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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 求道
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第三夜 巡礼

 茉奈の「神子」としての力が覚醒し、俺たちの手には帝国すら知り得ない「神域」の座標が記された、いわば神々の遺した宝の地図がもたらされた。

 次なる目的地は、その中でも最も強い反応を示した北の神域――日光東照宮。


 翌日、俺たち日本独立党の一行は、表向きはWebメディア「お忍びタイムズ」の取材、そして社員旅行という名目で、事務所のバンに乗り込み、北へと向かっていた。


「うっひょー! 自分たちで行きたいところ決めて行動するなんて初めて! ちょー楽しみ!」


 後部座席の窓に顔をくっつけるようにして、葵がキラキラした瞳で声を弾ませる。その姿は、これから調査に向かうという緊張感など微塵も感じさせない、まさに旅行を楽しむ子供そのものだった。


「葵! 遊びに行くんじゃないんだぞ。俺たちはあくまで調査が目的だということを忘れるな」


 すかさず、隣に座る煉が真面目な顔で釘を刺す。彼は膝の上に広げた地図と睨めっこしながら、生真面目な委員長のように眉間に皺を寄せていた。


「えー、だって浜田さんも詩織さんも、社員旅行って言ってたもん!」


 ぷくっと頬を膨らませる葵に、助手席に座る詩織さんがバックミラー越しに優しく微笑んだ。


「楽しむことも良い事じゃぞ。神域では心を清浄に保つことが肝要じゃ。楽しむ心は、巡り巡って神々への敬意ともなるからの。煉の方こそ、葵を見習って少しは息抜きをしてみると良い。おぬしはすべてを真面目に捉えすぎる節がある」


「ほら、詩織さんだってそう言うんだから、いいんだよーだ!」


 得意げに胸を張る葵。詩織さんにまで言われてしまった煉は、「うぅ……はい……」とばつが悪そうに俯いてしまった。


 俺はそんな煉の肩を、後ろからポンと軽く叩く。


「まあ、そう固くなるなって。調査は調査でしっかりやるさ。でも、せっかくの機会だ。日光に着いたら、何か旨いものでも食べようぜ」


 俺が笑いかけると、煉は一瞬驚いたように顔を上げたが、すぐに照れくさそうにこくりと頷いた。その横顔は、まだ硬さが残っているものの、少しだけ和らいで見えた。


 運転席の浜田さんが、ルームミラーで俺たちのやり取りを見て、穏やかに笑っている。その隣で、茉奈もくすくすと楽しそうに笑っていた。



 高速道路をひた走るバンの中、葵は上機嫌で鼻歌を歌い始めた。最近、動画サイトで流行っているらしい、軽快なテンポのポップミュージックだ。


 帝国から解放された子供たちの中で、葵は最も早く新しい環境に順応していた。好奇心旺盛な彼女は、テレビやネットを通じて、まるで乾いたスポンジが水を吸うように、俺たちが当たり前だと思っていた文化を次々と吸収していった。その順応性の高さと、何事も楽しもうとする天性の明るさは、時として俺たち大人でさえも見習うべきものだと感じさせられる。


 車窓から流れる景色は、帝国の支配下にあっても、まだ日本の原風景を色濃く残していた。どこまでも続く田園風景、緩やかに連なる山々の稜線。しかし、その美しい風景の中に、時折異物のように突き刺さる無機質なソーラーパネルの群れが、この国が置かれた現実を突きつけてくる。


「……そろそろ、一休みするか」


 日光に近づき、高速を降りて一般道に入ると、浜田さんがそう言って車を路肩に寄せた。目の前には、「氷」と書かれた藍色の暖簾を掲げた、古民家風の茶屋があった。


「かき氷! 食べる食べる!」


 葵が真っ先に飛びつき、俺たちもその提案に異論はなかった。


 店のテラス席に案内され、メニューを広げる。色とりどりのかき氷の写真に、葵は「どれにしようかなー!」と目を輝かせている。


「私はパイナップルとマンゴーの二色がけ!」


 早々に決めた葵に対し、煉はメニューを真剣な眼差しで吟味している。調査の時と同じくらい真剣な顔で彼が指差したのは、意外な一品だった。


「……宇治金時、練乳トッピングで。あと……あんこ、多めにできますか?」


「「「!!」」」


 煉のオーダーに、俺と葵、そして茉奈の視線が見事に一点に集中した。渋いチョイスかと思いきや、まさかの甘味マシマシ仕様。そのギャップに、葵が目を丸くして煉を見つめる。


「れ、煉って、あんこ好きなの……?」


「仕方ないだろ! 甘いものは……その、疲労回復にいいんだ。それに、美味しいし……」


 顔を真っ赤にして、しどろもどろに言い訳する煉。その姿がなんだか可笑しくて、俺たちは思わず吹き出してしまった。


「ははっ、いいじゃないか。好きに頼めよ」


 浜田さんが優しく声をかけると、煉は少しだけ安心したように息をついた。


 やがて、各々のオーダーしたかき氷が運ばれてくる。俺は定番のイチゴミルク、茉奈はさっぱりとしたレモン。そして最後に、ひときわ巨大な緑色の山が煉の前に鎮座した。雪崩を起こしそうなほどにてんこ盛りにされたあんこの上から、白い練乳がとろりとかかっている。まさに特盛という名にふさわしい威容だ。


「うわー! すごい!」


 感嘆の声を上げる葵。だが、次の瞬間、彼女の目は煉の宇治金時に乗った白玉団子にロックオンされていた。


「ねぇ、煉! その白玉、一個ちょうだい!」


 言うが早いか、葵は自分のスプーンを手に、あんこの山へと突撃を敢行する。


「あっ、馬鹿! そんな勢いよく削ったら崩れるだろ!」


 煉の焦った声が響く。葵のスプーンが突き刺さった衝撃で、緑の山がぐらりと大きく傾いた。あんこと氷が、重力に従って滑り落ちようとする。まさに雪崩寸前。


 ――その、コンマ数秒の世界。


 煉の右手が、スプーンを持ったまま残像を描いた。傾いた氷の山肌を、スプーンの背で絶妙な力加減で撫でるように押さえる。同時に、左手で器の縁を支え、完璧なカウンターウェイトを取る。一瞬にして、崩壊しかけた氷山は、何事もなかったかのように元の形へと再形成されていた。


 その一連の動作は、もはや神業の域に達していた。常人離れした動体視力、反射神経、そして精密な力のコントロール。帝国で培われた戦闘技術が、かき氷の雪崩を食い止めるという、この上なく平和な目的のために行使された瞬間だった。


『…………能力の、贅沢遣い』


 その場にいた俺、茉奈、浜田さん、詩織さんの心の声が、奇跡的にシンクロした。もちろん、誰もそれを口には出さなかったが。


「あぶなっ……。もう少しで大惨事になるところだったぞ……」


 額に汗を浮かべ、息を切らす煉。そんな彼を尻目に、葵は見事にゲットした白玉を口に放り込み、満面の笑みを浮かべた。


「んー! 宇治抹茶とあんことミルクが混ざった白玉、最高においしー!」


「お前は……!」


 がっくりと肩を落とす煉と、幸せそうに頬張る葵。その対照的な二人の姿に、テラス席は再び温かい笑いに包まれた。


 賑やかな休憩を終え、俺たちは再び気を引き締めてバンに乗り込む。


 旅の始まりにふさわしい、穏やかで、少しだけ騒がしい時間。


 この束の間の平和が、俺たちがこれからやろうとしていることの価値を、改めて教えてくれているようだった。


 俺は窓の外に目をやり、近づいてくる日光の山々を見据える。


 神々の遺した道標の先に、一体何が待っているのか。


 期待と、ほんの少しの緊張を胸に巡礼の一歩目を踏み出す…


次回は 2026年02月2日 19時 更新予定です

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