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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第一章 黎芽
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第三夜 策定

 独立党の拠点、その一室。会議室の窓から差し込む午後の光は、どこか淡く、外で鳴り響く蝉の声さえも、この場の重苦しい空気を破るには至らない。張り詰めた沈黙の中、最初に口を開いたのは、テーブルの奥に座る浜田だった。彼の視線が、尊と茉奈、そして詩織を順に捉える。


「さて、まずは東富士での戦果について総括しようか」

 浜田は、テーブルに広げられた資料を一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。

「俺たち独立党がやった救出作戦は、間違いなく成功だ。だが……」

 彼の言葉に、わずかな陰りが差す。

「帝国の報道や軍内部の動きを見る限り、俺たちの名前はほとんど出ていない。原因は明白だ。『黒髪集団』――奴らの破壊活動があまりに派手すぎた。爆炎と瓦礫の映像はニュースを独占し、俺たちの働きは、まるで霞のように消えちまった。帝国にとっての最大の脅威は、まず奴ら、ってわけだ」


 尊は、思わずテーブルを強く握りしめた。その声には、隠しきれない苛立ちが滲む。

「……つまり、俺たちが必死で命を賭けて救った子供たちは、帝国にとって、どーでもよかったってことかよ……!」


 尊の隣に座る茉奈が、そっと彼の肩に手を置いた。その小さな手から伝わる温もりが、尊の荒ぶる心をわずかに鎮める。

「尊……でも、子供たちは確かに生きてる。帝国に気づかれていなくても、私たちが救えた命は、決して消えないよ」

 彼女の瞳は、まっすぐで揺るぎない。


 詩織は静かに頷いた。その表情は常に冷静で、感情の起伏を見せない。

「浜田の分析は正しい。帝国はいま、独立党よりも『黒髪集団』に視線を向けている。それはわしらにとって、監視が緩むという意味で好機。じゃが、同時に――やつら『黒髪集団』に存在がばれた。意図せぬ接触が増える危険も孕んでいる、ということになるな」


 浜田は一度、全員の顔を見渡した。

「次に、その『黒髪集団』との遭遇についてだ。尊、お前から詳しく聞かせてもらおうか」


 尊は深く息を吐き、あの日の記憶を呼び起こす。

「……実際に遭遇した俺の印象ですが、あいつらは……強すぎた。刀を使っていたが切るというより、刀をたたきつけるといったほうが近いのかもしれない。斬撃が飛んでくるから間合いが読み切れない。俺が『覚醒』していても、反応するだけで精一杯だった。なのに、斬りかかってくる途中で、奴らは笑ってやがったし、殴り飛ばしたのに起き上がって『また遊ぼうや』なんて言いやがったんだ。……戦いを、遊びにしてる。あんな奴らに、どう挑めばいいんだ……?」

 彼の声には、恐怖と、それを上回る屈辱が混じっていた。


 茉奈は、尊の言葉に小さく身を震わせた。その顔は青ざめ、小さな声が漏れる。

「……怖い。尊があの時、もし倒れていたらって考えると、今でも胸が締めつけられるよ……」


 詩織はわずかに眉を寄せた。普段は揺るがない彼女の表情に、珍しく困惑の色が浮かぶ。

「やつらの存在は……わしの"予知"でも掴めん。おそらく同行してた、楓や香澄の未来の予兆も把握してなかったじゃろう。まるで濃い霧に覆われたように、何一つ見通せない。これほど不透明な存在は、初めてじゃ。未知であるという事実こそが、最大の脅威と言えよう」


 浜田は腕を組み、低く唸った。

「なら、結論は一つだ。奴らが敵か味方か、その目的が判明するまで、徹底して情報収集を行う。正面からぶつかるのは、今の俺たちにとっては自殺行為に等しい」


 議論の焦点は、尊自身の能力と、今後の課題へと移った。

 詩織は、まっすぐに尊を見据えた。その視線は、まるで彼の心の奥底を見透かすかのようだ。

「尊。お前たちが持ち帰った資料によると、おまえの力はおそらく『神使』の才。帝国が長年調べて作り上げようとしたものをお主は覚醒して手に入れた。じゃが、過信は禁物。東富士の研究室で、怒りに任せて暴走したことを忘れてはならん。その力は諸刃の剣。最悪の場合、仲間をも傷つけかねない」


 尊は歯を食いしばり、反論しようと口を開く。

「……あのときは……どうしようもなかったんだ。あの子供を弄んでいた奴らを見て、冷静でいられなかった――」


 詩織は、尊の言葉を遮るように、冷徹に言い放った。

「言い訳はいらん。しいていえば、おぬしは身体能力の強化に頼りすぎておる。戦いの駆け引きや技術が伴っていない。格上の相手には通用せん。茉奈がいなければ覚醒できない現状。これは最大のリスクじゃ。」

 その言葉は、尊の胸に深く突き刺さった。


 茉奈は、すぐに口を開き、声を強めた。その瞳には、尊を守ろうとする強い意志が宿る。

「待ってください!尊は確かに未熟かもしれない。でも、あの力で救えた命があるんです。それに……私は、尊の隣を離れません。どんなときでも、必ず、一緒にいます!」


 尊はうつむき、唇を噛み締めた。

「……茉奈がいてくれるから、俺は立っていられる。だけど……それに甘えてばかりじゃ駄目だってことも、分かってるんだ……」


 浜田は腕を解き、会議机に両手を置いて、尊と茉奈を交互に見た。

「なら、鍛えるしかねえな。尊、お前自身を。そして、茉奈くんもだ」


 議論は、今後の具体的な方針決定へと進んだ。

 浜田は、一度大きく息を吸い込んだ。

「対・黒髪集団。まずは徹底した情報収集。正面衝突は避ける。これは決定だ。そして、尊と茉奈君の育成については……詩織、お前の案を聞こう」


 詩織は、用意していた資料をスッと差し出した。

「子供たちを巻き込むことは嫌じゃったが、背に腹は代えられん。煉や葵との連携訓練を計画する。尊には、実戦的な技術と戦略を。茉奈には、精神の支えとしての役割を深めつつ、自身の能力の安定化訓練を。訓練は、厳しいものになるじゃろうが、それを越えねば、ぬしら二人は次の段階へ進めん」


 茉奈は、真剣な眼差しで詩織を見つめ、力強く言った。

「尊だけじゃない。私も、二人で、必ず乗り越えてみせます!」


 尊は、静かに頷いた。その瞳には、先ほどまでの迷いはなく、強い光が宿っていた。

「……やってやる。絶対に、強くなる。俺はもう、誰も失いたくないから……!」


 浜田は満足げに微笑んだ。その顔には、日本独立党のリーダーとしての確かな自信が浮かぶ。

「よし。方向は定まったな。俺は現場を整える。詩織は訓練計画を。尊と茉奈は、その準備を怠るな。そして――救出した子供たちの教育も並行して進める。あの子たちを帝国に奪われないように、俺たちが、未来を守るんだ」


 詩織は、柔らかく微笑んだ。

「恐怖や絶望だけではなく、希望を教えよう。それが、わしら日本独立党の、そしてこの戦いの、真の意味じゃからな」


 会議室に再び静寂が訪れた。だが、それは先ほどの重苦しい沈黙とは違う。それぞれの胸に、新たな決意が宿った、静かで力強い空気だった。尊と茉奈は視線を交わし、互いの覚悟を確認するように、同時に深く頷いた。彼らの、そして独立党の戦いは、ここから本格的に始まるのだ――。


 ---


 会議室の重い扉が閉じられる音が、背後に遠ざかっていく。

 尊は深く息を吐き出し、額に滲んだ汗を手の甲で拭った。

 廊下には誰もいない。冷たい蛍光灯の光が、妙に白々しく感じられた。


「……詩織さん、相変わらず容赦ないな。感情の制御も、技術不足も……全部図星だった」


 彼は握りしめた拳を見下ろす。

 戦闘で斬り結んだときの感覚――自分の力が足りず、ただ受け流すだけで精一杯だった屈辱が、鮮明に蘇る。


 茉奈が隣でそっと歩みを揃えながら、優しい声で言った。

「尊、悔しいのは分かる。でも、あの人が厳しいのは、あなたに期待してるからだよ。……私も同じ気持ち。あなたが折れたら、私まで折れてしまうから」


 彼女はそう言って、小さく微笑む。

 しかしその笑みには、不安と覚悟が入り混じっていた。


 尊は苦笑しながら、自嘲気味に呟いた。

「……結局、俺はまだ茉奈に頼りっぱなしだ。茉奈がなければ力を出せないなんて、情けないな」


 茉奈は立ち止まり、尊を見つめて、きっぱりと言い放った。

「情けなくなんかない。だって――私も、尊がいなければ立っていられない。覚醒がどうとかじゃなくて……一緒にいるから、戦えるんだよ」


 尊は目を伏せたまま、彼女の言葉を噛みしめる。会議室では言えなかった弱音が、心の奥から零れ落ちそうになる。

「……もし、茉奈が隣にいなかったら……俺、きっと怖くて動けない」


 茉奈は静かに首を横に振り、尊の手を握った。その小さな手から、確かな温もりが伝わる。

「大丈夫。私はどこにも行かない。尊と一緒に鍛えるって決めたんだから。……たとえ敵がどんなに強くても、私たち二人ならきっと乗り越えられる」


 その言葉に、尊はようやく顔を上げる。廊下の窓から差し込む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。

 尊は強く手を握り返し、決意を口にした。

「……ありがとう、茉奈。絶対に、守り抜く。俺は、もっと強くなる」


 彼らの視線の先には、赤く沈みゆく太陽。その光はこれから待受ける戦いの苛烈さを暗示しながらも、確かな希望を照らしていた。


 ---


 同じ頃、会議室にひとり残った浜田は、椅子の背もたれに深く沈み込んでいた。

 口元には相変わらず人懐っこい笑みを浮かべているが、その瞳には戦場帰り特有の陰が宿っていた。


「……尊も茉奈も、まだガキだ」

 浜田は独り言のように呟く。

「だが――あの眼は、戦場で生き延びる奴の眼だ。……問題は、間に合うかどうか、だな」


 彼はポケットから古びた煙草ケースを取り出し、しかし火をつけることなく机に戻した。遠くで子供たちの笑い声が響く。その音を聞きながら、浜田はただ目を細めた。


 ---


 一方、別室で書類を整えていた詩織は、窓辺に立ち、夜の帳が降りていく空を見上げていた。


「……未来が視えない。わしの"予知"を拒む存在……」

 詩織は小さく呟いた。

「もし本当にそんなやつらが敵だとすれば――帝国以上に危険かもしれない」


 一瞬、胸の奥に冷たい恐怖が走る。

 だが次の瞬間には、尊と茉奈の姿が脳裏に浮かび、彼女は小さく息を整えた。


「……二人なら、あるいは……。だけど、まだまだ足りん。だからこそ、わしらが子供たちの未来を切り拓くための礎を築かねばならん」


 彼女は再び机に戻り、訓練計画の草稿にペンを走らせる。

 背筋を伸ばしたその横顔は、揺るぎない決意に満ちていた。

次回は 12月08日(月) 19時 更新予定です

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