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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 始動
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第六夜 脱出

 

 轟音が地下を揺らし、砂埃が視界を覆う。警報の赤いランプが断続的に明滅し、耳障りなサイレンが響き渡っていた。尊は振り返ることなく子供たちを前へと急がせた。


「走れ!ここで立ち止まったら全員巻き込まれるぞ!」


 爆発で施設はすでに限界だ。壁が裂け、天井から鉄骨が軋む音が聞こえる。葵は仲間を背に担ぎ、楓と香澄は幼子をしっかり抱えて走る。茉奈の声が通信越しに飛ぶ。


 《次の角を左よ、尊!そのまま二十メートル先の階段を上がって!》


 煉にナビを任せたことで、尊は全員の最後尾につき、警戒を一手に引き受けていた。


 出口に近づくにつれ、光景は凄惨さを増していく。通路の床に転がるのは帝国兵や帝国研究者――一瞬、目を疑う。足を止め、呼吸を整える。その異様さに、思わず視線を逸らしたくなる。けれど、尊は深く息を吸い込み、意識を前に集中させた。

(……ここで立ち止まるわけにはいかない)


 尊は奥歯を噛み締めた。


(子供にあんな惨いことをした奴らだ。死んで当然だ……だが、こいつらの死に顔を子供たちに見せる必要はない)


 そう心の中で割り切り、子供たちに「前だけを見ろ!」と声をかける。走る足音が狭い通路に反響し、息遣いが荒くなる。


 茉奈の的確な誘導で、やがて出口付近まで到達した。出口まであとわずか。尊が胸をなでおろしかけた、その瞬間――。


 背後からぞわり――。肩先に何かが触れる感覚。殺意。空気を切り裂く圧。

「……っ!」

 尊は反射的に時間を圧縮し反射で子供たちを抱え、転がるように出口へ飛び込んだ。


 直後、先ほどまで自分たちがいた通路が抉れ、壁に深々と斜めの裂傷が走った。瓦礫が崩れ落ち、土煙が充満する。


「な、なに……!?」


 子供たちは状況を理解できずに目を丸くする。尊は彼らの肩を押し、短く言った。


「前へ!今すぐ外に出ろ!」

 


 その声に背を押され、子供たちは再び走り出す。尊は深呼吸を一つし、背後へと目を向けた。





 通路の奥、黒髪を後ろで束ねた男が揺れる影と共に現れる。笑い声だけが先に響き、尊の背筋を凍らせる。

「今んをよう避けたな?帝国ん侍が、疾風をかわすとは思わんかったが」


 右手にぶら下げた日本刀が鈍く光る。刃先がゆらりと揺れ、空気を切る気配がじわりと迫る。尊の体が自然に低く沈む。


 男は間髪入れずに振り下ろす刃を襲わせる。

 空気を裂く衝撃、頬をかすめる風圧、鋭利な金属の熱。

(あと一歩遅れていたら、……!)

 尊は瞬間、時間を圧縮して身をひねる。刃がかすめる音とともに、粉塵が舞い、壁を切り裂く白い軌跡が宙を漂う。


 黒髪の男は笑みを浮かべ、間合いを詰める。

「……チッ、速い」

 歯を食いしばる尊。飛ぶ斬撃をかわし、拳に極限まで圧縮した時間を乗せる。次の一瞬、どの方向に動くか、全身の神経が鋭く研ぎ澄まされる。


(捕らえられる……時間を極限まで圧縮すれば)


 二の太刀は無用とばかりに、刀を一段と短く両手で握りしめ、天を突くように上段に構える。防御も回避も捨て去った、ただ斬り裂くためだけの踏み込み。黒髪の能力も合わさり、日本刀の刃が赤黒く光る。


 本来であれば、赤黒い光を認識する前に切り捨てられていただろう。

 だが刹那――尊は最大限に圧縮した時間と、研究所を破壊したエネルギーの全てを拳に乗せ、がら空きのみぞおちへ叩き込んだ。


 鈍い衝撃。拳の感触は、厚いゴムのタイヤを殴るような硬さ。男は吹き飛び、壁に激突し、瓦礫が崩れ落ちる。


 だが――男はずり落ちながらも笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がる。口元の笑みは狂気にも似た余裕を漂わせる。

「くぅ……やっじゃねぇか」


 その横から、もう一人の短髪の黒髪が姿を現す。

「何ば遊んじょ?任務は破壊じゃろ。ほぼ達成したんじゃ、帰っど」


 二人目……どちらも同じ黒髪の雰囲気を纏っている。

 尊は拳を握りしめたまま間合いを確認する。刃の音、粉塵、砂埃、笑い声――すべてが混ざり、時間がぎゅっと凝縮される瞬間。呼吸を止め、次の動きを読み取る。

(こいつら、狙いは……一気に終わらせに来るつもりだ)


 そのとき、出口の方から煉が顔を出した。

「尊さん!?何をしてるんですか!」

 


「白銀……連れか?」黒髪の二人目が煉を見ながら問う。

「あ?、ああ、仲間だ」尊は即答する。


「こん爆発……わいらん仕業け?」

「俺が研究室を破壊した」


 尊が淡々と答えると、黒髪の二人目は小さく頷いた。

「なら任務は終了じゃ。ウチん阿呆が足止めしてしもた、すまんな」


 壁に叩きつけられていた長髪の男が、笑いながら手を振る。

「また遊ぼうや!」


 尊は吐き捨てるように呟いた。

「……これっきりにしたい」


 黒髪の二人は踵を返し、闇に溶けるように姿を消す。尊は息を整え、煉の待つ出口へと走った。





 冷たい空気が肺を満たす。胸の奥の緊張が少しずつほどけていく。

 少し離れたところで、今まで必死にこらえていた幼子の一人が声を上げて泣き出していた。

 それにつられ、数人が泣き声を重ねる。


 葵は彼らを抱き寄せ、楓と香澄も背をさすり続けた。


 土埃と火花の匂い、硝煙の残り香――地下の恐怖はまだ胸に残っているが、子供たちの笑顔と泣き声がその重みを少しずつ和らげていった。


 尊は一人ひとりの顔を確認する――やっと、守りきったんだ、と胸が震える。


 背後では地下施設が轟音を立て、赤い火花と黒煙を吐きながら崩壊していく。

 帝国の残虐さに対する怒りは消えない。だが今は――

(守りきれた。それで十分だ)


 彼の胸には、黒髪の男たちが残した不気味な影が燻り続けていた。

次回は 11月17日(月) 19時 更新予定です

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