第三夜 刻銘
昼食を終えた午後、御殿場事務所の会議室には柔らかな秋の日差しが差し込んでいた。朝から一緒にいた子供たちの間には、緊張の中にも少しずつ芽生えた連帯感が、静かに空気を温めている。救出チーム、地上支援チーム、サポートチームのメンバーが揃い、いよいよ個別の作戦会議が始まろうとしていた。
会議開始前、昼休憩を挟んだことで再び緊張している子供たちを眺めていた詩織が、静かに口を開いた。
「なぁ……ずっと気になっとったんじゃが、子供たちのこと、“番号”で呼ぶの、やめんか?」
茉奈は小さく目を伏せる。隣に立つ茨木事務所の巫女、神谷香澄は落ち着いたままNo.18の少女を見守る。
元気いっぱいの香椎楓はNo.15の少年を担当する博多事務所の巫女で、にっこり笑いながら声を弾ませる。
「そうばいね。番号で呼ばるーと胸がキューってなるやろ?名前で呼ばな!」
浜田も腕を組み、うなずいた。
「急に戸籍とかに登録できるわけじゃない。けど、呼び名くらいはあっていいだろ。よし、ここで決めてしまおう」
詩織は子供たちに視線を向け、優しく問いかける。
「子供たちよ、何か希望はあるか?」
子供たちは顔を見合わせ、ほんの少し照れたように微笑む。
「じゃあ……俺からいいか?」とNo.15が手を挙げる。
「俺、速く走れるのが取り柄だから……『隼人』!」
その突飛な名前に、思わず部屋中が笑い、小さな拍手が飛ぶ。短い瞬間、張り詰めた空気がふっとほぐれる。尊は胸の奥で、子供たちの小さな笑顔に温かさを感じた。
続いて、No.18がゆっくり一歩前に出る。
「私は……青が好き。空の色も、海の色も。だから“葵”って呼んでほしい」
楓がすぐに「におうとーばい!」と笑い、場が和む。
風牙と名乗ったNo.16は少し照れながら、「風みたいに自由に動きたい」と小さくつぶやく。
霧乃の少女は「霧みたいに隠れるのが得意だから」と顔を赤らめ、みんなが微笑んだ。
そして最後に、No.13だけは自分で名前を言えない。小さな声で、でも確かな意志を込めて尊に告げる。
「僕は……尊さんに名前をつけてもらいたいです」
尊の胸がざわつく。
「俺が?」
「はい。尊さんみたいに強くなりたいんです。だから……」
言葉に詰まりながらも、尊は窓の外の光を見つめる。家族も、兄弟もいなかった自分に、もし弟がいたら――。自然に口をついて出たのは、心からの名前だった。
「……レン、“煉”。燃えるって字を書くんだ。これでどうだろう?」
小さな肩がぴくりと震え、煉は目に決意の光を宿す。尊の存在に憧れ、守られ、そして自ら強くなりたい――その気持ちが一言に凝縮されていた。
「……ありがとうございます! 僕、煉です!」
仲間たちが拍手を送る。楓がからかうように「おにいちゃんのごたーね」と笑い、香澄も珍しく口元をほころばせる。尊は照れを隠すように視線をそらしつつ、目頭が熱くなる。――彼らはもう、ただの番号ではない。「生きている人間」なのだ。
名前が決まると、次は自己紹介を兼ねた隊列決定。
「尊くんは先頭で、周囲の安全確認をお願いします」
香澄の声に、異論は出ない。尊が先頭というのは、まるで最初から当然のことのように受け入れられていた。
「葵は中央ね」
香澄の指示に、楓はにこやかに茶化す。
「煉はしんがりで、うちら間に入って支援するばい。そげん心配せんでよか、みんな守っちゃる!」
茉奈はサポートチームを、浜田は地上支援チームを指揮。全員の能力が自然に役割に反映され、チームとしての輪郭がくっきり浮かび上がった。
「じゃあ、全員の意思と配置は確認できたな」
尊の声は静かだが、確かな存在感を放つ。子供たちは胸を張り、覚悟の光を瞳に宿す。
日が沈み、出発の時が迫る。尊がふと、子供たちを見つめて首をかしげる。
「なぁ……なんで皆、髪が銀色なんだ?」
詩織は少し笑みを浮かべ、静かに答えた。
「巫女の念動力じゃよ。黒色の物質を毛の中央に移動させて表面から黒色を無くしておるのじゃ」
尊は小さく頷き、理解しながらも胸の奥で不思議な感覚が広がる。
「俺には念動力かけないのか?」
「おぬしは、勝手に銀髪に戻るじゃろ!」
疑問を口にする尊に対し詩織が軽く笑って答える。
そんなやりとりをしていても、やはり落ち着かない。
空気を感じ取り、茉奈がそっと尊に声をかける。
「……無理はしないで。みんなをお願いね」
短い言葉が胸に染み込み、尊は茉奈に近づく。ぎこちなくも自然に、二人の体が触れ合い、ハグをする。その瞬間、尊の銀髪が光を帯び、覚醒状態の漆黒へと変化する。
子供たちはその光景を見守りつつも、自分たちの役割を再確認する。葵は小さな声で、
「私、怖いけど……私より小さい子がまだあそこにいるの。今度は私が助ける。」
隼人も力強く頷き、
「僕は後ろから支えるよ。戦うだけじゃなく、見張りや支援もできる。走ることは負けないから、連絡係だって任せて」
笑いや温かさが交錯する中、隊列の中で自分の居場所を確かめる子供たち。互いに目を合わせ、短く頷き合い、意思を確認する。No.15の突飛な名前のエピソードに、また小さな笑いが生まれ、緊張が少しほぐれる。
「よし、全員揃ったな。次はルートの最終確認だ」
尊の声に従い、図面を前にして隊列ごとの動き、監視体制、退路の確認を進める。撤退命令は絶対であり、誰かが危険を感じたら即時に中止――ルールは簡潔だが厳格だ。
月明かりがわずかに影を落とす廊下で、足音が響く。
東富士演習場を目指す時間が迫る。闇に紛れ、救出作戦が始まる。緊張感の中、部屋には温かさと笑いが混ざる。子供たちは自分の意思で参加し、初めて手にした「選択」という力を胸に、希望と絆を抱えて闇へ歩み出した。
「いってくるよ」
尊の言葉に、子供たちも小さく頷く。互いに背中を押し合い、手のひらには未来を取り戻す力が宿っていた――守るだけの存在から、初めて自ら行動する者へ。静かな温もりと、少しの笑いを胸に、彼らの歩みは始まった。
続きが読みたい、面白いと思ったら星(評価)やブックマークをお願いします!
次回は 11月6日(木) 19時 更新予定です




