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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 始動
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第七夜 覚意

 

 尊が地下施設の出口付近に到達するころ、御殿場事務所では、茉奈は膝をつき、肩で荒い息を繰り返していた。全身の力を振り絞り、初めての覚醒を経た身体は限界を迎えていた。筋肉の痛みが全身を蝕み、思考は霧の中に沈み、現実の輪郭は次第にぼやけていく。光景も音も、彼女の意識には遠く霞むようにしか届かない。


「……尊……危ない……」


 その声はか細く、空気に吸い込まれるように消えた。伝えたい、知らせたい。黒髪の集団がこちらに迫っていることを、尊たちに――けれど、もう声は届かない。胸の奥に渦巻く焦燥と恐怖も、体の力と共に限界を迎えた。意識が途切れ、身体はゆっくりと床に崩れ落ちる。


 その瞬間、背後から霧乃が飛ぶように駆け寄り、茉奈の体を抱き上げ、そっと横たえた。手の温もりがかすかな救いとなる。


「しっかり……しっかりして!」霧乃の声は必死だった。震える指先で茉奈の肩を押さえながら、涙を堪えるように見守る。けれど茉奈はただ静かに目を閉じ、深い眠りに落ちていった。


 詩織も駆け寄り、胸の上下を確認する。

「力の使い過ぎじゃな……安心せい。ただ眠ってるだけじゃ」


 安堵と心配が入り混じった表情で茉奈を見守る二人。呼吸の微かな揺れを確認し、詩織は小さく息をつく。心の中で、声にならない言葉を呟く。


「よくやった、茉奈……」


 胸に込めた想いは、言葉にならなくても十分だった。誰もが彼女の頑張りを静かに称えていた。




 一方、東富士演習場の外。ゴルフ場に止められたバンの前で、待機していた浜田も尊たちのケガなどに備え用意をして待っていた。尊や救出した子供たちは奇跡的にけがもなく全員脱出でき、無事に御殿場事務所へ帰還できる見込みだった。だが、小さな手をしっかり握りしめる尊の視線は、まだ微かに震えていた。


 運転席でハンドルを握る尊の胸の奥は、茉奈の安否を思い、ぎゅっと締め付けられる。脱出の途中から通信は途絶え、あの強さを見せた彼女の姿が頭に浮かぶ。胸の奥で抑えきれない不安が蠢く。


「大丈夫だ……きっと無事だ」


 何度も自分に言い聞かせながら、バンを静かに走らせる。目の前の道には瓦礫や倒木が浮かび上がる。息を整え、運転に集中する。その一方で、頭の中には茉奈の姿が何度も繰り返し浮かんでいた。膝をつき、必死に力を振り絞る彼女の背中。その背中を支える自分の手が、ここまで届くことを祈るような気持ちで。




 事務所に到着した瞬間、尊の目に飛び込んできたのは、ソファーに横たわる茉奈の姿だった。黒髪が柔らかく広がり、微かに光を反射している。胸の奥に走る緊張が背筋を伝い、一瞬、時間が止まったかのように感じた。


「茉奈……!」


 尊は駆け寄り、肩に手を置く。浅いが落ち着いた呼吸を確認し、安堵の息を漏らす。そっと黒髪を撫でながら、静かに告げた。


「ありがとう……いつも助けてくれて」


 その声に応えるように、茉奈のまぶたが微かに動き、瞳がゆっくりと開く。意識を取り戻した彼女の視線は、真っ先に尊に注がれた。


「……尊、奴らは……どうなったの!?」


 事務所のメンバーは息を飲む。黒髪が襲撃してきたことを知らなかった詩織と浜田は顔を見合わせ、驚愕を隠せなかった。目の前で繰り広げられた戦闘のことを想像し、無意識に肩を震わせる。


 尊は深く息をつき、言葉を選ぶように静かに答えた。

「大丈夫だ。子供たちは無事だ……だが、あの黒髪の集団は、まだどこかにいる」


 茉奈は小さくうなずく。その瞳には、戦場での緊張がわずかに残り、全力で戦った記憶と疲労が重なる。持ち帰った資料から、帝国が「神子・天狗・神使」という上位能力を解明し、兵として利用しようとしていたことことが判明した。


 詩織が資料を差し出し、口を開く。

「ぬしらが持ち帰ってきた資料に、ーー神使は神子の契りによってその力を天へ届け、天空の秩序に変化をもたらしたーー とある」

「これは……どうやら、茉奈と尊、お前らなのかもしれんな。」


 二人は互いの目を見つめる。戦いの中で培った信頼と絆が、言葉以上の安心感を生んでいた。まだ全ては理解できなくても、目の前の子供たちを救えた事実が、そして、お互いが特別な存在であるということが、今の二人に力を与えていた。



 夜明けの気配が漂う。事務所を出ると、東の空がオレンジ色に染まり始めていた。二人は歩みを止め、手をつなぐ。柔らかな光が二人を包み込み、深く冷えた空気に温もりが差し込む。


「これからも、守り抜く……」尊の声は静かだが、揺るがぬ決意を帯びていた。


「ええ……」茉奈も応え、黒髪だった髪は朝日の光を浴び、銀色に輝く。


 闇に紛れていた二人は、希望の光を受けて再び輝き始めた。心の奥底に残る帝国の影も、今は力強い希望の前に小さく霞む。


 その時、南の空にわずかな黒雲が残るのに気づく。風に流されながらも、何かが潜むような暗い影。尊は茉奈の手を握り直し、視線を空に向ける。


「ここからだ……」


 茉奈も視線を追い、静かにうなずく。銀色の髪に朝日が反射し、二人の決意を照らす。遠くに潜む敵の影が、次の戦いへの序章であることを告げていた。


 朝日の光の中、尊と茉奈は互いの存在を確かめるように見つめ合った。与え合った信頼、守り抜いた誓い、そしてこれから立ち向かう戦いへの覚悟。すべてが胸に刻まれる。


「行こう……」


 二人は手を握りしめ、深呼吸をした。世界はまだ不完全で、敵はまだどこかに潜んでいる。しかし今ここで感じる力と子供たちの希望が、帝国に立ち向かう勇気となる。


 銀に輝く髪が二人の決意を象徴する。朝日が差し込む御殿場の地で、新たな一歩を踏み出す尊と茉奈――その背後には、まだ南の空に黒髪の影が潜んでいる。未来への覚悟を胸に、彼らの戦いは続くのだ。



次回は 11月20日(月) 19時 更新予定です

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