第七夜 修練
鹿島神宮を後にした独立党のバンは、茜色に染まる空の下をひた走っていた。後部座席では、先ほどまでの神域の荘厳な空気とは打って変わって、二つの新たな才能の芽吹きが放つ熱気が満ちていた。
「……すごい。まだ、指先がピリピリしてる」
煉は自分の右手を見つめ、ぎゅっと握りしめては開く動作を繰り返している。その瞳には、今まで見たことのないほどの強い光が宿っていた。焦りでも、羨望でもない。純粋な歓喜と、自らの内に宿った力への好奇心。
「私も! なんかこう、体の周りにもう一枚、見えない服を着てるみたい!」
隣に座る葵も、ぶんぶんと腕を振り回しながら、その不思議な感覚を楽しんでいるようだった。日光東照宮で得た、守護の力。それはまだ形を持たないエネルギーの膜として、彼女の全身を覆っているのだろう。
そんな二人を、助手席の詩織がバックミラー越しに満足げに見つめていた。
「武甕槌大神は、日本建国の武神にして、天を穿つ雷を司る神でもある。煉、おぬしが感じておるその力、もしや雷の類か?」
詩織の問いに、煉はこくりと頷く。
「はい。電気、みたいな……でも、もっと荒々しくて、熱い塊みたいな感じです。詩織さんの言う通り、雷、なのかもしれません」
「ふむ。葵は東照大権現、そして煉は武甕槌……。それぞれが神域に祀られる神に縁のある力を授かる、ということかのぅ。理屈はわからぬが、面白い」
詩織の言葉は、まるでパズルのピースがはまっていくのを楽しむかのようだ。神々の意志、人の願い、そして覚醒する力。その相関関係が、この旅を通して少しずつ明らかになっていく。
運転席の浜田が、飄々とした口調で口を挟んだ。
「ま、理屈は後からついてくるもんだ。それより、せっかく手に入れたおもちゃだ。早く試したくてうずうずしてるんじゃないか、二人とも」
浜田の言葉に、煉と葵は顔を見合わせ、子供のように輝く笑顔で力強く頷いた。
「「はいっ!」」
その声には、今まで背負ってきた苦悩や無力感を吹き飛ばすような、明るい響きがあった。
***
与野の事務所へ戻る前に、一行は独立党が管理する訓練施設の一つに立ち寄った。物流倉庫を改装しただだっ広い施設で、夜の闇に沈むその姿は、まるで巨大な獣が息を潜めているかのようだ。
「まずは葵からじゃな。おぬしの力は、ある種の結界のようなものかもしれん。一度、全力で自身を覆ってみるがよい」
一行は、以前茉奈も使用した室内訓練場へと足を踏み入れた。詩織の指示に、葵は「うん、やってみる!」と元気よく返事をする。
彼女が両手を胸の前で組み、深く息を吸い込む。
「――みんなを、守る!」
その純粋な願いがトリガーとなった。葵の体から、淡い青白い光がオーラのように立ち上り、瞬く間に彼女の全身を卵のように包み込んだ。光は明滅することなく、静かに、しかし確かな存在感を放っている。
「ほう……。尊、まずは小手調べじゃ。15%ほどの力で殴ってみよ」
「えぇっ!?」
唐突に話を振られ、尊は素っ頓狂な声を上げた。
「わ、わかった。葵、準備はいいか?」
「尊にーちゃん、よろしく!」
葵は光の膜の中から、楽しげに右手を突き出す。尊は苦笑しつつも、その小さな拳に狙いを定め、軽く拳を打ち込んだ。
ドンッ、と鈍い音が響く。
「……っ!」
尊の眉が驚きに上がる。拳が葵の体に届く寸前、まるで分厚く、それでいて弾力のある何かに阻まれたかのような感触。
「確かに、何か柔い壁が阻む感じだ。弾かれるっていうより、衝撃が吸収された……って方が正しいのか?」
「吸収、か。ならば、その許容量を超えたらどうなるか……。尊、徐々に力を上げていくぞ」
詩織の目は、獲物を見つけた鷹のように鋭い。
「葵、準備はいいな?」
「うん、大丈夫!」
葵はそう言って笑うが、その額にはうっすらと汗が浮かび始めていた。青白い光の膜も、心なしか揺らいで見える。
「辛そうじゃな。回数が限られておるなら、早めに限界を見極めるぞ」
詩織の冷静な声が飛ぶ。尊は覚悟を決め、再び拳を構えた。
「いくぞ! 30%!」
先ほどよりも重い一撃。葵の体は直接的な衝撃こそ受けていないようだが、吸収しきれない運動エネルギーが彼女を襲い、光の膜ごと後ろへ数歩押しやられる。
「うぅ……!」
「まだいけるか!?」
「へっちゃら!」
強がる葵の言葉を信じ、尊はさらに力を込める。
「次は50%だ!」
ゴッ!と、空気が震えるほどの重い一撃が叩き込まれる。葵の体は今度こそ耐えきれず、光の壁と共に後ろへ大きく吹き飛ばされた。受け身を取れずに床に尻もちをつく。
「きゃっ!」
同時に、彼女を包んでいた青白い光が、陽炎のように揺らめいて消えた。
「はぁ……はぁ……っ」
葵の肩が大きく上下し、全身から滝のような汗が噴き出している。
「守りに特化した力じゃが、持続力と絶対的な防御力には難がある、といったところか。これが訓練次第でどこまで伸びるか……そこが鍵じゃな」
詩織は冷静に分析結果を口にする。茉奈が駆け寄り、ペットボトルの水を葵に手渡した。
「葵ちゃん、大丈夫?」
「うん……。でも、すごい……。結界ごと飛ばされちゃったけど、尊にーちゃん拳そのものの衝撃は全くなかった。本当に、みんなを守れる力なんだ……。もっと頑張ればどんなでもいけるかも」
ぜえぜえと息を切らしながらも、葵の瞳は希望に満ち溢れていた。
***
「さて、次は煉じゃな。……しかし、そちの力はここで使って大丈夫なのか?」
詩織の視線が、訓練場の壁や天井を値踏みするように走る。先ほどの葵のテストとはわけが違う。雷の力、その破壊力は未知数だ。
「多分……出力を調整すれば、大丈夫だと思います」
煉はそう言うと、訓練場の中央、何もない空間に向かって、すっと人差し指を突き出した。
彼の意識が、胸の中心に宿った熱の塊に集中する。体内のエネルギーを練り上げ、指先へと送り込むイメージ。
――迸れ!
瞬間、煉の指先から一条の光がほとばしり、空間に亀裂を走らせた。
バチィィィンッ!!
耳をつんざく破裂音と共に、黄色を帯びた白い稲妻が虚空から生まれ、訓練場の床に叩きつけられる。コンクリートの床が黒く焦げ、パチパチと火花を散らした。
「うおっ! 危なっ!」
油断していた浜田が、思わずといった体で飛びのく。能力を行使した煉自身も、その想像以上の威力に目を見開いていた。
「これは……まさしく、雷じゃの……」
詩織が感嘆の声を漏らす。
「雷、か。まさに、煉の名にふさわしい、攻撃に特化した能力だな」
浜田も、焦げ付いた床を見ながら面白そうに呟いた。
「切り開く力……。手に入れたんだな、煉」
尊の言葉に、煉は誇らしげに、そして嬉しそうに振り返った。
「はい!」
力強く返事をした、その直後。煉の体がぐらりと揺れた。
「おっと!」
尊が慌てて支えようと駆け寄るが、煉は「大丈夫です」とそれを制し、己の足でぐっと踏ん張る。
「一撃の威力は申し分ないが、燃費は最悪と見える。煉、出力を絞って、まだ撃てるか?」
詩織の的確な指摘に、煉は汗を拭いながらも力強く頷いた。
「やってみます!」
「無理はするなよ」
尊の気遣う声に背中を押され、煉は再び指先を構える。今度は、先ほどよりも慎重に、体内のエネルギーを調整する。
バチッ!
先ほどよりは規模も音も小さいが、それでも確かな雷が迸る。煉の足元はふらつかない。
バチッ! バチッ!
立て続けに数発、威力を抑えた雷撃を放つ。だが、それも長くは続かなかった。数発撃ち込むうちに、煉の呼吸は荒くなり、葵と同じように全身から汗が噴き出し始めた。
「はぁ……っ、はぁ……っ」
「煉の能力も、訓練次第で威力と回数を両立できるかどうかが鍵となるか。なるほどな」
詩織は腕を組み、深く頷いた。
「二人とも、よくやった。おぬしら専用の訓練メニューを明日までに考えておく。明日からは、それも日課に組み込むとよい」
「わかった!」
「はいっ!」
息も絶え絶えながら、二人の返事には力がこもっていた。その姿に、詩織は満足そうに笑みを浮かべた。
「さて、俺たちは先に事務所に戻ってる。お前たちは少し休んで、落ち着いてから帰ってこい。今日はゆっくり休むんだぞ」
浜田はそう言うと、詩織と共に訓練場を後にしていく。
二人の姿が見えなくなると同時だった。今まで気丈に立っていた煉と葵が、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ち、床に大の字に転がった。
「やばい……! もう、指一本動かせないかも……!」
「一発撃つだけで……こんなに体力が持っていかれるなんて……!」
悲鳴のような二人の声。だが、その声色には苦痛よりも、圧倒的な歓喜が満ちていた。
尊と茉奈は、そんな二人のそばに静かに腰を下ろす。
「あの雷、出現する場所を正確に狙われたら、俺でも避けきれないかもしれないな……」
尊が感心したように呟くと、葵が「私の結界って、煉の雷、防げるのかな?」と子供のような疑問を口にした。
その無邪気な問いに、煉が苦笑しながら「どうかな……?」と返す。
その微笑ましいやり取りを見ていた茉奈が、少しだけ呆れたように、でも優しく言った。
「試すのはいいけど、お願いだから、みんな無茶だけはしないでね?」
「「はーい!」」
元気の良い、しかし全く心のこもっていない返事が、だだっ広い訓練場に響き渡った。
ようやく手に入れた、自分の力。
仲間を守るための、未来を切り開くための力。
その確かな手応えと、無限の可能性への期待が、若者たちの心を温かく満たしていた。
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次回は 2026年02月16日(月) 19時 更新予定です




