに立つ黒髪の尊へと注がれていた。


「まあ、噂の武神様。……素敵ですわ」


 うっとりと呟く沙織に、詩織が苛立ちを隠せない声で命じる。


「早く入って座れ」

「そんな乱暴に言わなくてもいいじゃない、詩織。昔から、あなたのそういうところが……」

「その甘ったれた声で、わしの名を呼ぶな。虫唾が走る」


 沙織はわざとらしく肩をすくめると、しぶしぶといった様子で浜田の対面に置かれたソファに腰を下ろした。


 自然と、配置が決まる。

 浜田、詩織、そして沙織が、テーブルを挟んでソファで対峙する。

 ドア付近には煉と葵が立ち、いつでも動けるように警戒を続けている。

 そして浜田の後ろには、神使と化した尊と、その隣で精神を研ぎ澄ませる茉奈が控える。


 部屋の空気は、張り詰めた弦のように緊張していた。


 詩織が、その静寂を破った。


「聞きたいことや言いたいことは山ほどあるが、まずはお前の要件が先じゃ。なぜ今になって急に現れた? そして……神凪の使いとは、一体どういうことじゃ?」


 その問いは、これから始まるであろう、組織と組織の、そして思想と思想のぶつかり合いを告げる、開戦の号砲だった。



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2026年02月19日 19時 更新予定です

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