第八夜 神祇
浜田誉と彼の相棒である自律型AI『YATA』が、帝国軍のネットワークに仕掛けたサイバーテロの翌朝。
世界は、奇妙でどこか滑稽な混乱に包まれていた。
『――こちら、Code81東京中心部です! ご覧ください! 帝国軍が管理する防犯カメラが一斉に奇妙な動きを始め、未だコントロール不能の状態が続いています!』
ネットニュースの女性レポーターが、興奮気味に声を張り上げる。彼女の後ろでは、ポールに取り付けられた監視カメラが、まるで首を振って嫌がっているかのように左右にブンブンと動き、その隣のドーム型カメラは狂ったように高速回転を続けていた。ズームインとアウトを執拗に繰り返すカメラもある。その光景は、まるで機械たちが一斉に自我に目覚め、ストライキでも起こしたかのようだった。
さらに、帝国軍のプロパガンダを垂れ流すはずの専用チャンネルは、青空と白い雲の静止画を背景に『しばらくお待ちください』という無機質な文字と、爽やかすぎるヒーリングミュージックを延々と流し続けている。
この前代未聞の事態に、ネットニュースの記者が帝国軍司令部に突撃取材を敢行したが、鬼の形相で出てきた報道官は「ノーコメント」を貫くだけだった。
独立党の拠点の一室で、尊と茉奈はそのニュース映像をタブレットで眺めていた。
「昨日の夜、普段より少し機械の音が大きいなと思ったんだが……まさかこれだったとはな」
呆れたように尊が呟く。少し離れた高速を走るトラックの音に交じって、何かが高速で処理されているような金属の擦れたような音が微かに聞こえていたのを彼は思い出していた。
「これって、昨日のYATAの仕業、よね?」
茉奈がおずおずと尋ねると、尊は「たぶんな」と短く肯定し、苦笑を浮かべた。あのハッカーがやったことは、予想のさらに斜め上を行っていたらしい。
朝食をとり、それぞれの午前中の業務を終えた午後。
昨夜と同じメンバー――尊、茉奈、詩織、煉、葵、そして浜田――が、再び彼の執務室に集められた。部屋の主である浜田は、巨大なモニターの前に立ち、満足げな笑みを浮かべている。
「浜田、昨日のはやりすぎじゃ。全国的に大騒ぎになっておるぞ」
開口一番、詩織がやれやれといった表情で言った。
「はっはっは! さすがに1分半でデータ収集と細工を並行処理するとなると、あれが何のシステムかまでは判断つかなかったんだよ。だがまあ、結果オーライだろ?」
悪びれる様子もなく浜田は笑い飛ばす。
「帝国はまったく原因を掴めてないらしいから問題ない。それどころか、バックドアにすら気づいていない」
「それも、YATAが調べてるんですか?」
茉奈が感心したように尋ねると、浜田は「あぁ、そうだよ。有能だろ、俺の相棒は?」と、まるで自分の子供を自慢するかのように胸を張った。
「さて、本題に入ろうか」
浜田はリモコンを操作し、モニターの電源を入れる。
「その有能なYATAから報告が上がってきた。帝国軍のデータベースは、何重にも暗号化されていてな。全部を解読するにはまだ時間がかかる。だが、今解読できた部分だけでも、今後の俺たちの戦略を左右する重要な情報だ。共有して、方向性を決めたい」
モニターに、YATAが再構成したというデータが表示される。それは、帝国軍が収集・記録していた『日本における不可解事象報告』とでも言うべきファイルだった。
「これから話すことは、日本文化に詳しければ既に知ってる部分もあるかもしれん。だが、認識を共通化するためにも、一度基本から確認させてくれ」
浜田はそう前置きした。帝国による洗脳教育を受けて育ったため文化などに疎い煉や葵に配慮した言葉だった。
「まず、『神社』とは何か。これは日本の伝統的な宗教施設で、自然や祖先といった神々――カミを祀っている場所。言うなれば『神様の家』だ」
モニターに、美しい神社の画像と共に、基本的な説明文が映し出される。
「そして、ここからが帝国が記録していたデータだ」
浜田が続けると、画面が切り替わり、にわかには信じがたい事件のリストが表示された。
『事例1:ご神木を無断で伐採し持ち帰った男性、自宅で原因不明の突然死』
『事例2:鳥居でふざけたパフォーマンス動画を撮影したインフルエンサー、動画公開直後に原因不明の車両暴走による交通事故死』
『事例3:本殿に土足で上がり込み器物を損壊した迷惑系配信者、ライブ配信中に落雷を受け死亡。当時、その神社周辺にのみ局地的な雷雲が発生』
「……なんだ、これ。オカルト?」
煉が眉をひそめる。彼の表情は、非科学的な与太話に付き合わされるのはごめんだ、と雄弁に語っていた。
「まぁ待て。続きがある」
浜田は煉の反応を意に介さず、さらに核心へと迫っていく。
「帝国の上層部は、当然ながら日本のこうした霊的・神秘的な信仰文化を理解できなかった。むしろ、災いが起きるなら、その原因ごと無くしてしまえばいい、と判断したらしい。実に合理的で、実に愚かな判断だ」
モニターの表示が、帝国の具体的な計画を示すものに変わる。
『計画概要:日本占領後、非科学的信仰の根絶を目的とし、国内の神社仏閣を段階的に破壊する』
『初期目標:関東、特に埼玉エリアに多く点在する氷川神社の分社群をターゲットとする』
「だが、この計画はすぐに頓挫した。いくつかの分社を破壊した直後、計画を主導した帝国軍の上層部が、相次いで変死を遂げたからだ」
執務室に緊張が走る。ただの偶然や迷信では片付けられない、明確な因果関係を示唆する記録だった。
「そして、決定的な事件が起こる」
浜田の声のトーンが一段低くなる。モニターに表示されたのは、一つの神社の名前と、そこに紐づけられた皇族の名だった。
『事案名:日枝神社爆破事件』
『概要:帝国占領直後、当時の皇帝はCode81の支配を象徴する建築物を建てるため、国会議事堂近くの日枝神社を更地にする計画を立案。爆破・解体後、皇帝の第一王子を住まわせるための宮殿建設を開始』
「だが、工事が始まった直後、皇帝の后が原因不明の病で床に伏し、衰弱していった。そして……第一王子は、高熱と悪夢にうなされ続け、そのまま帰らぬ人となった」
『結論:これ以降、帝国は日本の神社仏閣に対し、一切の不可侵政策をとる』
「……ここまでが、今のところYATAから上がってきた報告だ」
浜田は深く息を吐いた。
「どちらかと言えば神話に近いような、信じられない話のオンパレードだ。だが、あの帝国がわざわざ暗号をかけてまで保存していた記録だ。これは、事実なんだろうよ」
静まり返る部屋の中で、詩織が静かに口を開いた。その声は、古の祝詞のように厳かに響いた。
「――葦原の中つ国は、天地の初めより八百万の神の坐します国なり。人の子らは神々を畏み敬ひ、その御稜威をいただきて、世を紡ぎ今に至れり」
彼女は一度言葉を切り、そこにいる全員の顔を見渡した。
「わしの家に伝わる一節じゃ。『この日本という国は、世界が始まった時から数えきれないほどの神々がいらっしゃる国である。人々は神を畏れ敬い、その大いなる力と恵みをいただきながら、歴史を紡ぎ、今日まで歩んできた』……そういう意味じゃ」
詩織の瞳に、静かな怒りの色が宿る。
「その地で、神々の家を破壊し、あまつさえ自分の家を建てようとは……。呆れてものも言えんわ」
「ああ」と浜田が頷く。「神凪さんが残したヒント、『帝国が神社に手を出せない理由』の答えは、おそらくこれだ。日本には、帝国の科学技術をもってしても抗えぬ、八百万の神々がいる」
「神々……?」
煉が、信じられないというように呟いた。
「そんな非科学的な……。何かの自然現象か、あるいは未知のエネルギーかなにかの偶然の一致と考える方が、まだ合理的じゃないですか?」
「それを言ったら、俺たちのこの力はどう説明するんだ?」
尊が静かに煉に返した。その言葉に煉はぐっと黙り込む。
「神様って、神社のどこにいるんだろう……?」
隣で、葵が素朴な疑問を口にした。彼女の純粋な問いに、詩織が少しだけ表情を和らげる。
「昔からよく言われておるのは、ご神体やご神木、あるいは鏡や剣といった祀られているものに神様は宿る、昔から収穫祭とかには米や酒といったものを奉納したということじゃが……その姿を見たものは、おらん」
神は存在するのか、しないのか。
科学と神秘がぶつかり合い、誰もが答えを出しかねていた、その時だった。
「あの……」
それまで黙って皆の話を聞いていた茉奈が、ためらうように手を挙げた。全員の視線が、彼女に集まる。
「もしかしたら、なんですけど……」
茉奈はごくりと唾を飲み込み、意を決したように言葉を続けた。
「私の感知能力で、訓練の時とか広範囲の様子を見ていた時があったんです。その時に……大宮氷川神社に、ずーっと同じ場所に、人とは違う……でも、確かにそこに『在る』、何かの反応を感じていて……。気にはなっていたんですけど、それって、もしかして……」
茉奈の告白が終わると、一瞬の沈黙が執務室を支配した。
人とは違う、何か。
それは、彼女の『神子』としての力が、人ならざるものの存在――神の気配を捉えていた可能性を示唆していた。
科学的なハッキングによって暴かれた帝国の秘密が、非科学的な『神』の存在へとつながった。
「「「……ええええぇぇぇぇぇぇっ!!」」」
浜田の執務室に、その日一番の驚愕の声が響き渡った。
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次回は 2026年01月22日 19時 更新予定です




