第一夜 回顧
与野事務所からほど近い、武蔵国一宮・大宮氷川神社。
俺たち、日本独立党の一行は、表向きはWebメディア「お忍びタイムズ」の記者として、取材という名目でこの神域に足を踏み入れていた。もちろん、本当の目的は茉奈の能力が示す「神域」の調査だ。
「いいか、お前たち。俺たちはあくまで取材に来た記者だ。あまり怪しい動きはするなよ」
車を降りてすぐ、浜田さんがいつもの飄々とした口調ながらも、鋭い視線で俺たちに釘を刺す。その隣で、詩織さんが「やれやれ」といった顔で肩をすくめた。
長く、そしてどこまでも真っ直ぐに続く参道は、掃き清められて凛とした空気を保っている。樹齢百年はあろうかという並木が天蓋のように空を覆い、木漏れ日がきらきらと地面に揺れていた。道の両脇には老舗の団子屋や茶屋が軒を連ね、醤油の焼ける香ばしい匂いが鼻先をくすぐる。帝国による支配下にあっても、この場所だけは古き良き日本の姿を色濃く残しているようだった。
「うわー! この参道、子供の頃と全然変わらないね。見て見て、尊! よくここで二人で団子食べたよね」
懐かしい記憶に、思わず笑みがこぼれる。隣を歩く茉奈も、子供に戻ったかのように瞳を輝かせていた。
「あぁ。あの頃は両親がいなくなった寂しさも、茉奈が一緒にいてくれたから忘れられたんだ。いつも俺の分まで団子を食ってたけどな」
「むっ、そ、それは尊が食べるのが遅いからでしょ!」
ぷくっと頬を膨らませる茉奈。そんな俺たちのやり取りを、少し後ろから聞いていた葵が目を輝かせる。
「へぇー!二人ってそんな小さいころから一緒だったんだ! まるで物語の主人公とヒロインみたい! 青春だねー!」
「葵、はしゃぎすぎるな。俺たちは調査に来てるんだぞ。それに、あまり大声を出すな」
真面目な煉がすかさず釘を刺すが、葵はどこ吹く風だ。
「えー、いいじゃん別にー。詩織さんだって、楽しむことも良い事だって言ってたもんね?」
「うむ。煉も少し肩の力を抜け」
「うぅ……はい……」
詩織さんにまで言われてしまい、煉はばつが悪そうに俯いた。その賑やかな様子に、浜田さんも穏やかな笑みを浮かべている。この束の間の平和が、たまらなく愛おしい。帝国に奪われた、俺たちが取り戻すべき光景そのものだ。
本殿で手早く参拝を済ませ、俺たちは本来の目的地へと向かう。茉奈の感知能力が示すポイントは、本殿ではなく、参道の途中にある摂社の一つだった。
「六社」と呼ばれる、六つの小さな社が並ぶ場所。子供の頃、急な夕立に見舞われて、よく雨宿りをした思い出の場所でもある。
そこにたどり着いた途端、空気が変わった。賑やかな参道の喧騒が嘘のように遠のき、静寂と、どこか懐かしいような、それでいて身が引き締まるような神聖な気に満ちている。俺の胸の内にずっと引っかかっていた、あの日の記憶が急に鮮明に蘇ってきた。
五歳の頃、両親が失踪した。孤独と不安に押しつぶされそうだった俺を救ってくれたのは、一つ年上の幼馴染だった茉奈と、その両親だった。あの日も、俺たちはいつものようにこの境内で鬼ごっこをして遊んでいた。急な雨に降られ、この六社の軒下で雨宿りをしていたんだ。その時だった。空を引き裂くような轟音と共に、すぐ近くに雷が落ちたのは。
俺の記憶はそこで途切れている。
「茉奈……」
俺は意を決して、隣に立つ彼女の左手に視線を落とした。白く滑らかな肌に、今もなおうっすらと残る火傷の痕。それは、俺が彼女に負わせてしまった、消えない十字架だ。
「あの日、俺は雷に打たれたのになんで無傷だったんだ?大人たちは偶然だって幸運だったって言ってたけど……本当は、茉奈が助けてくれたんだろ?この左手の傷…その時のものなんだろ?」
俺の問いに、茉奈は息を呑んだ。その肩が小さく震えている。煉や葵たちも、ただならぬ雰囲気を感じ取って俺たちを固唾を飲んで見守っている。
やがて、茉奈は小さく、しかしはっきりと頷いた。
「……怖くて、ずっと言えなかった」
震える声で、彼女は十数年の時を経て、重い口を開いた。
「あの時、雷が直接尊に落ちたわけじゃないと思う。もしかしたら、私に落ちたのかもしれない。でも、落ちた次の瞬間、倒れた尊の体が、炎に包まれたの」
「なっ……!?」
初めて聞かされる衝撃の事実に、俺は言葉を失う。茉奈は一度唇を噛みしめ、続ける。
「死んじゃうって思って、パニックになって……でも、助けなきゃって、夢中で手を伸ばして尊をつかんだら……」
茉奈はそこで言葉を切り、火傷の痕が残る自身の左手を見つめた。
「私の手から白い光が出て、尊の体の炎が消えていったの。代わりに服だけが燃えちゃった形になって、体の傷は綺麗に消えてた。怖かった。自分の身に何が起きたのか分からなくて、誰にも言えなかった。変に思われたくなくて、ずっと黙ってた。でも、今ならわかる。あれは、この力だったんだって」
告白を聞き終えた一同は、言葉を失っていた。俺を守るようにしてできた火傷の痕。その事実が、ずっしりと胸にのしかかる。俺は、この手で、この命で、どれだけ彼女に報いることができるだろうか。
「そうか……ありがとう、茉奈」
感謝と、申し訳なさと、そして何より愛おしさが込み上げてくる。俺が今こうしてここにいるのは、茉奈が命懸けで守ってくれたからだ。その事実を、改めて魂に刻み込む。
茉奈は俺の手を取り、六社の一つを指差した。そこには「神明神社」と古びた文字で書かれている。
「私の感知にいつも反応しているのは、この『六社』のここみたい。雷が落ちたのも、何か理由があるのかな?」
彼女はまるで何かに導かれるように、一人前に出て神明神社の前にゆっくりと跪いた。そして、目を閉じ、静かに両手を合わせる。それはあまりにも自然で、神聖な光景だった。まるで、古の巫女が神託を授かる儀式を見ているかのような錯覚に陥る。
次の瞬間、信じられないことが起こった。
社の奥から、淡い白い光がいくつも現れ、蛍のようにふわりと宙を舞う。一つ、また一つと増えていく光は、やがて数十、数百となり、茉奈の周りを優しく漂い始めた。光は茉奈の体へと、吸い込まれるように消えていく。
神秘的な光景に、俺も、詩織さんも、そこにいた誰もが息を呑んで見入っていた。科学では到底説明できない、まさしく神の御業。俺たちの戦いが、人知を超えた領域に踏み込んでいることを、改めて実感させられる。
やがて全ての光が収まり、辺りに静寂が戻る。
「茉奈!お主大丈夫か!?何ぞ体に異変はないか!?」
一番に我に返った詩織さんが、慌てて茉奈に駆け寄った。ずっと目を閉じていた茉奈は、何が起こったのか分からず、きょとんとした顔で俺たちを見回している。
「え?何がですか?特に何も…。あ、でも…」
茉奈は何かを確かめるように、再び能力に意識を集中させた。その表情が、みるみるうちに驚愕に変わっていく。
「どうした?」
俺が尋ねると、彼女は信じられないといった表情で、裏返った声を上げた。
「えぇっ!?うそ…感知できる範囲が…」
ごくり、と喉が鳴る。まさか、とは思うが、期待せずにはいられない。
「関東全域に…なっちゃった……」
「「「「「はぁぁぁっ!?」」」」」
俺たち全員の驚きの声が、神社の静かな境内に響き渡った。
茉奈の「神子」としての力が、今、本当の意味で覚醒したのだった。
それは、俺たちのそして日本の未来を大きく左右する光だった。
次回は 2026年01月26日 19時 更新予定です




