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黒髪巫女と銀髪少年の深淵  作者: 烏刻
第三章 始動
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第一夜 邂逅

 

 尊と茉奈は今日も全国を飛び回っていた。

 表向きは「株式会社お忍びタイムズ」のカメラマンとライターとして、お忍び旅行に適したホテルや宿、観光スポットの取材を行い、その記事を世に出す。


 だが、その裏での任務は――

「子供たちを、洗脳から解放すること」だった。




「今日も、長い一日になりそうね……」

 茉奈は後部座席でカメラバッグを抱え、窓の外の景色をぼんやり眺める。街並みが流れ、青い空と遠くの山々が視界に入る。

 でも、怖いのは私だけじゃない……尊も、きっとあの子たちのことを考えているに違いない

 胸の奥で小さな不安がくすぶるが、握った手に力を込める。


「まあ、だいぶ慣れたろ」

 尊は運転席でハンドルを握り、苦笑を浮かべた。

 心の中では、茨城で出会った子供たちの怯えた瞳がまだ残像のように浮かぶ。

 ……守らなきゃ、誰よりも


 茨城での対応を見た詩織と浜田は、もう二人に任せられる、と言ったまま口を挟まなくなった。

 ――二人なら、できる。

 その信頼が、胸の奥に小さく火を灯す。




 茨城を皮切りに、尊と茉奈は仙台、博多と、地理的には両極端な地域を飛び回る。

 それぞれの事務所で子供たちを、一人ずつ解放していく日々。


 仙台では、表向きは『伊達政宗公が見た夜景』と題した特集記事のため、閉館後の仙台城跡を訪れていた。

「わあ、夜景すっごくきれい! これを記事にしたら素敵だろうね!」


 観光客のふりをしてはしゃぐ茉奈の隣で、俺は周囲に気配がないかを探る。そして月明かりだけが差す城跡の隅、石垣の傍らに隠された独立党の小さな事務所へと向かった。


 秋風が肌をかすめ、落ち葉がそっと舞う中、茉奈は息を殺しながら少女の肩に手を添える。恐怖と戦闘本能を少しずつ溶かすように、優しく呼吸を合わせる。



「大丈夫……怖がらなくていいよ、ここは安全だから」

 茉奈のささやきに、少女の肩が小さく揺れる。

 少女の目に、ほんのわずかに安心の色が差したのを、茉奈は見逃さなかった。



 博多では、夜の中洲で『突撃! 人気屋台の裏メニューを探せ!』という企画をでっち上げた。熱気と喧騒に満ちた屋台でラーメンをすすりながら、俺たちはターゲットのビルを見張る。


「尊、この豚骨ラーメン、すごく美味しい! あ、記事のために写真撮らなきゃ!」


 茉奈が無邪気にスマホを構える裏で、俺は人の出入りを冷静に分析する。そして人の波が一瞬途切れた隙を狙い、俺たちは雑踏の影に隠れる雑居ビルの一室へと滑り込んだ。


 日本独立党博多支部の離れ、普段は人の出入りが一切ない。

 ネオンの明かりと人の波に紛れて、少年と向き合う。

 茉奈は心の中で恐怖を受け止めつつ、息遣いの微妙な変化を読み取る。



「よし……落ち着いたか?」


 尊が後ろから低く声をかけ、周囲を警戒する。

 その瞳には、夜の暗闇を切り裂くような揺るがぬ光が宿っていた。


 記事としては「仙台城の夜景」「中洲の屋台」と観光案内の王道を押さえたつもりでも、編集部からは容赦なくダメ出しが入る。


「もっと臨場感を」「人を惹きつける表現を」「全く忍んでねー仙台城も中州も王道過ぎる」――

(当たり前だ、こっちは命がけでそれどころじゃない……!)

 そんな本音はもちろん胸にしまい、仕事は必ずしも順調とは言えなかった。


 けれど、任務の方は着実に成果を上げていた。

 記事は後から直せばいい……まずは、あの子たちを守ることが優先だ。




 そんな日々の中、御殿場事務所から連絡が入った。

「準備ができたから、来てほしい」


「わかった。すぐ向かう」

 尊は力強く頷き、茉奈も小さく応じる。



 今回保護された子は、これまでの子供たちより年齢が高く、尊と茉奈の差はせいぜい一、二歳ほどに見える。

 事務所の部屋に入ると、少年は一瞬警戒の目を光らせた。

 だが尊の威圧が周囲を包むと、わずかに体を硬くするだけで静まる。


 ――この圧……普通の人間じゃ耐えられない。


 茉奈はそっと手を差し伸べる。

「大丈夫。安全だから。信じて」


 少年はじっと茉奈を見つめ、肩の力を少しずつ抜く。

 尊は背後で警戒を緩めず、目を光らせたまま周囲の状況を確認している。


 少年の声は小さく、しかし切実だった。

「僕は……No.13。ここで訓練を受けたんだ」


 茉奈はそっと膝をつき、目線を少年と合わせる。

「そう……よく頑張ってきたね。でも、怖かったよね……?」


 少年は視線を伏せたまま、かすかに頷く。

 尊が眉をひそめて尋ねる。

「……『ここ』って、どこなんだ?」


 少年は少し躊躇い、しかし口を開く。

「旧日本軍の、東富士演習場の地下施設……そこで僕たちは訓練を受けていた」

 拳をぎゅっと握り、記憶の痛みに胸を押さえるようにうつむいた。


 尊の心がざわつく。

 ……東富士演習場、こんなに近くにあるとは……!

 漠然と想像していた場所が、現実の距離として目の前に迫る――その衝撃に、頭の中で戦略を練る手も一瞬止まった。


「任務だって言われて……人を殴らなきゃいけなかったことも、嘘をついて欺いたことも、もっとひどいことも……」

 声が詰まる。胸の奥で葛藤と後悔が押し寄せる。


 茉奈は静かに手を伸ばし、少年の肩に触れる。

「もう大丈夫。怖がらなくていいの。ここは安全よ……。任務も、もう強いられない」


 少年は目を伏せたまま、ゆっくりと口を開いた。

「夜遅くまで訓練させられた。失敗すれば殴られ、消えた友達もいた……でも、逃げることはできなかった」

 茉奈はそっと背中を支え、頷く。

「それでも……よく耐えてきたね」


「覚えてる……壁に閉じ込められたり、暗い部屋で目を開けることも許されなかった。食事も、睡眠も、すべて管理されてた」

 少年の声が震える。

 茉奈は微笑み、手を握る。

「でも今はもう大丈夫。私たちがそばにいる」


 少年の肩がさらに緩む。目にわずかに光が戻るのを茉奈は感じた。

 尊は背後で周囲を確認しながら、頭の中で次の行動を整理する。

 ――この子は年齢が近く、記憶も鮮明。施設の構造や訓練の手順も把握しているはず。情報を最大限活かして子供たちを救うには……無駄な動きは許されない。


 少年はさらに話し始めた。

「戦闘訓練も、人を欺く訓練も……正直、やりたくないこともいっぱいあった。でも、やらなきゃ終わらないと思った……」

 茉奈は優しく手を握り、声をかける。

「もう、その苦しみから解放されていいの。怖がらなくていい」


 少年の瞳に少しずつ安心が宿り、肩の力が抜け、呼吸も落ち着く。


 尊は軽く頷き、茉奈に目で合図を送る。

 ――この情報で施設の構造、監視体制もある程度予測可能。突入ルートを考えるには十分な手がかりだ。


 茉奈は微笑み、少年の手を握り返す。

「うん、よく話してくれたね。もう安全。怖がらなくて大丈夫」


 少年は小さく息を吐き、肩の力を完全に抜いた。

 胸の奥の緊張が少しずつ消え、目にはわずかな希望の光が宿る。


 尊は背後で警戒を解かず立ちながらも、頭の中で戦略を組み立てる。

 ――この子の証言、過去の訓練時間帯、見張りの配置……すべて繋げば、潜入の最適時間も予測できる。茉奈の能力と組み合わせれば、子供たちをより安全に救出できるはずだ。


 外に出ると、御殿場の空気は清々しく、遠くの山々に朝の光が差していた。

 少年の顔には、不安と同時に、わずかに希望の光が宿る。


 尊と茉奈は互いに視線を交わす。

 ――次の任務に立ち向かうために。

 ――この施設の真実を暴くために。


 日常と任務、旅の雑踏と緊張の狭間で、二人は再び前を向いた。

 少年が告げた「東富士演習場地下の施設」という言葉は、これから直面する試練の大きさを示していた。

 だが、茉奈の安定した力と尊の威圧、そして互いの絆があれば、どんな困難も乗り越えられる――

 二人は、そう信じていた。

次回は 10月27日(月) 19時 更新予定です

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