第四夜 結語
俺は一度、長く、深く息を吐いた。熱に浮かされたように語り続けた過去の記憶が、執務室の冷たい空気の中でゆっくりと輪郭を取り戻していく。目の前には、固唾を飲んで俺の言葉を待つ若者たちと、静かにこちらを見据える詩織の姿があった。
「……そこまでが、俺たちが夢見た『暁』の物語だ。だが、歴史に刻まれたのは、そんな美しい名前じゃない」
俺は自嘲気味に呟いた。
「帝国は、俺たちの蜂起を『血の朝日』と名付け、徹底的に断罪した。結果は、検索で出てきた通りだ。クーデターは失敗に終わり、多くの同志たちの血が、夜明け前の東京を赤く染め上げた」
神凪さんは、国会議事堂の掌握と旧皇居の奪取のため、地下鉄路線の九段下駅から竹橋駅の間にある極秘司令部に身を潜めていた。日本の中心、そして逃げ場のない場所で、彼は最後まで指揮を執り続けた。だから、俺は信じていた。いや、信じるしかなかった。あの人は、あの日に死んだのだと。
「後方にいた俺は、通信モニター越しに見ていた。司令部が帝国軍のバンカーバスターで爆撃され、神凪さんの姿がノイズと閃光の中に消える、その瞬間を……。だから、俺は信じるしかなかった。あの人は、あの日に死んだのだと」
「俺は……神凪さんの手で、意図的に作戦から外されていた。俺だけじゃない。将来のある若手の多くが、実行部隊から外され、後方に配置されていたんだ。おかげで、軍からの追手を免れ、こうして生き永らえることができた」
だが、それは決して幸運などではなかった。
「多くの仲間や先輩、そして何より……あの人を失って、俺は生きる目的を完全に見失った。軍を辞め、しばらくは亡霊のように身を隠して暮らした。神凪さんが、あんなに簡単に死ぬはずがない。俺なんかより、ずっとずっと強い人だったからな。でも、どんなに探しても、どんなに調べても、彼の消息は掴めなかった。生きているという痕跡も、死んだという確証さえも……」
絶望だけが、そこにあった。そんな抜け殻のような日々の中、あるニュースが俺の目に飛び込んできた。神凪さんの後任として、統合幕僚長に就任した男の顔。
「金城戸景綱……。奴は、黒髪部隊の解体を指揮し、国土防衛軍を帝国による完全支配下に置くことを宣言した。絵に描いたような帝国の傀儡だった」
胸の奥で、消えかけていた炎が再び燻り始めた。俺は、退役後も衰えることのなかったハッキングの腕を使い、軍のネットワークに侵入した。金城戸の情報を探るうちに、俺は奴が画策する、ある計画の存在を突き止めてしまった。
「『黒髪能力者戦線投入計画』……」
その名を目にした時の悪寒を、俺は今でも忘れられない。
「帝国は、日本人に銀髪化の遺伝子を組み込んでおきながら、Code81内でごく稀に生まれる黒髪の子供が、特殊な能力を持って生まれることを知っていた。その子供たちを、ただの兵器として、戦力として利用しようとしていたんだ。洗脳、DNAサンプルの採取、そして、非人道的な人体実験……。奴らがやろうとしていたのは、人の命をもてあそぶ、悪魔の所業だった」
俺は、強く拳を握りしめた。
「ふざけるな、と思った。こんなことのために、子供たちの命を使わせてたまるか。もし、神凪さんが生きてこの計画を知ったら、絶対に黙ってはいないはずだ。そう思った瞬間、俺の中で何かが決まった」
だが、神凪さんのように力で事を起こしても、また同じ悲劇を繰り返すだけだ。帝国の無人機部隊の前では、少数の武力蜂起など無意味に等しい。俺は、別の方法を模索し始めた。
「帝国の動きを警戒しながら、情報を集め、黒髪で生まれてくる子供たちを一人でも多く救い出す。それが俺の新しい目的になった。それが、この『日本独立党』の前身だ」
俺は詩織に視線を移した。
「情報を集める中で、巫女が多く生まれてくる一族の存在を知った。秘密を厳守できる医者を探し出し、支援者を集め、子供と、その家族ごと守るための環境を整えた。政治団体という皮を被ったのは、その方が何かとごまかしやすかったからだ。献金や政治資金という名目で活動資金を集め、『日本独立党』という明らかな党名は、帝国の支配を快く思わないが動けずにいる者たちの受け皿にもなった」
そして、と俺は言葉を続ける。
「その過程で、俺は一人の巫女と出会った。予知夢のように夜にしか使えないといった制約のある能力ではなく、リアルタイムで未来を見通す力を持ちながら、その力故に同族の中でも孤立していた、気丈で、意地の悪い小娘とな」
「誰が小娘じゃ」
詩織が、呆れたように、しかしどこか懐かしむような顔で悪態をつく。俺は、そんな彼女を見て、久しぶりに心の底から笑った。
「こうして、俺と詩織で始めた組織が、今の『日本独立党』だ。俺は神凪さんのようにはならん。いや、なれない。だが、あの人が愛したこの国と、その未来を担う子供たちを守りたいという想いは、同じだ」
俺は、尊たち四人の顔をまっすぐに見据えた。
「……これが、俺たちの始まりの物語だ。そして、お前たちがここにいる理由でもある」
長い、長い語りが終わった。執務室には、再び静寂が戻る。だがそれは、もはや絶望の色を帯びてはいなかった。過去から現在へと繋がった物語は、今、ここにいる全員の覚悟を一つにし、未来へと向かう新たな一歩を踏み出そうとしていた。
次回は 2026年01月08日 19時 更新予定です




