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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第二章 回帰
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第三夜 黎明

 俺の語りは、神凪さんがまだこの国の英雄だった時代へと遡る。


 統合幕僚長に就任してからの神凪さんは、まさに獅子奮迅の働きだった。帝国内で頻発するテロの鎮圧、そしてCode81を襲う数多の災害現場。彼は常に最前線に立ち、泥と汗に塗れながら、一人でも多くの命を救おうと奔走していた。その姿は、帝国に見捨てられた我々旧日本国民にとって、唯一の希望の光だった。


 だが、その光は、あまりにも無力だった。


 忘れもしない。山間の集落を襲った大規模な土石流。帝都の電力供給のために山肌を削って無計画に設置されたソーラーパネルが、長雨によって牙を剥いた典型的な人災だ。現場は地獄絵図だった。俺たちが瓦礫の中からか細い声を頼りに生存者を掘り出している間にも、二次災害が容赦なく襲いかかる。


 そんな中、神凪さんは、まるで獣のように泥を掻き分けていた。その先には、土砂に半ば埋もれた孤児院があった。やがて彼の動きが止まる。その腕に抱かれていたのは、小さな、あまりにも小さな女の子の亡骸だった。泥に汚れた小さなリボンが、風に虚しく揺れていた。


 神凪さんは、何も言わなかった。ただ、その瞳から、確かな光が消えていくのを俺は見た。救っても、救っても、その先から零れ落ちていく命。帝国の無策という巨大な悪意の前では、我々の善意など焼け石に水でしかない。その日からだ。彼の纏う空気が、静かな怒りの色を帯び始めたのは。


 そして、運命の日が訪れる。


 ある夜、俺は信頼できる数名の同志と共に、統合幕僚長室に極秘裏に集められた。重々しい空気の中、神凪さんは静かに、しかし燃えるような瞳で俺たちを見据え、口を開いた。


「救うだけでは、もう足りない」


 その声は、地の底から響くような怒りに満ちていた。


「我々が瓦礫の中から一つの命を救っている間に、この国の仕組みそのものが、百の未来ある命を殺している。……俺は、この狂った仕組み自体を破壊する」


 国家反逆――その言葉が脳裏をよぎり、部屋の空気が凍り付く。だが、俺の心に宿ったのは恐怖ではなかった。憧れの師が、俺たちが心の奥底で誰もが願っていたことを、遂に口にした。その事実に、全身が震えるほどの高揚感を覚えていた。俺だけじゃない。他のメンバーも一瞬の動揺の後、その瞳に同じ決意の光を宿し、次々と神凪さんの覚悟に続いた。


 そこで明かされたのが、電撃的クーデター計画――『暁の蜂起』だった。


 首都中枢の完全麻痺。帝国系通信網の破壊と、代々木・お台場のテレビ局の物理的・デジタル的掌握によるメディアジャック。そして、帝国の悪事の全て――ソーラーパネル人災の極秘データ、国民からの搾取の証拠――を白日の下に晒し、一億国民の蜂起を促す。それは、神凪さんがどれだけの時間をかけて練り上げてきたのか想像もつかないほど、壮大で、緻密で、そして美しいとさえ思える革命の設計図だった。


「誉」


 神凪さんが俺の名を呼んだ。


「この作戦の心臓部はお前の指にかかっている。帝国系の情報網を完全に沈黙させ、我々の声を全国民に届けろ。頼んだぞ」


「……はい!」


 俺は、力の限りそう答えた。この人のためなら、この計画のためなら、どんな罪でも背負える。そう思った。


 だが、情報戦の専門家として、一点だけ看過できない懸念があった。


「神凪さん。計画は完璧です。ですが、これだけの規模となると、情報漏洩のリスクが常に付きまといます。もし、内部に一人でも裏切り者がいれば……」


 俺の進言に、神凪さんは静かに頷いた。


「そのリスクは承知の上だ。だが、俺はここにいる同志を、そして我々に続く者たちの結束を信じる。事を起こす前に疑心暗鬼になっていては、何も成し遂げられん」


 彼の圧倒的なカリスマと信頼の言葉に、俺の懸念は霧散した。そうだ、この人を信じよう。俺たちの絆を信じよう。


 部屋の熱気は最高潮に達していた。旧式の武器しかなくとも、白兵戦なら帝国軍に負けはしないと自負する実働部隊。掌握すべき空港やテレビ局が帝国によって集約・解体されていたのは、皮肉にも俺たちにとって好都合だった。


 神凪さんは、そんな俺たちの顔を一人ひとり、慈しむような目で見渡すと、静かに、しかし力強く告げた。


「決行は、来たる二月十一日。かつて、我々の祖先がこの国の始まりを祝った建国記念日だ。その日の午前四時を以て、我々は帝国のくびきからこの国を解放する」


 二月十一日。その日付が持つ意味の重さに、俺たちの胸はさらに熱くなった。


 神凪さんは、窓の外に広がる帝都の夜景に目を向け、まるでその先にいる一億の国民に語りかけるかのように、その拳を固めた。


「長きに渡る屈辱の夜は終わる。日本の夜明けは、我々の手で」


 その言葉は、俺たちの魂に深く刻み込まれた誓いの言葉となった。俺は、隣に立つ同志たちと固く視線を交わし、強く頷き合う。疑いなど微塵もなかった。俺たちが信じる未来は、もうすぐそこまで来ている。


 ……そう、信じていた。


 あの『血の朝日』が昇る、その日までは。


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次回は2026年01月05日 19時 更新予定です

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