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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 求道
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第七夜 修練

 鹿島神宮を後にした独立党のバンは、茜色に染まる空の下をひた走っていた。後部座席では、先ほどまでの神域の荘厳な空気とは打って変わって、二つの新たな才能の芽吹きが放つ熱気が満ちていた。


「……すごい。まだ、指先がピリピリしてる」


 煉は自分の右手を見つめ、ぎゅっと握りしめては開く動作を繰り返している。その瞳には、今まで見たことのないほどの強い光が宿っていた。焦りでも、羨望でもない。純粋な歓喜と、自らの内に宿った力への好奇心。


「私も! なんかこう、体の周りにもう一枚、見えない服を着てるみたい!」


 隣に座る葵も、ぶんぶんと腕を振り回しながら、その不思議な感覚を楽しんでいるようだった。日光東照宮で得た、守護の力。それはまだ形を持たないエネルギーの膜として、彼女の全身を覆っているのだろう。


 そんな二人を、助手席の詩織がバックミラー越しに満足げに見つめていた。


「武甕槌大神は、日本建国の武神にして、天を穿つ雷を司る神でもある。煉、おぬしが感じておるその力、もしや雷の類か?」


 詩織の問いに、煉はこくりと頷く。


「はい。電気、みたいな……でも、もっと荒々しくて、熱い塊みたいな感じです。詩織さんの言う通り、雷、なのかもしれません」


「ふむ。葵は東照大権現、そして煉は武甕槌……。それぞれが神域に祀られる神に縁のある力を授かる、ということかのぅ。理屈はわからぬが、面白い」


 詩織の言葉は、まるでパズルのピースがはまっていくのを楽しむかのようだ。神々の意志、人の願い、そして覚醒する力。その相関関係が、この旅を通して少しずつ明らかになっていく。


 運転席の浜田が、飄々とした口調で口を挟んだ。

「ま、理屈は後からついてくるもんだ。それより、せっかく手に入れたおもちゃだ。早く試したくてうずうずしてるんじゃないか、二人とも」


 浜田の言葉に、煉と葵は顔を見合わせ、子供のように輝く笑顔で力強く頷いた。


「「はいっ!」」


 その声には、今まで背負ってきた苦悩や無力感を吹き飛ばすような、明るい響きがあった。



 ***



 与野の事務所へ戻る前に、一行は独立党が管理する訓練施設の一つに立ち寄った。物流倉庫を改装しただだっ広い施設で、夜の闇に沈むその姿は、まるで巨大な獣が息を潜めているかのようだ。


「まずは葵からじゃな。おぬしの力は、ある種の結界のようなものかもしれん。一度、全力で自身を覆ってみるがよい」


 一行は、以前茉奈も使用した室内訓練場へと足を踏み入れた。詩織の指示に、葵は「うん、やってみる!」と元気よく返事をする。


 彼女が両手を胸の前で組み、深く息を吸い込む。

「――みんなを、守る!」


 その純粋な願いがトリガーとなった。葵の体から、淡い青白い光がオーラのように立ち上り、瞬く間に彼女の全身を卵のように包み込んだ。光は明滅することなく、静かに、しかし確かな存在感を放っている。


「ほう……。尊、まずは小手調べじゃ。15%ほどの力で殴ってみよ」


「えぇっ!?」


 唐突に話を振られ、尊は素っ頓狂な声を上げた。


「わ、わかった。葵、準備はいいか?」

「尊にーちゃん、よろしく!」


 葵は光の膜の中から、楽しげに右手を突き出す。尊は苦笑しつつも、その小さな拳に狙いを定め、軽く拳を打ち込んだ。


 ドンッ、と鈍い音が響く。


「……っ!」


 尊の眉が驚きに上がる。拳が葵の体に届く寸前、まるで分厚く、それでいて弾力のある何かに阻まれたかのような感触。


「確かに、何か柔い壁が阻む感じだ。弾かれるっていうより、衝撃が吸収された……って方が正しいのか?」


「吸収、か。ならば、その許容量を超えたらどうなるか……。尊、徐々に力を上げていくぞ」


 詩織の目は、獲物を見つけた鷹のように鋭い。


「葵、準備はいいな?」

「うん、大丈夫!」


 葵はそう言って笑うが、その額にはうっすらと汗が浮かび始めていた。青白い光の膜も、心なしか揺らいで見える。


「辛そうじゃな。回数が限られておるなら、早めに限界を見極めるぞ」


 詩織の冷静な声が飛ぶ。尊は覚悟を決め、再び拳を構えた。


「いくぞ! 30%!」


 先ほどよりも重い一撃。葵の体は直接的な衝撃こそ受けていないようだが、吸収しきれない運動エネルギーが彼女を襲い、光の膜ごと後ろへ数歩押しやられる。


「うぅ……!」


「まだいけるか!?」

「へっちゃら!」


 強がる葵の言葉を信じ、尊はさらに力を込める。


「次は50%だ!」


 ゴッ!と、空気が震えるほどの重い一撃が叩き込まれる。葵の体は今度こそ耐えきれず、光の壁と共に後ろへ大きく吹き飛ばされた。受け身を取れずに床に尻もちをつく。


「きゃっ!」


 同時に、彼女を包んでいた青白い光が、陽炎のように揺らめいて消えた。


「はぁ……はぁ……っ」


 葵の肩が大きく上下し、全身から滝のような汗が噴き出している。


「守りに特化した力じゃが、持続力と絶対的な防御力には難がある、といったところか。これが訓練次第でどこまで伸びるか……そこが鍵じゃな」


 詩織は冷静に分析結果を口にする。茉奈が駆け寄り、ペットボトルの水を葵に手渡した。


「葵ちゃん、大丈夫?」

「うん……。でも、すごい……。結界ごと飛ばされちゃったけど、尊にーちゃん拳そのものの衝撃は全くなかった。本当に、みんなを守れる力なんだ……。もっと頑張ればどんなでもいけるかも」


 ぜえぜえと息を切らしながらも、葵の瞳は希望に満ち溢れていた。



 ***



「さて、次は煉じゃな。……しかし、そちの力はここで使って大丈夫なのか?」


 詩織の視線が、訓練場の壁や天井を値踏みするように走る。先ほどの葵のテストとはわけが違う。雷の力、その破壊力は未知数だ。


「多分……出力を調整すれば、大丈夫だと思います」


 煉はそう言うと、訓練場の中央、何もない空間に向かって、すっと人差し指を突き出した。


 彼の意識が、胸の中心に宿った熱の塊に集中する。体内のエネルギーを練り上げ、指先へと送り込むイメージ。


 ――迸れ!


 瞬間、煉の指先から一条の光がほとばしり、空間に亀裂を走らせた。


 バチィィィンッ!!


 耳をつんざく破裂音と共に、黄色を帯びた白い稲妻が虚空から生まれ、訓練場の床に叩きつけられる。コンクリートの床が黒く焦げ、パチパチと火花を散らした。


「うおっ! 危なっ!」


 油断していた浜田が、思わずといった体で飛びのく。能力を行使した煉自身も、その想像以上の威力に目を見開いていた。


「これは……まさしく、雷じゃの……」

 詩織が感嘆の声を漏らす。


「雷、か。まさに、煉の名にふさわしい、攻撃に特化した能力だな」

 浜田も、焦げ付いた床を見ながら面白そうに呟いた。


「切り開く力……。手に入れたんだな、煉」


 尊の言葉に、煉は誇らしげに、そして嬉しそうに振り返った。


「はい!」


 力強く返事をした、その直後。煉の体がぐらりと揺れた。


「おっと!」


 尊が慌てて支えようと駆け寄るが、煉は「大丈夫です」とそれを制し、己の足でぐっと踏ん張る。


「一撃の威力は申し分ないが、燃費は最悪と見える。煉、出力を絞って、まだ撃てるか?」


 詩織の的確な指摘に、煉は汗を拭いながらも力強く頷いた。


「やってみます!」

「無理はするなよ」


 尊の気遣う声に背中を押され、煉は再び指先を構える。今度は、先ほどよりも慎重に、体内のエネルギーを調整する。


 バチッ!


 先ほどよりは規模も音も小さいが、それでも確かな雷が迸る。煉の足元はふらつかない。


 バチッ! バチッ!


 立て続けに数発、威力を抑えた雷撃を放つ。だが、それも長くは続かなかった。数発撃ち込むうちに、煉の呼吸は荒くなり、葵と同じように全身から汗が噴き出し始めた。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


「煉の能力も、訓練次第で威力と回数を両立できるかどうかが鍵となるか。なるほどな」


 詩織は腕を組み、深く頷いた。


「二人とも、よくやった。おぬしら専用の訓練メニューを明日までに考えておく。明日からは、それも日課に組み込むとよい」


「わかった!」

「はいっ!」


 息も絶え絶えながら、二人の返事には力がこもっていた。その姿に、詩織は満足そうに笑みを浮かべた。


「さて、俺たちは先に事務所に戻ってる。お前たちは少し休んで、落ち着いてから帰ってこい。今日はゆっくり休むんだぞ」

 浜田はそう言うと、詩織と共に訓練場を後にしていく。


 二人の姿が見えなくなると同時だった。今まで気丈に立っていた煉と葵が、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、床に大の字に転がった。


「やばい……! もう、指一本動かせないかも……!」

「一発撃つだけで……こんなに体力が持っていかれるなんて……!」


 悲鳴のような二人の声。だが、その声色には苦痛よりも、圧倒的な歓喜が満ちていた。


 尊と茉奈は、そんな二人のそばに静かに腰を下ろす。


「あの雷、出現する場所を正確に狙われたら、俺でも避けきれないかもしれないな……」

 尊が感心したように呟くと、葵が「私の結界って、煉の雷、防げるのかな?」と子供のような疑問を口にした。


 その無邪気な問いに、煉が苦笑しながら「どうかな……?」と返す。


 その微笑ましいやり取りを見ていた茉奈が、少しだけ呆れたように、でも優しく言った。


「試すのはいいけど、お願いだから、みんな無茶だけはしないでね?」


「「はーい!」」


 元気の良い、しかし全く心のこもっていない返事が、だだっ広い訓練場に響き渡った。


 ようやく手に入れた、自分の力。

 仲間を守るための、未来を切り開くための力。


 その確かな手応えと、無限の可能性への期待が、若者たちの心を温かく満たしていた。



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次回は 2026年02月16日(月) 19時 更新予定です

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