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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 始動
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第五夜 憤怒


 地下の冷たい空気を震わせるように、茉奈の声が尊の耳に届いた。

「尊、聞こえる? ……視界、繋いでみるね」


 瞬間、彼の脳裏に異質な映像が流れ込む。祈る茉奈の意識が広がり、地下施設の外――正門付近の光景が脳裏に映し出された。


 爆煙。閃光。耳を裂くような爆発音。

 その中心に立っていたのは、見たこともない三人の黒髪の刀を振るう人影。通常の人ではありえない速度で、施設の警備兵を次々となぎ倒していく。


「……なんだ、あいつらは……」尊は息をのんだ。

「尊さん、何が見えてるの?」煉が気にして訊く。


「茉奈の力で、入り口付近での爆発現場映像を直接脳内に送ってもらった。黒髪が刀を持って暴れてる…帝国と力で敵対するような黒髪が存在するのか?」

 その言葉に一同は驚愕する。自分たち以外の黒髪の存在を初めて知った瞬間だった。


 その影の動きには、異様な迫力があった。斬撃に合わせて装甲を着た警備兵すら軽々と吹き飛び、爆煙を背負ったその姿は、ただの暴徒ではなかった。

「尊、黒髪は三人……でも、黒髪だからといって仲間とは…いまは関わらないほうがいいかも。地下はほとんど手薄になってる。子供たちの反応もはっきりわかる」

 茉奈の声は冷静だが、微かな緊張を帯びていた。尊は頷き、仲間へ合図を送る。


「子供たちを優先する。――行くぞ!」


 一行は廊下を駆け抜けた。

 廊下の冷たいコンクリートに足音が跳ね返り、微かな埃が舞う。呼吸を整えつつも、心臓は高鳴る。


「尊、その先を右に曲がった部屋に3つの反応がある!」

「了解!」

 頭に響く茉奈の声に尊が答える。


「楓さん、その奥の部屋に子供が三人いるっぽい!」

 扉に一番近い楓に声をかける。


「尊くん、この扉かぎかかっちょる」

 扉に手をかけて開けようとしたが、電子キーが作動しており扉があかない。


「私に任せて!」葵が扉に手をかけて強引にねじ開けた。

 こじ開けたのではなく、文字通り扉をねじり取ったのだ…


「俺、体当たりされてよく無事だったな…」

 尊がぽつりとつぶやいた…


 辿り着いた部屋の奥に三人の幼子を見つけた。まだ一歳ほど、無垢な瞳で怯える小さな命。


「大丈夫、大丈夫やけんね」

 楓がそっと抱き上げ、香澄も落ち着いた声であやす。

 尊は頷き、彼女たちに託すと再び奥へ走った。


 その先で、葵が立ち止まる。

「……この先、絶対あの扉の先にいる!」


 彼女の記憶が呼び覚ます場所。走り抜けた廊下の先の重い扉を開けると、真っ白な無機質な部屋に四人の子供たちが現れた。


 ――葵の胸が締めつけられる。

 彼らは、かつて共に過ごした仲間だった。訓練も、食事も、眠る時間さえ一緒に過ごした。帝国の洗脳教育は苦しかったが、信頼し、共に耐えてきた。葵にとって家族同然の存在。


「みんな……!」


 しかし、その呼びかけに返るのは敵意だった。四人の瞳は冷たく濁り、葵を「敵」として見据える。まるで初めて出会った俺たちのように――。


「やめて……No.18だよ!」必死に叫ぶ。

「なんで!なんでわからないんだよ!!」葵の声は届かない…。


 尊は舌打ちし、力を解き放った。圧倒的な威圧が廊下を満たし、四人の動きを止める。


「尊さん…」

 こうするしか方法がないことは理解しているが、葵の目から涙が溢れる。


 だが、尊の拳は震えていた。

「これじゃ救えねぇ……ただ止めてるだけじゃ、何も変わらねぇ……!」


「……尊、わたしもそっちに行く」

 そのとき、茉奈の声が頭の奥に響いた。


 淡い光が尊の隣に立ち上がる。精神体となった茉奈が、子供たちへと手を伸ばした。祈るように、ひとりひとりの心へ潜り込む。


「お願い……思い出して。あなたたちは葵ちゃんと過ごしてた時を――」


 最初の子の瞳が揺れ、やがて涙がこぼれる。洗脳の枷が解ける。二人目、三人目、最後の一人。葵は声を震わせた。

「……みんな……!」


 涙が頬を伝い落ち、仲間たちが彼女を呼び返し、崩れるように抱き合った。


 しかし、歓喜の裏で廊下の悲鳴が響き渡る。途中の扉が開き、誰かの声が漏れる。駆けつけると――研究室だった。


 目を背けたくなる光景が広がっていた。


 幾十もの黄緑色の液体の入ったカプセル。鼻を突く薬品の匂いと、鉄錆の匂い。

 その中で幼い子供たちの亡骸が浮かぶ。一つ、小さな女の子のカプセルがあった。その手には、ボロボロになった小さなクマのぬいぐるみが、まだ固く握りしめられていた。瞳孔が開いたまま液体に揺れている。無惨に命を弄ばれ、器具と液体に沈められた姿。


 香澄は資料を必死にかき集め、震える声で呟いた。

「……これは……絶対に、表に出さなきゃ……」


 尊の脳裏に、まだ生きていたかもしれない子供の手が伸びる幻覚が映る――こんなこと、許されるわけがない。


 轟音とともにガラスが粉々に砕け、金属がねじれる音。

 尊の内面の怒りと周囲の破壊が交互に押し寄せる。


「きゃっ!!」

 香澄は爆風で吹き飛ばされ、廊下の壁にぶつかる直前で葵に助けられる。


 怒り任せの拳がコントロールパネルに叩きつけられ、モニターが破裂する。

「ふざけるな……!」

 声にもならぬ声が漏れる。黒髪だというだけで、なぜこの子たちは命を弄ばれなくてはならなかったのか!

 胸の奥で、怒りとともに焼け付くような後悔が膨れ上がる。


 ――俺がもう少し早く目覚めていたら。

 ――俺がもっと力を早く扱えるようになっていたら。

 ――俺が昔から帝国の非道を知っていたら。


 この子たちは、救えたかもしれないのに――!


 その思いが、制御のタガを外した。仲間たちの制止の声も聞こえるが、全てが煩わしいノイズに変わっていく。制御できない力が溢れ出し、すぐそばにいる煉の体がとばされていくのが分かった。分かっているのに、止められない――!


 さらに尊の圧力が増し、機材がスクラップされ、モニターが破裂する。


 その時、尊の圧力にギリギリ耐えている煉の苦しそうな声が遠くから、だがしっかり届いた。

「尊さん…落ち着いて!!今は逃げよう!!もう僕らみたいなの作らせるわけには行かないんだ!」


 その言葉に脳裏の光景が変わる。怒りが悲しみに変わり、悲しみが守る意志に変わる。

 破片や煙の間から、子供たちの小さな顔が見える。怒りはまだ熱を帯びているが、今度は行動のための熱に変わった。


 尊の力が少しずつ収束する。崩れかけた身体を煉が支え、荒れ狂っていた空気が落ち着きを取り戻す。怒りと悲しみが混じる心の奥に、小さな決意が光った。


「……悪い、煉」

「大丈夫です!早くいきましょう!!」


 煉を先頭に子供たちを守りつつ前へ進む。

 怒りの波を行動に変え、地下施設を脱出する一歩を踏み出す。


 地下全体が揺れる。尊の暴走で設備が損壊し、本格的に崩壊が始まった。天井から砂埃が降り、警報が鳴り響く。


「急げ!!」尊が叫び、子供たちを守りながら一行は駆け出した。

 葵は仲間を抱きしめ走り、楓と香澄が幼子を抱える。茉奈の声が進む道を導く。尊は最後尾を走り、この背中で必ず守ると誓う。


 轟音と火花が交錯し、廊下が崩れ落ちる中、彼らの足は止まらない。

 守るべき命を胸に抱き、地上を目指す――。

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次回は 11月13日(月) 19時 更新予定です

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