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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 求道
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第二夜 神域

 大宮氷川神社の社務所に手短に礼を述べた俺たちは、興奮冷めやらぬまま、与野にある日本独立党の事務所へと急いでいた。


「関東全域、か……」


 後部座席で俺の隣に座る茉奈が、まだ信じられないといった様子でぽつりと呟く。その表情は、驚きと、少しばかりの戸惑い、そして大きな力を手にしたことへの責任感が入り混じっているように見えた。


「すごいじゃないか、茉奈。これで、俺たちのやれることの幅が格段に広がる」


 俺がそう言って笑いかけると、茉奈はこくりと頷き、自分の両手を見つめた。


「うん……でも、なんだかまだ実感がなくて。急に世界の見え方が変わっちゃったみたいで……」


 無理もない。ついさっきまで、彼女の感知能力の範囲は、血の滲むような訓練の末にようやく半径三十キロメートルほどに広がったばかりだったのだ。それが、神域での祈りを経て、一気に関東全円、半径三百キロメートル近くを覆うまでに飛躍した。これはもう、進化というより突然変異に近い。


 事務所に戻ると、浜田さんは「まずは落ち着いて、改めて能力の検証をしよう」と、俺たちをいつもの執務室へと通した。部屋には詩織さん、煉、葵も集まり、全員の視線が固唾を飲んで茉奈に注がれている。


「関東全域とは……にわかには信じられんが、神の御業としか言いようがないのぅ」


 腕を組んだ詩織さんが、感心したように、それでいて何かを見定めるように唸る。


「はい。でも、それだけじゃないんです。なんだか……頭の中に、地図アプリみたいな画面が見えるようになって……それに、黒い枠も出てきて……」


「「「地図アプリ?」」」


 茉奈の言葉に、俺と煉、葵の声が見事にハモった。スマホで誰もが一度は使ったことのある、あの便利なアプリケーション。それが頭の中に現れるとは、一体どういうことだ?


「ええと、なんて説明したらいいんだろう……。今までは、人の気配とか、何か大きな力の流れを、霧の中の光みたいにぼんやりと感じてて、集中すると、そのあたりの映像が見えていたんですけど、今はもっとはっきり、くっきり見えるんです。まるで、衛星写真を見てるみたいに……」


 茉奈は一生懸命に説明しようとしてくれるが、その感覚は彼女にしかわからないものだ。俺たちには想像するしかない。


 すると、煉がはっとしたように口を開いた。


「地図アプリに黒い枠……? 尊さん、その映像を共有できませんか? 東富士の時みたいに」


「あ、そうか!」


 俺は茉奈に向き直り、彼女の瞳をまっすぐに見つめる。


「茉奈、頼めるか?」


「うん、やってみる……!」


 茉奈がこくりと頷き、俺の手をそっと握る。彼女の温もりが伝わってくると同時に、俺の脳裏に、俺自身の視界とはまったく別の映像が流れ込んできた。


「――ッ! 本当だ……GeloGeloマップみたいになってる……」


 俺の口から、我知らず驚きの声が漏れる。


 脳内に広がるのは、まさしく関東一円の広大な衛星写真だった。しかも、それはただの静止画じゃない。俺や茉奈の意思に応じて、自在にズームイン、ズームアウトができる。試しに「与野事務所」と意識してみれば、カメラが上空からぐんぐんと降下していき、俺たちが今いるこの建物の屋根まではっきりと映し出した。


「すごいな、これ……。で、黒い枠っていうのは?」


 俺がそう呟くと、視界の右下に、まるでパソコンのコマンドプロンプトのような、黒いウィンドウが表示された。その中を、意味不明な数字や記号の羅列が、滝のように高速で流れ落ちては消えていく。


「なんだこれ? 黒い枠には、確かに何かの数字がすごい速さで流れてるな……」


 俺が見たままを口にすると、浜田さんが鋭い視線で俺を捉えた。


「尊、その映像をできるだけ詳しく説明してくれ」


「はい。ええと、地図は俺たちの知ってる関東の地図そのものです。ただ、地図というより航空写真…車とか動いているのでまさに今の状態なのかも…その上に、いくつかの光の点が見えます。さっきまでいた大宮氷川神社が、強く輝いてますね。それと、黒い枠の中の数字は……ランダムに見えますけど、何か規則性があるような……地図を動かさないと数字は止まったままになります。」


 俺が説明している間も、浜田さんは黙って何かを考え込んでいる。やがて、彼は一つの仮説に思い至ったかのように、口を開いた。


「茉奈くん、その能力で、氷川神社と同じような、あるいは似たような反応を示す場所を探し出す……検索することはできるかい?」


「検索、ですか……? やったことないですけど、試してみます」


 茉奈が再び意識を集中させる。彼女の小さな手が、俺の手をきゅっと強く握った。


 その瞬間、俺の脳内の地図に、劇的な変化が起こった。


「うわっ、いっぱい出てきた!」


 思わず声が漏れる。今までぼんやりと点在していた光が、一斉に輝きを増し、地図上に無数のマークとなって点灯したのだ。それはまるで、夜空に満天の星が姿を現したかのようだった。


「尊、どうしたのじゃ!?」


「地図上に、光のマークがたくさん……! 大きいのから小さいのまで、色々あります。一番大きいのは……北の方角、これは栃木県の日光あたりか? あと、茨城の海沿いにもかなり大きいのが一つ。それと……南、東京には小さいのがいくつも密集してます!」


 俺の報告に、部屋に緊張が走る。これらが全て、氷川神社と同じ「神域」だとすれば、俺たちの手には、帝国すら知り得ない日本の秘密が記された地図が握られていることになる。


「尊、黒い枠の数字はどうなってる?」


 浜田さんの冷静な声が、俺の興奮を少しだけ鎮めてくれる。


「相変わらず、すごい速さで流れ続けてます。でも……括弧で囲まれた、小数点のある数字が二つ、カンマで区切られてる組み合わせが多いような……。(32.74271, 121.523470)……みたいなのが、流れていきます。」


「小数点のある二つの数字……カンマ……」


 浜田さんは顎に手を当て、何かを確信したように目を細めた。


「茉奈くん、もう一つ試してほしい。例えば、栃木県の日光にあると思われる一番大きなマーク。そこだけを、画面いっぱいに拡大表示することはできるかい?」


「はい、やってみます!」


 茉奈が応じると、俺の脳内マップが再び動く。関東全域図から、ぐんぐんと栃木県へとズームインしていく。やがて、日光の山々が広がり、その中心に輝く一つの巨大なマークと社だけが画面に表示された。


「浜田さん、マークが一つだけになりました」


「尊、黒い枠の数字は、どうなった?」


「……! 止まりました! (36.757187, 139.598770)という数字の組み合わせ一つだけが表示されています!」


 その報告を聞いた瞬間、浜田さんの口元に、全てを理解したという笑みが浮かんだ。


「――ビンゴだ。それは緯度と経度だ。GPS座標だよ」


「「「GPS!?」」」


 浜田さんの言葉に、俺たちは再び声を揃えて驚いた。全地球測位システム。カーナビやスマホでお馴染みの、あの技術。


「神々がGPSとは……時代も変わったものじゃのう」


 詩織さんが、呆れたような、それでいて面白そうな声で呟く。


「え、でも、何のために……?」


 茉奈が不思議そうに首を傾げる。


「それはまだわからない。だが、これは間違いなく、誰かが俺たちに残してくれた道標だ。古代の神々自身か、あるいはその意志を継いだ誰かか……いずれにせよ、行ってみる価値はある」


 浜田さんはそう言うと、力強く立ち上がった。その瞳には、新たな冒険への確かな光が宿っている。


「よし、決まりだ。俺たちの『巡礼』の旅を始めようか。まずは、一番反応が大きかった北の神域、日光東照宮から調査しよう!」


「日光! 修学旅行みたいで楽しそう!」


 葵がぱっと顔を輝かせて、子供のようにはしゃぐ。


「葵、遊びに行くんじゃないぞ」


 すかさず煉が真面目な顔で釘を刺すが、その口元がわずかに緩んでいるのを俺は見逃さなかった。


 神々の遺した謎のGPS。それは、帝国に支配されたこの日本で、俺たちが進むべき道標…


 こうして、俺たちの、そして日本古来の神々の謎を解き明かすための「神域巡礼」が、幕を開けたのだった。


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次回は 2026年01月29日19時 更新予定です

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